『それはどこでも起こり得る』(ブレイディみかこ 著)

 極中(エクストリーム・センター)、クラス・シーリング、プラットフォーム・ポリティクス、リマイグレーション……。ここ最近、政治や社会について語る際に使われるようになってきたこれらの言葉を、イギリス在住のライター・コラムニストのブレイディみかこさんが解きほぐす一冊、『それはどこでも起こり得る』が刊行された。

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「英語圏で使われつつ、日本にも当てはまる言葉を選びました。イギリスの経済はいま、日本の『失われた30年』を追っているような状態で、ジャパニフィケーションとも呼ばれます。若者のニート率も上がり、5年以内に16~24歳の6人に1人がニートになる恐れがあると言われています。金融危機以降では失業率もワースト。これにはいくつか原因があります。まず、コロナ禍に厳しいロックダウンがあり、メンタルを病む人が多かった。医療制度もパンク状態で、若者のケアが不十分なまま、そこから回復できていない人が多いのです。もう一つはAIが初等レベルの仕事を奪いつつあること。日本では氷河期世代がロストジェネレーションと呼ばれますが、イギリスでもそのように言われ出しています」

 就職難について「自己責任」という言葉が使われることに対し、若者からは反発も生まれているという。

「『クラス・シーリング』は『階級の天井』という意味です。生まれながらの階級で将来が決まってしまっているという発想は、日本の『親ガチャ』に近いですよね。東京では家賃の高騰が問題になっていると聞きますが、ロンドンの住宅事情も深刻で、1Rで月30万円は当たり前。若者はシェアハウスでなければとても住めないような金額です」

 社会の格差が拡大すると、極端な発言を繰り出すポピュリストが人気になる。

「イギリスではいま、リフォームUKという右派ポピュリズム政党が人気です。支持率は労働党、保守党を上回り、伝統的な二大政党制が崩れかけています。リフォームUKが提案する移民政策は、永住権を取り上げ、高年収の移民にのみビザを発給するというもの。移民差別を装った階級差別の側面もあると思います」

 ブレイディさん自身は合法移民だが、同じ合法移民の中にも排外的な考えが広がり始めていることに驚いたという。

「不法移民が増えることによって、自分達の立場も脅かされるかもしれないと、排外主義に走る。でも、排外主義が勢いを増せば、移民法がどんどん厳格化され、気がついたら自分も不法な移民になっているかもしれない。そういうことへの想像力がないんです」

 一方で7月、イギリスでは新しい首相が誕生した。労働党のバーナム首相だ。

「彼はイギリスの政治家では珍しく人気が高い。というのも、人々の政府への不信が高まり、中央のエリート政治家は信頼されないのですが、彼は北部マンチェスターの市長として活躍して、人気が出た人なのです。北部はアメリカでいうとラストベルトのような地帯で、グローバル化から取り残されていた場所なんです」

 期待は高いが、英国内の貧困はすでに深刻だ。

「私は食料品を配るフードパントリーでボランティアをしているのですが、看護師や教師など普通に働いている人が助けを求めに来るのです。でも、ボランティアをしていて希望を感じることもある。思想的に相いれない人々でも、一緒に働くうちに案外うまくいって、互いに考え方が変化していくんです。人間は本来、相互扶助で生き延びていくのだと強く感じます」

1965年、福岡県生まれ。96年から英国ブライトン在住。2017年、『子どもたちの階級闘争』で新潮ドキュメント賞、19年『ぼくはイエローでホワイトで、ちょっとブルー』で毎日出版文化賞特別賞ほか受賞。

(「週刊文春」編集部/週刊文春 2026年9月10日号)