マイケル・ジャクソンも「教わった」? ムーンウォーク、知られざる100年の歴史
英雄には伝説がある。人々はその伝説を追い続ける。そしてそこにはロマンがある。言動を追いかけ、その歴史をひもとき、英雄の実像に近づきたい--それがファン心理というものである。
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音楽界の英雄マイケル・ジャクソン。その代名詞・ムーンウォークにまつわる、さまざまな起源説にも、歴史とロマンが満ちあふれている。
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名もなき黒人の子どもたちの遊びから生まれた?

映画『Michael/マイケル』より。®,TM & © 2026 Lions Gate Entertainment Inc. All Rights Reserved.
ムーンウォークが初めて世に披露されたのは、1983年にNBCで放送されたモータウン25周年特番『Motown25:Yesterday,Today,Forever』でのこと。「ビリー・ジーン」の間奏で見せたステップだった。 放送されるや、翌日から街じゅうの若者がマネを始めたと言われている。それほどまでにセンセーショナルだったのである。
マイケルは自伝『ムーンウォーク マイケル・ジャクソン自伝』(田中康夫:訳/河出書房新社)で、このように述べている。
《ムーンウォークはブレークダンスのステップとして、黒人の子供たちがゲットーの街角で作り出したポッピングというタイプのステップから生まれたものです。(中略)ムーンウォークを僕に教えてくれたのは三人の子供たちでした。彼らから、その基本を授かると、ひとりで何度も何度も繰り返し練習しました。(中略)ダンサーとして、黒人は本当に革新的です》
名もなき黒人の子どもたちの遊びから生まれたというエピソードは、子ども好きで、黒人としての誇りを持ち続けたマイケルらしい発言である。
が、そこは幼少期から多種多様な文化を自身のパフォーマンスに取り入れてきた、勉強熱心なマイケルのことだから、さまざまな発想源があったはず……。ファンや評論家たちは、さまざまなムーンウォークの発想源、起源を追いかけることになるわけだ。
アメリカ西海岸のストリートから出たダンサーたち
ムーンウォークの起源として最も有力な説が、ダンサーであるジェフリー・ダニエルにまつわるものだ。
彼らが暮らしていたアメリカ西海岸では当時、「ポッピング」や「ブガルー」と呼ばれる、身体をカクカク動かしたり、なめらかに滑らせたりするストリートダンスが若者の間で流行していた。
遊びから生まれた動きを、路上の若者たちが競い合いながら、技として磨いていったムーブメントだったわけだ。
後に音楽バラエティ番組『ソウル・トレイン』のバックダンサーや、ソウル&ファンク・グループのシャラマーとして活躍したジェフリーのダンスにマイケルは魅せられ、ダンスの教えを請うた。「バッド」や「スムーズ・クリミナル」のMVの振り付けやダンスに参加している。
実は、1970年代後半からさまざまなメディアでジェフリーは「バックスライド(backslide=後ろ滑り)」という技を披露している。これらのことから、ジェフリーのバックスライドを「ムーンウォーク」のアイデア発想源のひとつとする説がある(その技を直接教えたのは、「スムーズ・クリミナル」のMVにも出演した、ダンサーのキャスパー・キャニデイトとクーリー・ジャクソンだという)。
そして、モータウン25周年特番でマイケルが見せた「バックスライド」の動きは、マスコミなどから「ムーンウォーク」と呼ばれて世に広まった、ということだ。
デヴィッド・ボウイにマルセル・マルソーも?
ただ、「ムーンウォーク」の起源説はこれにとどまらない。マイケルが、デヴィッド・ボウイのステージを発想源にしたという説もある。
『デヴィッド・ボウイ・アンド・ヒズ・ヒーローズ』(トム・ハグラー:著、荒木重光:訳/リットーミュージック)によれば、1974年にアメリカでの『ダイアモンドの犬』ツアーをマイケルが観て、《ショーの後、ジャクソン一家はボウイを夕食に招待し、マイケル・ジャクソンは、革命的な動くステージセット、曲、そして何よりも振り付けについてボウイを質問攻めにした。中でも、後に“バックスライド”と呼ばれるムーブに夢中になっていた》という。
また、マイケルは世界的なパントマイマー、マルセル・マルソーにも夢中になった時期があったという。マイケルの没後に、マルソーのアシスタントを長く務めたエレナ・セラは、AFP通信で《マルソーさんのステップのひとつに風に逆らうような歩き方があるが、これがムーンウォークのヒントになったと、ジャクソンさんが舞台裏で話したことがあった》と答えている。
ムーンウォークの源泉は、1920年代からあった!?
そもそも、バックスライドの動きは、いつからあったのだろう。
「ソウルの帝王」ジェームス・ブラウンが得意にした「キャメルウォーク」という滑る足さばきや、マイケルが敬愛してやまなかった名優フレッド・アステア、エンターテイナーのサミー・デイヴィス・ジュニアらの動きにも、ムーンウォークによく似た動きが見つかる。
さらに遡ってみると、1930年代にキャブ・キャロウェイというアフリカ系アメリカ人のジャズ歌手が、すでによく似た動きを舞台で見せていたという。
そして1920年代には、同じくアフリカ系アメリカ人のジョニー・ハジンズというヴォードビリアンがいた。「黒いチャーリー・チャップリン」と呼ばれ、ジャズやブルースの音楽(トランペットやサックスの音)に合わせたダンスとパントマイムでステージを沸かせた人物で、彼の動きの中にバックスライドの動きがあったという。
このあたりが現在確認できる、「ムーンウォーク=バックスライド」の起源だ。
いずれにせよ、さまざまな人たちが演じてきたパフォーマンスが、マイケルというスーパースターを通じて一般的なものになった、ということだろう。
マイケル自身も、前出の自伝『ムーンウォーク』でこう語っている。
《この頃までに、このムーンウォークはもう路上のダンサーたちの間では流行りつつあったのですが、僕がやったことで、少しばかりその評価が高まったと思っています》
マイケルの繰り出すムーンウォークの足下には、長い長い歴史が横たわっていたのである。
(一角 二朗/週刊文春CINEMA オンライン オリジナル)
