作家やクリエイター、お笑い芸人、音楽アーティストなど、多彩なジャンルで活躍する人たちが、心に残る一冊をセレクトして、自身の言葉で紹介! 本を選んだ理由やそれぞれならではの視点を通して、本との新しい出会いや、読書の楽しみを届けます。

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『往信』


「そんなこと言ったっけ」

「言ったよ。言ってたよ。言ってくれたよ。忘れてても、絶対に忘れないよ」

 ふと漏れた、ため息のような言葉のほうが、時間をかけて考え抜いた言葉よりもずっと誰かの胸を震わせる、なんてちいさな奇跡がある。本を読む喜びは、そんなちいさな奇跡に出会えることにある。今回はそんな本を紹介しちゃいますよ。

 言葉はいつも、思いがけない場所に思いがけない形で届く。特に、本に書かれた言葉は読者が読むことによって成就するから、渡り鳥のように孤島から孤島へ飛んでいける。佐々木朔『往信』は、そんな言葉のすこやかな寂しさを歌った歌集だ。

 タイトルの『往信』とは、こちらから出すはじまりの通信のこと。応答が来るかどうかもわからないまま、それでも送り続ける、そんな印象の言葉だ。だからこの本は、返事のない手紙のような佇まいをしている。

引用----

【発話しかできない機械抱きかかえいちばん高い階へのぼった】

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 どこまでも一方通行の言葉。ひとりごとめいた歌のそれぞれが、ほほえむような諦めによって繋がっているのが心地良い。

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【あのひとに近づきたくて買ってきた本にあのひとは出てこない】

【だってあなたはわたしの暗喩かもしれず手をとればだれも帰れなくなる】

【春のことは春に思えばよいことは分かりそれでもきみが欲しいよ】

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 あのひと、あなた、きみ。さまざまな呼び方で、自分ではない「あなた」に近づきたい。自分のうちに取り込みたい。と擦り傷のような想いが語られる。

 あなたはわたしではない他者だからこそ美しい。けれどあなたが他者である限り、この手に収めることはできない。その事実から目を背けるように、多くの人は自分と他者との関係に名前をつけることで、擬似的に縛りつけようとする。

 しかし著者は、関係に名前をつけてしまえばたちどころに消えてしまう揺らぎを大胆にすくいとってみせる。

引用----

【関係を名づければもうぼくたちの手からこぼれてゆく鳳仙花】

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 さやに触れられれば身をよじって種をこぼす鳳仙花のように、関係に名前をつけた途端にこぼれ落ちてしまう特別さや余白がある。関係を名づけ固定するような言葉を疑いながらそれでも言葉を信じている。諦めながら諦めない、そのさやけさが眩しい。

引用----

【感情はむしろ孤島に咲いていて、そうだとしても言葉をつなぐ】

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 わたしはあなたを、真に理解することはできない。そうだとしても、咲いた感情の花の種を本という鳥を通じて、孤島から孤島へ送ることはできる。往信は返事を期待せずただ送り出すしかない。それはとてもさみしく、孤独な営みだ。言葉を送り出してしまえば、あとからできることはなにもない。あるとすれば望外の返信のために自分を開いておくことだけ。

引用----

【ぼくたちのするべきことはすでになく海に面した窓をひらいた】

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「あなた」を理解することができないのに、理解したいという想いを諦められもしない。だからこそ言葉を尽くして、それがあなたに届けばいいな、と開いた窓から見える海に祈る。

 もっと言えば、わたしはわたし自身のことさえ真に理解することはできないのだろう。言ったことを忘れ、言いたかったことを忘れ、いたかったことも忘れていく。

引用----

【かわいいだけの天使でいたいいたかったこともいずれは忘れるだろう】

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 それでも。天使でいたかった日々を忘れたとしても、自分がなにを思い、なにを言ったかさえ忘れてしまうとしても、心を揺らす言葉を読んで、みずからの口で奏でることで、言葉はいっそう、高く清い場所に届くだろうと思う。

引用----

【朗読をかさねやがては天国の話し言葉に到るのだろう】

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 使い古された常套句や借り物の言葉に疲れたなら、自分の好きな言葉を見つけて、朗読してみてほしい。書き手の心と身体を離れ、彫刻として渡ってきた言葉にふたたび命を吹き込むのが朗読だから、はじめての創作に朗読ほどふさわしいものはない。

 あなたが、あなたの心を震わせた言葉を歌うところを、いつか聞かせてほしいと思う。

◆浅井音楽さんが紹介した本

『往信』(書肆侃侃房)

【プロフィール】

浅井音楽 ONGAKU ASAI



臨床心理士、エッセイスト。

著書にエッセイ『しゅうまつのやわらかな』(つくみず:画)、詩文集『ぬいぐるみ投げてたら日曜日が終わった』がある。木漏れ日とからあげが大好き。

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