佐村河内守さんの「指示書」をAIに読ませたら…12年前の「ゴーストライター」騒動が違って見える?
「現代のベートーベン」と呼ばれた佐村河内守(さむらごうち・まもる)さんを覚えているだろうか。「両耳の聞こえない作曲家」として脚光を浴びていたが、実際には別の人物に作曲を依頼していたことが明らかになり、表舞台から姿を消した。
あのゴーストライター騒動から、すでに12年。当時、大きな注目を集めたものの一つが、ゴーストライターをつとめていた作曲家・新垣隆さんに渡していたとされる「作曲指示書」だ。
曲の構成や雰囲気などが細かく記されたあの指示書を、いまの生成AIに「プロンプト」として読ませたら、どんな曲ができるのか──。
そんな実験をしたのが、AIを活用して音楽制作を手がける「帰宅 / kitaku」さんだ。実験の一部始終をnoteにまとめ、実際に生成された楽曲も公開している。
AIがわずか7分ほどで生み出したのは、約74分、約2万2000音におよぶ楽曲だった。
かつてゴーストライターに渡された「指示書」が、生成AIの時代には「プロンプト」としてよみがえる。12年前の騒動をいま振り返ると、何が違って見えるのか。帰宅さんに聞いた。
●「指示書」をAIへのプロンプトとして読ませてみた
──そもそも、なぜ佐村河内さんの「作曲指示書」をAIに読ませてみようと思ったのでしょうか。
生成AIでは、どんな指示を与えるか、つまりプロンプトの内容が重要になるという文脈で、佐村河内守さんの「作曲指示書」をAIへのプロンプトのように捉える考察は、以前からネット上で何度か話題になっていたと記憶しています。
私自身もその話をどこかで覚えていたので、この発想が完全に自分だけのものだったというわけではありません。
今回実際に試してみようと思った直接のきっかけは、GPT-6 AstraがMIDIデータの出力に対応したことが話題になっていたことです。MIDIは、簡単に言えば作曲ソフトに読み込ませる音符のデータのようなものです。
これまでの音楽生成AIは、完成したオーディオを出力するものが中心で、長時間の楽曲を構成したり、画像や図を含むような複雑な指示をそのまま読み取って音楽に落とし込んだりすることは、あまり得意ではなかった印象があります。
そこで、以前からたびたび話題になっていた佐村河内さんの作曲指示書を、現在のより高度な生成AIに読ませたら、どこまで音楽として成立するものを作れるのか試してみたいと思ったのがきっかけです。
──実際にAIに指示書を読ませ、曲を作らせるにあたって、工夫したことや気をつけたことはありますか。
元の指示書画像をそのまま使用することには権利上の懸念があったため、内容をもとに自分で少し整えた画像ファイルを用意し、それをAIに読み込ませました。
また、もともとの指示書は交響曲を想定したものですが、今回はよりシンプルに結果を確認できるよう、ピアノ曲として作曲するよう依頼しました。
AIへの指示自体はかなりシンプルで、基本的には「この画像を読んで作曲してほしい」という内容です。こちらから細かなメロディーやコード進行、曲の展開などを追加で指定したわけではありません。
そのため、画像に含まれている情報をAIがどのように読み取り、音楽として解釈するのかを見る、という形になりました。
●「曖昧な注文書ではなく、具体的な設計図に近い」
──実際に曲が出てきたとき、最初にどう感じましたか。
まず驚いたのは、7分程度で、約74分、約2万2000音のMIDIデータが出力されたことです。単純に、その情報量と生成速度にはかなり驚きました。
実際に作曲ソフトでデータを鳴らしてみると、いわゆるポップス的な聴きやすさとはかなり離れていて、不協和音も多く、第一印象としては「現代音楽っぽい」楽曲だと感じました。
一方で、全体の構成や展開には指示書の意図が反映されていると感じる部分が多く、「ちゃんと指示書を読んで作っている」と思えるところもありました。
そうした点も含めて聴き進めていくうちに、最初に抱いた「不協和音が多くて難解な曲」という印象から少しずつ変わっていき、個人的には「案外悪くない、むしろ良い感じかもしれない」と思うようになりました。
noteではあえて自分の音楽的な評価は書かないようにしました。今回やりたかったのは「良い曲ができたかどうか」を判定することよりも、この指示書を現在のAIがどう解釈し、どこまで音楽として形にできるのかを見ることだったからです。聴いた人それぞれに判断してもらったほうが、この実験には合っていると思いました。
──今回の試みを通じて、指示書や当時の騒動に対する見方に変化はありましたか。
もともと私は、佐村河内さんの作曲指示書について、その情報量の多さから、創作行為として一定程度評価できる部分はあると考えていました。少なくとも、単なる曖昧な注文書というよりは、かなり具体的な設計図に近いものだったと思います。
今回AIに読ませて実際に楽曲として出力されたことで、その印象はむしろ強まりました。指示書の中には、曲の構成や雰囲気、展開についてかなり細かい情報が含まれていて、それをもとに別の主体が音楽として具体化できるだけの内容になっていることは、今回の実験でも感じました。
もし佐村河内さんが当時「作曲家」ではなく、プロデューサーやディレクターのような肩書きで活動していたのであれば、受け止められ方はかなり違っていたのではないかとも思います。
一方で、2014年当時と現在では、AIを使った創作をめぐる環境や価値観が大きく変わっているので、今の感覚だけで当時の騒動を単純に評価し直すのは難しいとも感じています。
●「佐村河内さんはAI作曲時代に適性があったのでは」
──もし2014年当時、現在と同じような性能の生成AIが存在していたら、あの騒動は起きていたと思いますか。
AI作曲をめぐる権利関係や、どこまでを人間の創作として扱うのかについては、今も議論が続いている部分だと思います。
また、当時の騒動は、作曲そのものだけではなく、複数の要因が絡んでいたと記憶しているので、「AIがあれば騒動は起きなかった」と単純には言えないと思います。
ただ、個人的には、あれだけ具体的で情報量の多い指示書を書けるという点で、佐村河内さんはAI作曲時代に適性のある人物だったのではないかと感じています。
──今回できあがった曲の「作曲者」は、いったい誰だと思いますか。
今回の曲について、誰か一人を「作曲者」と決めるのは難しいと思っています。むしろ、生成AIが入ってくることで「作曲者とは誰なのか」という定義そのものが曖昧になってきていて、今後さらにその傾向は加速していくのではないかと思います。
これは音楽だけではなく、イラストや文章など、生成AIが関わる創作全般に言えることだと思います。人間が構想や指示を出し、AIが具体的な表現に変換するような制作が増えていく中で、これまでの「一人の作者が作品を作る」という捉え方だけでは整理しきれないケースが増えていくはずです。
その結果として、「作曲者」「作者」といった言葉の定義や、創作に対する社会の価値観、権利の整理なども、少しずつ新しい形にアップデートされていくのではないかと考えています。
【プロフィール】帰宅 / kitaku
AI Sound Creator。インディーズバンドでの活動と作編曲の経験を生かし、生成AIを活用した音楽制作を行う。現在は、架空のアーティスト「Lala_Snow」「春眠倶楽部」の2プロジェクトをプロデュース。
Xアカウント:@fuyu_ru_ruru
note プロフィール:https://note.com/wise_auklet5699

