なぜ都市伝説や怪談は、時代を超えて語り継がれるのか。関西学院大学社会学部の島村恭則教授は「長く生き残る物語は古今東西を問わず、人間の脳に『刺さりやすい』複数の共通した法則に基づいている」という--。

※本稿は、島村恭則『恐怖の民俗学』(SB新書)の一部を再編集したものです。

■無数のバリエーションが生まれた「不幸の手紙」

情報の伝達・継承、すなわち伝承において、最も頻繁に、かつ短期間のうちに発生するのが「コピーミス」です。

文字が存在しなかった時代ならいざ知らず、高度に文字社会が発達した現代であれば、情報は正確にコピーされるはずだと思うかもしれません。しかし現実は全く異なります。そのわかりやすい例が、1970年代の日本で大流行した「不幸の手紙」です。

「この手紙を受け取った者は、同じ内容の手紙を○日以内に○人に送らないと不幸に襲われる」といった文面で知られるこの手紙は、いわゆるチェーンメールの典型です。システム自体に「複数人への転送」という自己拡散の命令が組み込まれていたため、手紙は爆発的に日本中へ広がりました。

写真=iStock.com/Kayoko Hayashi
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Kayoko Hayashi

民俗学的に興味深いのは、転送の過程で、無数のバリエーション(異伝)が誕生したという点です。転送を求める人数や期限が書き換えられたり、課せられる不幸の内容がエスカレートしたりしました。

これは、手紙を読んで恐怖し、それを書き写す人間が、脳内で情報を主観的に解釈し、改変(アレンジ)を加えたことを示しています。情報とは、人間の脳を介することで常に変化し続けるものなのです。

■なぜ「不幸の手紙」は「棒の手紙」になったのか

さらに時代が進んだ1990年代後半、この不幸の手紙の発展形として、風変わりな伝承が登場しました。「不幸の手紙」ならぬ、「棒の手紙」と呼ばれるものです。

「これは『棒の手紙』です。あなたで○人目です……」

そんな意味不明な書き出しで始まる手紙が、実際に世の中に出回りました。なぜ「不幸」が「棒」になってしまったのでしょうか。

民俗学者の八木透さんによれば、伝承のどこかの段階で、「不」と「幸」を横書きでつなげて書いた人がいたことが原因だとされます(八木透「『棒の手紙』がやってきた」『図解雑学 こんなに面白い民俗学』八木透・政岡伸洋編著 ナツメ社)。「不」と「幸」の2文字が接近しすぎた状態の手紙が出され、それを受け取った人の脳の中で「棒」という1文字として誤認されてしまったということでしょう。

「不幸」と「棒」では、意味が全く異なります。しかし、人間の脳の処理次第でこのような変化が起きてしまうのです。

情報が社会で生き残るためには、人びとの脳に一旦「記憶」されなければなりません。しかし、人間の記憶力には物理的な限界(ワーキングメモリの制約)があります。

長すぎるエピソードや複雑な設定は、語り直されるたびに過剰部分が脳のメモリからこぼれ落ち、結果として、脳にとって最も処理しやすく覚えやすいパターンへと最適化されていきます。

■民話で登場する数字には「三」が圧倒的に多い

その最適化のプロセスは、「数」に関して最も顕著に現れます。日本の民間伝承(民俗学が研究対象にする伝承のこと)を振り返ると、「恐怖」や「試練」に関する物語には、不思議なほど「三」という数字が頻繁に登場することに気づきます。日本の代表的な民話である「三枚のお札」がその筆頭です。

なぜ「二」でも「四」でもなく「三」なのでしょうか。

実は、物語における「三」の重要性は古くから民俗学の研究で指摘されています。

デンマークの民俗学者アクセル・オルリックは、ヨーロッパを中心とした民話を分析する中で、そこに「三の法則(The Law of Three)」という強力なルールが働いていることを発見しました。

