名古屋主婦殺害、民事裁判で被告側が争う姿勢…20年経過による「除斥期間」の壁とは?
名古屋市西区のアパートで1999年、主婦高羽奈美子さん(当時32歳)が殺害された事件で、遺族が殺人罪で起訴されている被告に対して損害賠償を求めた裁判で、被告側は請求の棄却を求め、争う姿勢を示したと報じられました。
報道によると、9月8日に開かれた第1回口頭弁論で、被告側は民事の答弁書でも、認否を明らかにせず、「包括的に黙秘権を行使する」としたとされています。そのうえで、遺族側の主張を前提にしたとしても、不法行為から20年で賠償請求権が消える「除斥(じょせき)期間」により請求権は消滅している、と主張しています。
遺族による損害賠償請求は認められないのでしょうか。そもそも除斥期間とは何なのでしょうか。簡単に解説します。
●これまでの経緯は?
1999年の事件発生から、加害者は長く特定されずにいましたが、2025年10月、現場の血痕とDNA型が一致したとして、夫の高校の同級生だった被告が逮捕されました。被告は逮捕直後に容疑を認めたものの、その後は黙秘に転じています。
被告に対する刑事裁判の方はまだ第1回の公判が開かれておらず、被告が主婦を殺害したかどうかについて裁判所の判断はいまのところありません。
今年3月、遺族の夫と長男は、慰謝料や現場保存のためのアパート賃料などを求めて被告に対する損害賠償請求訴訟を起こしました。
●除斥期間とは? 時効とどう違うのか
一般に、故意や過失により人を死亡させた場合、加害者は、被害者本人の損害(遺族が相続します)と遺族固有の精神的苦痛について、賠償する責任を負います(民法709条、711条)。
ただ、この請求権には期限があります。事件当時の民法724条は、損害と加害者を知った時から3年で時効になると定めたうえで、「不法行為の時から二十年を経過したときも、同様とする」としていました。
最高裁は、この20年を時効ではなく「除斥期間」だと解釈してきました(最判平成元年(1989年)12月21日)。
時効には、請求などで期間をリセットしたり、完成を先延ばしにしたりする仕組みがありますが、除斥期間にはそれがありません。
つまり、どういう事情があるかにかかわらず、20年経てば機械的に請求が出来なくなるのが除斥期間です。
なお、2020年4月1日施行の改正民法はこの20年も時効としましたが、本件は施行前に20年が過ぎているため、改正前のルールが適用されます。
●被告の主張は認められるのか
20年が過ぎたのは2019年11月です。形式的には除斥期間は完成しており、被告側の主張は法律の文言どおりです。
被告側が除斥期間を主張している以上、裁判所としては、被告が犯人かどうかには踏み込まず、除斥期間の点だけで結論を出すこともできます。
被告側が事実関係を黙秘したまま争えるのは、そのためです。
ただし、この「除斥期間」についても、常に20年で必ず請求できなくなる、というわけではありません。
2024年、旧優生保護法のもとで不妊手術を強制された人たちが国を訴えた裁判で、最高裁はこの枠組みに例外を認めました。
20年で請求権が消えたとすることが「著しく正義・公平の理念に反し、到底容認することができない場合」には、除斥期間の主張は信義則違反または権利の濫用として許されない、という判断です(最大判令和6年(2024年)7月3日)。
つまり、20年たてば自動的に終わり、ではない例外的な場合を認めたのです。
ただし、最高裁自身が、例外が認められる場面は極めて限られると述べています。
被告側は、この考え方に対して、「単に加害者が名乗り出なかっただけでは、除斥期間の適用排除は問題とすらならない」と主張します。つまり、加害者が名乗り出なかったという事情だけでは、上の例外にあたるかどうかを検討する余地すらない、という主張です。
本件でも、上の最高裁判例にいう例外にあたるかどうかは正面から審理されることになるでしょう。
●類似の裁判例では?
本件に似た事件で、除斥期間を認めず、遺族の請求が認められた例があります。
1978年に東京都足立区で教師が殺され、加害者が遺体を自宅の床下に隠し、26年後に自首した事件です。
最高裁は、加害者が被害者の死亡を知り得ない状況をことさらに作り出し、相続人が確定しないまま20年が過ぎた事案で、確定から6カ月以内に提訴したなどの事情があれば、除斥期間の効果は生じないとしました(最判平成21年(2009年)4月28日)。
この判断は、権利を行使できない事情がある間は時効の完成を待つ、という民法の規定の考え方を借りたものです。先ほどの信義則・権利の濫用とは別の道筋になります。
一方で、除斥期間の主張を認めて請求を退けた裁判例は複数あり、2024年の最高裁判決の後も出ています(大阪地裁令和7年(2025年)4月22日判決など)。
足立区の事件は、遺体が隠され、被害者が亡くなったことすら分からなかった事案でした。
今回は殺害自体は当初から分かっており、分からなかったのは「誰がやったか」です。
加害者が分からないまま20年が過ぎることは、もともと724条が織り込んでいる事態である、と考えると、この点が遺族側にとって高いハードルになります。
●本件では何が争われる?
本件では、まず被告が犯人だと認定できるかどうかが問題となります。
次に、仮にこれが認められたとしても、除斥期間との関係で、遺族が加害者を知ることができない状況をどこまで作り出したといえるか、遺族の側に早く権利を行使できる余地があったか、といった事情が問題となるでしょう。
時事通信などの報道によると、愛知県警は、被告が乳酸菌飲料の訪問販売を装って訪れたとみているようです。
また、被告は逮捕前の任意の事情聴取で、当初はDNA型鑑定を拒んでいたと報じられています。

