良質な睡眠をとるにはどうすればいいか。脳研究者の澤田誠さんは「睡眠中、脳は不要な記憶を整理し、感情を安定化させ、認知症の原因物質まで排出している。この掃除が十分に行われるには、寝る時の姿勢が重要だ」という--。

※本稿は、『科学的根拠で証明する上手な脳の使い方』(かんき出版)の一部を再編集したものです。

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■眠っている間に頭の中は整理整頓されている

睡眠には役割の異なった2種類のタイプ(ノンレム睡眠/レム睡眠)があります。

私たちが日中に経験した出来事は、まず海馬に一時的に保存されます。海馬は「仮のメモ帳」のような役割を持ち、情報を素早く記録する一方、長期保存には向いていません。

この情報を安定した記憶として残すためには、大脳皮質へ情報を移し替える必要があります。この過程が最も活発に行われるのが、深いノンレム睡眠です。

ノンレム睡眠中、海馬では特殊な神経活動が起こり、覚醒中の経験が時間を短縮した形で再生されます。動画の「早送り」のようなイメージです。

このとき、大脳皮質での活動と視床に起こるリズム的な神経活動がタイミングよく同期します。この同期によって、海馬から大脳皮質へ情報が一方向に伝えられ、情報が安定して長期記憶として固定されていきます。

一方、レム睡眠でも脳は活発に働き、同じように記憶の情報を担う神経活動の再活性化が起こります。しかしレム睡眠では、海馬と大脳皮質の安定した同期が弱く、正確な情報を写し取るような転送には向いていません。

その代わり、記憶同士を組み合わせ直したり、感情との結びつきを調整したりする働きが強いと考えられています。

また、このとき脳内では「シナプスの刈り込み」と呼ばれる、不要なシナプスの排除が行われています。

起きている間は、新しい刺激によってシナプスが強化されたり新しいシナプスが形成されたりしています。その結果、脳全体の情報処理の効率が落ちるばかりでなく、不要な情報が記憶として残ってしまい、正しい判断ができなくなってしまいます。

そこで睡眠中にこのシナプスを適度に弱めたり、不要なシナプスを排除して必要な回路だけを残すことで、翌日の集中力や注意力を保っているのです。

■睡眠は高ぶった感情状態をリセット

睡眠には、感情を整え心の安定を保つための重要な働きもあります。

私たちは日中、怒りや不安、緊張、喜びなど多様な感情刺激にさらされています。これらの刺激は主に扁桃体で素早く情報処理されますが、刺激が続くと感情反応が過剰になり、些細な出来事にも強く反応してしまいます。

睡眠は、この高ぶった感情状態をリセットする役割も担っています。

感情調整に特に重要なのがレム睡眠です。

レム睡眠中、脳では扁桃体や海馬といった感情や記憶に関わる領域が活発に活動する一方で、扁桃体の過剰な活性化を促すノルアドレナリンなどの神経伝達物質は著しく低下します。

扁桃体の活性化が抑制された状態では、感情的な出来事が脳内で再生されても、強い緊張や恐怖を伴いにくくなります。

言い換えると、出来事の内容は保たれたまま、感情の「とげ」だけが丸められるような再処理が行われるのです。

これにより、その後起きているときにつらい経験を思い出しても過度に動揺しにくくなります。

■睡眠不足で怒りっぽく、不安になりやすい

一方、ノンレム睡眠、特に深いノンレム睡眠では、自律神経が副交感神経優位となり、心拍数や血圧が下がります。ストレスホルモンであるコルチゾールも減少し、脳全体の興奮レベルが低下します。

この変化は、感情反応の土台そのものを安定させる働きを持ち、情緒の振れ幅を小さくします。

ノンレム睡眠が不足すると、感情が高ぶりやすい状態が続き、レム睡眠による感情の再処理もうまく進みません。

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また、十分な睡眠は、前頭前野による感情制御を回復させる点でも重要です。

前頭前野は扁桃体の過剰な反応を抑え、感情と行動を切り分ける役割を担っています。

睡眠が不足しているとこの抑制が弱まり、怒りっぽくなったり、不安を過大に感じたりしやすくなります。

つまり、よく眠ることは、感情を安定化して脳の状態を毎日整え直すことなのです。

■アルツハイマー病の原因物質も掃除される

私たちが起きて活動している間、脳では情報処理の副産物としてアミロイドβや乳酸などの老廃物が生まれます。

澤田誠『科学的根拠で証明する上手な脳の使い方』(かんき出版)

これらの物質は正常な神経活動の障害となってしまい、悪くすると神経細胞の死滅を誘導して認知症のリスクが増大します。特にアミロイドβはアルツハイマー病の原因物質と考えられているため、脳から排除されなければなりません。

しかし脳には、体のリンパ管のような排水設備がほとんどありません。

そこで代わりに働くのが、脳脊髄液が血管の周囲や神経細胞のすき間を流れて老廃物を運び出す「グリンパティック・システム」と呼ばれるメカニズムです。

このしくみが最も効率よく働くのは、深いノンレム睡眠のときです。

ノンレム睡眠では、神経細胞の活動が一斉に活動したり静まったりします。この一斉に鎮まったときに、細胞がわずかに縮みます。その結果、細胞と細胞の間の隙間が広がり、脳脊髄液が流れやすくなります。

脳脊髄液の流れの方向は「動脈側の毛細血管→静脈側の毛細血管」の一方通行なので、これによって一方向の流れができ、老廃物の排出が起こります。

■老廃物が溜まりにくい寝るときの姿勢

ここで重要なのが、寝る姿勢と呼吸です。動物を用いた研究から、仰向けよりも横向き(側臥位)で寝たほうが、老廃物の排出口である静脈の流れが妨げられにくく、洗浄効率が高い可能性が示されています。

また、睡眠中のゆっくりと安定した呼吸は、頭の中の圧を周期的に変化させ、脳脊髄液を揺らすポンプの役割を果たします。

逆に、睡眠不足や呼吸が乱れる状態では、この掃除が十分に行われません。

結果として、集中力や記憶力が落ち、長期的には脳の健康にも影響すると考えられています。

このように、睡眠は単に体を休めるだけでなく、脳の健康とパフォーマンスを維持するための「必須のメンテナンス時間」です。日々の睡眠をしっかり確保し、脳のクリーニングを促していきましょう。

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澤田 誠(さわだ・まこと)
脳研究者
1958年香川県生まれ。脳研究者、名古屋大学名誉教授、藤田医科大学客員教授。東京工業大学大学院総合理工学研究科博士後期課程生命化学専攻修了。理学博士。専門は神経化学、神経薬理学。米国国立衛生研究所ポストドクトラルフェロー、科学技術振興事業団「さきがけ研究21」研究員、藤田保健衛生大学(現藤田医科大学)総合医科学研究所教授等を経て、2005年名古屋大学環境医学研究所教授に。2012年同所所長に就任。脳の免疫機能を担うグリア細胞の一種ミクログリアの研究を30年以上にわたり行っている。著書に『なぜ名前だけが出てこないのか 脳科学者が教える本当に正しい記憶力の鍛え方』(誠文堂新光社)、『思い出せない脳』(講談社現代新書)がある。趣味テニス、映画鑑賞。
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(脳研究者 澤田 誠)