オルリックによれば、民話において「三」は、登場する人間や事物の最大数を規定するだけでなく、物語の緊張感を高めるための「反復」の回数としても圧倒的な頻度で用いられます。

たとえば、英雄が3日連続で巨人を倒したり、3人の兄弟が登場したりするように、民話における「三」はただの数字ではなく、物語の構造そのものを決定づける法則として機能しているというのです(Axel Olrik,“Epic Laws of Folk Narrative”, in The Study of Folklore, ed. Alan Dundes)。

■「三」は人間の記憶に最適な数字

こうした、古くから民間伝承の世界を支配してきた「三の法則」の背景には、物語を語り継ぐ人間の脳のメカニズムが深く関わっていると考えられます。

心理学者のフレデリック・C・バートレットは、記憶とは単に情報を保存するだけのものではなく、人が持つ文化的な知識枠組み(スキーマ)に基づいて無意識に再構成されるものであることを実験によって明らかにしました(Frederic Charles Bartlett,“Some Experience on the Reproduction of Folk Stories”, in The Study of Folklore, ed. Alan Dundes)。

私たちは、情報をそのままの形で保持するのではなく、自分にとって扱いやすいように無意識のうちに整形して記憶しているのです。

写真=iStock.com/Nando Vidal
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Nando Vidal

この「情報の淘汰」の仕組みを民俗学の視点から裏づけるのが、エストニアの民俗学者、ヴァルター・アンデルセンが指摘した「自己修正の法則(The Law of Self-Correction)」 です(Walter Anderson,“ Kaiser und Abt: die Geschichte eines Schwanks”, FFCommunications 42)。アンデルセンは、不完全な記憶を持つ語り手たちが伝承をくり返す過程で、物語から些末な誤りや逸脱が削ぎ落とされ、より安定した構造へと自らを修正していくプロセスを解明しました。

どれほど優れた語り手であっても、エピソードが4つ、5つと積み重なれば、口頭伝承の過程でプロットの結びつき、因果関係は綻ほころびてしまいます。

人間にとって「三」は、物語の因果を保持しつつ、記憶の負荷を最小限に抑えるのに最適な数なのです。人びとの脳の集積としての社会という巨大なフィルターを通過した結果、物語に登場する数は必然的に「三」という最小かつ最強の単位へと落ち着いたといえるでしょう。

この「三への収斂(しゅうれん)バイアス」は、古い民話の世界だけのものではありません。戦後に都市伝説として日本中を震撼させた「口裂け女」の噂にも、全く同じ現象が見られます(野村純一『世間話と怪異』野村純一著作集7 清文堂出版)。

■なぜ口裂け女は100メートルを「三秒」で走るのか

口裂け女の噂が全国に伝播していく中で、「100メートルを三秒で走る」「実は三姉妹の末っ子で、姉たちも整形に失敗している」「三のつく場所(三丁目の交差点など)によく現れる」「ポマードと三回唱えると逃げていく」といったように、なぜか執拗なまでに「三」という数字への収斂が進んでいったのです。

こうしたことは、誰か1人のプロデューサーが仕掛けたわけではありません。何千、何万という人びとの脳を伝言ゲームのように通過していく中で、脳のメモリの限界と「覚えやすさの追求」によって、物語が自然と「三」のパターンを持つものへと自動整形されていった結果なのです。

さらに、恐怖の物語が人びとの脳に強烈にコミットし、長命な伝承として勝ち残るための「キャラクターデザイン」の法則が存在します。宗教認知科学の分野で提唱されている「最小反直観性(minimal counterintuitiveness)」という理論です。

簡単に言えば、人間の脳にとって最も効率よく記憶に残り、思わず他人に話したくなってしまうのは、「基本的には私たちがよく知っている現実(直観的常識)に従っているが、ごく一部(1~2点)だけ、ルール違反(反直観性)がある」という存在です(Justin L. Barrett,“ Exploring the natural foundations of religion”, Trends in Cognitive Science 4)。

