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幅広いレースで出色の性能を披露したライレー

1930年代のライレーへ、敬意を持って接する英国人マニアは少なくない。だが、戦前のモデル体系は極めて複雑で、すべてを把握するには大学で学位を収めるような研究が必要かもしれない。筆者なら、途中で投げ出したくなるかも。

【画像】アールデコ調ボディに高度な4気筒 ライレー・ケストレル・スプライト 同時期のクラシックたち 全186枚

とはいえ、ブランド衰退の理由を理解するのは、比較的簡単といえる。家族経営という古い体制を残しつつも、事業は拡大されすぎ、経営管理も緩かった。黄金期には、シャシーとボディ、エンジンの組み合わせだけで、40種類も存在していた。


ライレー・ケストレル・スプライト 1 1/2リッター(1935~1938年/英国仕様)    ジャック・ハリソン(Jack Harrison)

グレートブリテン島中部、ウェスト・ミッドランズを拠点としたライレーが得意としたのは、高品質な小型車。技術力は高く、幅広いレースで出色の性能を披露している。

1934年には、ル・マン24時間レースでワークスチームが優勝を掴みかけたほど。レーシングカー・メーカー、ERA社によるスーパーチャージド・マシンのベースにもなった。

ツインカムシャフトの有能な4気筒エンジン

1890年代後半、ウィリアム・ライレー氏が自転車の生産で事業をスタート。彼の5名の息子によって、自動車製造へ進出している。「産業界と同じ歴史を持ちつつ、時代感覚は先端にある」というスローガンが、ライレーの本質を体現していた。

第一次大戦が集結した頃、息子の1人、スタンレー・ライレー氏を中心に設計された量産モデルのライレー・ナインが発売される。半球型の燃焼室と短いプッシュロッド、サイドマウントのツインカムシャフトを持つ、有能なエンジンが特長だった。


ライレー・ケストレル・スプライト 1 1/2リッター(1935~1938年/英国仕様)    ジャック・ハリソン(Jack Harrison)

この4気筒ユニットは小型車の新たなベンチマークを築き、その後の20年間に渡って、ブランドを象徴する存在へ。ブルックランズやインプ、スプライト、MPHなど、端正で少量生産のオープン2シーターモデルは、憧れの的になった。

とはいえ主力は、サルーンやツアラーといった実用的なクルマ。大量生産と呼べる規模ではなくても、バリエーション展開は意欲的に進められた。熱心なオーナーが交流を深めた「ライレー・モータークラブ」は約2000名を擁し、当時の世界最大規模にあった。

お手頃ではなくてもオースチンに勝った価格価値

1930年から1936年にかけて、ナインには3種類のバリエーションが存在した。ボディは7種類から選択でき、直列6気筒エンジンの他、V型8気筒版の8-90へも派生している。

ウェスト・ミッドランズで作られた主力モデルが、ナインに加えて、1935年に登場した1 1/2リッター。リーフスプリング・サスペンションながら、優れた操縦性と乗り心地を叶えつつ、最高速度は120km/hを超え、4.0Lエンジン級の動力性能を誇った。


ライレー・ケストレル・スプライト 1 1/2リッター(1935~1938年/英国仕様)    ジャック・ハリソン(Jack Harrison)

ライレーはお手頃ではなかったが、内容を踏まえれば納得といえた。今回ご紹介する、1936年式のライレー・ケストレル・スプライト 1 1/2リッターの場合は、398ポンド。同時期のライバル、オースチン社製サルーンの2倍でも、価格価値では勝っている。

ウインドウには、全面に安全ガラスを採用。エンジンはハイカム仕様で、変速を容易にしたプリセレクター式の4速MTが標準装備され、ダンロップ・タイヤが組まれていた。ブレーキは旧式で、ロッド操作だったが。

アイコンになった流線型のアールデコ調ボディ

スタイリングは、時代を先取りしたもの。1930年代のサルーンには、背が高い箱型のシルエットも多かったが、ライレーは低く流麗なフォルムを実現。モナコやアデルフィ、ケストレルなど、魅力的なモデル名でも誘惑した。

流線型のアールデコ調ボディは、1932年の4ドアモデル、4ライトで登場。スタンレーの息子の1人、アラン・ライレー氏が営んだコーチビルダー、ミッドランズ・モーター・ボディーズ社によって、木製フレームとアルミ製パネルで仕上げられていた。


ライレー・ケストレル・スプライト 1 1/2リッター(1935~1938年/英国仕様)    ジャック・ハリソン(Jack Harrison)

特にケストレルは、低いルーフラインと滑らかに収束するテール、傾けられたフロントガラスを採用。スペアタイヤは、トランクリッドへ巧妙に積まれた。ハイカム・エンジンを載せたモデル群のアイコンになったといえ、模倣する他メーカーも現れたほど。

スプライトの最高出力は45psから66psへ増強

ケストレル・スプライト 1 1/2リッターのエンジンは、パーシー・ライレー氏が設計したユニットの進化形。クロスフロー・ヘッドは、ヒュー・ローズ氏が手掛けている。これは、戦後の同社で礎的なユニットになった。

スプライトとして、ツーリスト・トロフィー仕様のチューニングを受けており、吸気カムの山は拡大され、バルブは大径化。キャブレターはSU社製の1.25インチ・ツインで、ドーム型ピストンによって高圧縮比化されている。


ライレー・ケストレル・スプライト 1 1/2リッター(1935~1938年/英国仕様)    ジャック・ハリソン(Jack Harrison)

最高出力は、通常は45ps/4500rpmながら66ps/5000rpmで、かなりの増強だといっていい。今回の車両は、シャシーダイナモの計測で67psを記録したとか。

十字状ブレースを備えるボックス構造シャシーは、トレッドが51インチ(約1295mm)。負圧を利用した、オリジナルの集中潤滑システムは過去に省かれているが、ハブやリーフスプリングなど、オーナーによる定期的な整備は欠かせない。

この続きは、ライレー・ケストレル・スプライト 1 1/2リッター(2)にて。