夏休みの宿題をAIがこなす時代に

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 長い夏休みが終わり、9月から多くの学校では授業が再開された。そうしたなか、夏休みの課題や読書感想文の存在意義が揺らいでいる。子供がAIを使って課題に取り組むケースが激増し、教育現場で大きな問題になっているのだという。

 そもそも、AIの使用に関しては10代以下の子供たちほど抵抗がないようだ。それこそ最近の子供たちは、スマホを手にすると、真っ先にChat GPTといったAIアプリを使用するケースが多いという。

 生成AIを使えばイラストはもちろん、文章も簡単に作れるため、子供はゲーム感覚でAIを駆使して読書感想文を完成させるのだ。現状では教師は「だいたい見抜ける」とは言うが、AIへの指示の出し方次第では、生徒が自分の頭で考えた書いた作文か、AIが出力した内容かを見抜くのは困難といわれる。

夏休みの宿題をAIがこなす時代に

 小学校のカリキュラムにAIが導入される計画もあるなか、もはや、読書感想文や日記などの課題は、何の意味もなくなってきているのではないか、という意見もある。AIの時代、夏休みの課題はどうあるべきなのだろうか。【取材・文=山内貴範】

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優秀な生徒ほどAIを使う?

 筆者は10代の頃は成績が良かったため、よく友達の夏休みの課題を“代行”したり、代筆していたりしていた。代行する相手は、お世辞にも成績が良いとはいえない生徒であった。そのため、教師から「あなたがこんな文章を書けるわけがない!」「字ですぐわかる!」とバレるのがオチで、代行した筆者まで叱られてしまうのであった。

 筆者は、「せっかく人助けをしたのに、僕まで怒られるのは理不尽ではないか」と抗議したが、「そういう問題ではない!」とまたまた怒られた。この例を見ると、AIで課題を片付けるのは勉強ができない生徒がやることだろうと思う人もいるかもしれない。ところが、そうとも限らないのだ。公立高校の教師A氏がこのように話す。

「私が経験している限りでは、AIを使って課題をするのは成績が優秀な生徒です。曰く、受験勉強が忙しいので、夏休みの宿題なんてバカバカしくてやっていられないんだそうです。実際にそう言われましたし、親が“AIで片付けてしまいなさい”と推奨しているのだとか。提出物を一読して“この文章はもしや”と疑いの念を抱いても、優秀な生徒なので頭ごなしに叱ることもできず、どうすればいいのか……途方に暮れています」

 筆者は10年ほど前、地方で「宿題代行サービス」を行っている個人を取材したことがある。利用者は、いわゆる進学校と呼ばれる学校の生徒が半数近くを占めていた。利用する理由は前出のAIを使う生徒と同様で、学校の課題は「くだらなすぎてやっている時間がもったいない」ため、「さっさと片付けてしまいたい」ためだという。

学校の課題では受験に対応できない

 いわゆる私立の“超”進学校などは生徒の自主性に任せて、課題がないことも多い。しかし、進学実績を気にする公立高校ほど課題があったり、教師によってはとんでもない量を出したりすることがある。成績の良い生徒からすれば、課題のレベルが低いと、やっている時間が無駄に感じられるというが、提出しなければ内申書に影響するため、代行サービスに依頼するという流れだ。

 なお、筆跡でバレるのではないかと思いきや、代行サービスでは本人が書いたように真似ることもできるというから脱帽である。現在のように生成AIを使う場合は、文章を出力し、本人が手書きすればバレにくい。最近はパソコンで作成した原稿でも受け付ける学校もあるというから、生成した原稿を手直しして提出すれば、あっという間の課題は終了である。

 そもそも夏休みの課題は学校によって異なっており、教師の裁量によって決められていることも多い。前出の教師A氏は、宿題の在り方について頭を抱えている。

「AIが普及していなかった時代から、夏休みのドリルを放棄してやらない生徒も多いですし、明らかに答えを丸写しして提出する生徒は常にいます。だから、課題が形骸化していた部分はあると思うのです。

 しかし、AIを使えば1日で処理できるとなると、もはやどんな課題を出せばいいのかわからない。いっそのこと、課題を出すのをやめてしまってもいいのではないかと感じることもあります」

AIを活用した課題を模索すべきか

 教師A氏が指摘するように、少なくとも、生徒にノルマを課すだけの課題が形骸化しているのは間違いない。AIの有無にかかわらず、時代に合わせた形に変えていく必要はありそうだ。ちなみに、実際に課題をなくした学校もあるようだし、ドリルではなく、総合学習や職業体験の時間などを重視する学校も出てきているという。

 AIを全否定するのではなく、むしろ課題に活用することを検討する段階にきているのではないかと説くのは、スタディサプリの日本史講師であり、教育に関する数々の著作がある伊藤賀一氏である。賀一氏は、「AIにいくつかテーマを出してもらい、そこから取捨選択したうえで行う総合学習などの課題であれば、意味があるのではないか」と話す。

「現時点では、社会科の講師としては、AIは間違いが多いので全然使えないというイメージです。AIの間違いをチェックする仕事が来るくらいですからね。しかしながら、AIは日進月歩で進化しているので、勢いを止めることはできないでしょう。今だとぎこちない文章でも、この先は人間が書いたように、巧妙に偽装できるようになるでしょうね。

 したがって、もはや抗っても仕方ないわけで、波に乗るしかない。教員側も、AIを使われても大丈夫な課題を出すようにしないといけないと思います。僕だったら、堂々と“AIを使いなさい”という課題を出す。自分でAIの活用方法を考え、具体的に活用した例を提示する。単語や数式を覚えているだけではできませんから、大人でも難しいと思いますよ。

 課題そのものをAIに考えてもらい、そこから選び取る場合でも、完成した提出物のクオリティはその人がどれだけ知識を蓄積しているかで左右されます。AIはどんなに進化しても、あくまでも人間のサポートでしかない。AIの時代だからこそ、知識をインプットして引き出せるようにしておくことは大事なので、今まで通りの勉強がますます重要だと思います」

 課題のあり方については模索が続いているが、子供たちは日常的にAIを使い出している。AIを使わない人の方が少数派になってしまう時代が、もうすぐやってくることになりそうだ。しかし、あくまでもAIは道具に過ぎない。どう使いこなすかどうかによって、子供たちの未来が大きく変わることは間違いないだろう。

ライター・山内貴範

デイリー新潮編集部