■砂かけ婆が風変わりなビジュアルではないワケ

「砂かけ婆(ばばあ)」という「妖怪」を例に考えてみましょう。砂かけ婆というキャラクターは、ベースはただの「お婆さん」という日常的な存在です。そこに、「誰もいないのに、通りかかると上からバラバラと砂を撒いてくる」という異例さを「1点だけ」追加したのです。逆に言えば、砂かけ婆には砂を撒くこと以外に、特に風変わりな点はありません。

写真=共同通信社
長く親しまれてきた砂かけ婆(=2020年8月2日午後、鳥取県境港市) - 写真=共同通信社

もし、これが「全身がピカピカと発光し、背中から炎を吹き出して空を飛びながら砂を撒くお婆さん」だったとしたらどうでしょうか。ビジュアルとしては非常に派手で強烈ですが、このような存在は、脳にとって「直観に反する要素(ルール違反)」が多すぎます。

設定が複雑すぎて処理コストが高くなり、伝言ゲームの途中でディテールが抜け落ちてしまうため、結果として人びとの口から語られなくなっていきます。

情報としての生存競争に負けてしまうのです。

日本の「妖怪」デザインを見渡してみると、驚くほど多くが、この「日常に1、2点だけルール違反を加える」という最小反直観性のルールを忠実に守っていることに気づきます。

たとえば、お馴染みの「一つ目小僧」や「からかさ小僧」、「一本だたら」といった「妖怪」たちもそうです。彼らの姿を思い出してください。ベースとなっているのは、私たちが毎日見ている「人間の子ども」であったり、日常道具である「傘」であったりします。

そこに加えられている変更点は、ただ1点、目が「1つだけ」になっている、あるいは足が「1本だけ」になっているという、肉体的な引き算だけです。腕が8本あって、頭が3つあって、口から毒霧を吐く……というような過剰な盛られ方はしていません。

■「1%の不気味な違和感」が注意をひく

江戸時代の「幽霊」のビジュアルが、現代の私たちにとってもなお強く刺さり続けている理由も、まさにここにあります。「幽霊」は、全く未知の宇宙人のような異形の姿をしているわけではありません。見た目は、私たちがよく知っている「普通の人間」の姿をしています。

しかし、円山応挙が描いたように「足がない」、あるいは鶴屋南北の怪談狂言に見られるように「身体が逆さま」であるという、ほんの一部分だけ、この世の物理法則や日常のルールを裏切る要素をまとっています。

人間とほとんど同じでありながら、決定的に1箇所(あるいは2箇所)だけ何かが違う。「99パーセントの日常」に追加された「1パーセントの不気味な違和感」こそが、人間の脳の注意を最大級に引きつけ、怪談を今日まで語り継がせる強力な原動力となっているのです。

文化進化の研究者であるアラ・ノレンザヤンらは、この理論を証明するため、グリム兄弟が収集した200編の民話を対象に、現代における「人気の格差」を大規模に分析しました。

その結果、何百年もの歴史を生き残り、現代でも世界中で愛されている有名な物語(「シンデレラ」や「白雪姫」など)は、魔法や奇跡といった反直観的な要素が、1つの物語の中にわずか「2~3個」程度に抑えられているものであることを見出しました。

写真=iStock.com/ZU_09
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/ZU_09

■「ちょうどいい不思議さ」こそが生き残る鍵

反直観的な要素が全く存在しない退屈な現実話や、逆に要素が多すぎてお腹いっぱいになってしまう奇想天外すぎる話は、いずれも不人気となり、歴史のかなたに消え去っていったのです。恐怖の物語の歴史とは、脳にとって「ちょうどいい不思議さ」だけが淘汰されずに生き残る、シビアな生存競争の歴史でもあったことがわかります(Ara Norenzayan, Scott Atran, Jason Faulkner, and Mark Schaller,“Memory and Mystery: TheCultural Selection of Minimally Counterintuitive Narratives”. Cognitive Science 30, no. 3)。

ここまで、人間の脳が持つ「コピーミスの性質」や「覚えやすさの限界(三の法則、最小反直観性)」といった個別のメカニズムを見てきました。では、こうしたバイアスが連動し、さらに時代ごとの「メディアの移行」と掛け合わされたとき、伝承は一体どれほどの変化を遂げるのでしょうか。

そのダイナミックな文化進化の一端を見せてくれる、伊豆諸島の事例を紹介しましょう。以下は、関西学院大学で私のゼミ生であった辻涼香さんの優れた卒業論文「『物忌』のゆくえ-伊豆諸島における来訪神伝承の消長」(指導教員 島村恭則)に基づいています。

■伝承の過程でカミが怨霊に変わるケースがある

かつて、伊豆の島々における圧倒的な夜の闇の恐怖の中で、旧暦1月には、海のかなたからカミが訪れるとして、厳重な物忌(ものいみ)をしてこれを迎え祀りました。神津島の「二十五日様」や伊豆大島の「日忌み様」などがその代表です。

もともとは、旧家の当主や神職のような島での中心的立場にいる人たちがこのカミを迎え、一般の島民は一切の外出を禁じられて家に籠もるという、厳格な祭祀が行われていました。

しかし、時代が下るにつれて旧家や神職の家系が絶えるなどし、「カミを迎える」という行事の本来の趣旨や文脈が語り継がれなくなっていきました。すると、伝承の核心であったカミという1番重要なピースが抜け落ちてしまったのです。

カミという中心的なピースを失った島民たちの脳には、「特定の夜に海から何かがやってくる」「その姿を見てはならない」という恐怖のルール(枠組み)だけが強く残りました。

そして、そのルールを後から説明するために、海で無念の死を遂げた者の怨霊「海難法師」という、怖ろしい物語が創出され、パッチワークのようにはめ込まれていったのです。こうして、かつてのカミは、最初の文化進化によって怨霊へと姿を変えることになりました。

写真=iStock.com/MaFelipe
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/MaFelipe

■商業メディアが「妖怪」のキャラクターを生んだ

本来、島内においては「見たら死ぬ、あるいは発狂する」という厳重な禁忌(タブー)があったため、海の向こうからやって来るものの具体的な姿が絵画などで描かれることは一切ありませんでした。しかし、島内の伝承が島の外へと漏れ出したとき、近代の商業メディアがそれをキャッチします。

島村恭則『恐怖の民俗学』(SB新書)

1990年代の人気漫画『地獄先生ぬ~べ~』(真倉翔原作・岡野剛作画集英社)に、おぞましい怪物のデザインをまとった「海難法師」として登場することで、その姿が可視化されました。

また、水木しげるさんも『決定版日本妖怪大全-妖怪・あの世・神様』(小学館)などで独自の「海難法師」を描くなど、外部の人間による「キャラクター化」が急速に進行していきました。

厳しい物忌みを伴うカミ迎えの文脈から切り離された海難法師が、漫画というエンタメメディアに乗ることで、現代人の脳に最も刺さりやすい「妖怪」へと変化したのです。

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島村 恭則(しまむら・たかのり)
関西学院大学社会学部長・教授、現代民俗学会会長
1967年、東京生まれ。筑波大学大学院博士課程歴史・人類学研究科単位取得退学。博士(文学)。専門は、現代民俗学、民俗学理論。著書に『韓国の都市伝説』(ちくま文庫)、『これからの時代を生き抜くための民俗学入門』(辰巳出版)、『昔話の民俗学入門』(創元社)、『みんなの民俗学』(平凡社新書)、『民俗学を生きる』(晃洋書房)、『〈生きる方法〉の民俗誌』(関西学院大学出版会)、編著に『引揚者の戦後』(新曜社)、『現代民俗学入門』(創元社)など多数。
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(関西学院大学社会学部長・教授、現代民俗学会会長 島村 恭則)