新米が安くなっても日本のコメには暗雲…高市内閣の"過剰な市場コントロール"が消費者と農家に払わせるツケ
■備蓄米買い戻し「本当の理由」
コメの価格が大きく下落する気配を見せる中で、政府が備蓄米の買い戻しを決めた。鈴木憲和農林水産大臣が9月1日の閣議後の会見で、9月中に集荷業者などが持つ去年産のコメ21万トンを買い戻す考えを明らかにした。2025年度に米価の高騰や品薄に対応するために、備蓄米59万トンを放出、およそ100万トンあった備蓄が大幅に減少していた。

このタイミングで買い戻しを決めた理由について鈴木農水相は「今年のコメの作柄は近年の平均を上回る見込み」となり、「コメの供給量は十分以上に確保されることが確認された」からだとした。
8月31日に農水省が発表した今年のコメの作柄は、8月15日時点で新潟県や北海道など24道府県で例年の平均を「やや上回る」、秋田県や宮城県など19都県で「平年並み」となった。量が十分に確保できる見通しがたったので買い戻す、というわけだが、本当の理由は違う。コメの民間在庫が過去最多となり、このまま新米が本格的に流通し始めれば、販売価格が暴落しかねない。価格を下支えするための買い戻しであることは明らかだ。
■2025年になっても米価は落ち着かなかった
2024年夏以降、コメ不足と価格高騰が起こり、「令和の米騒動」と呼ばれた。農水省は2024年の段階では、コメは不足していないとして備蓄米の放出に抵抗、結局、放出されずに終わった。結果、コメ価格が鰻登りの上昇を演じたのはご存知の通りだ。
農水省の「米穀の取引に関する報告」によると、2023年産の玄米60キログラムの相対取引価格は年平均で1万5315円だったが、2024年産は2万5179円に上昇、2025年に入ると価格上昇はさらに激しくなり2万7000円台に乗せた。結局、このタイミングで備蓄米の放出を余儀なくされたわけだ。2025年産が出回れば米価は落ち着くと言われたが、一向に下がる気配はなく、2025年10月には3万7058円の最高値を付けた。その後、価格はジワジワと下げたものの2025年産の年間平均価格は3万5451円と、2年間で2倍以上の価格になった。
■2025年産が新米より高いという珍現象
そして迎えた2026年、新米の流通がいよいよ始まるという段階になって、価格は大幅に下落する気配を見せている。というのも、2026年7月末時点で、民間在庫量は162万トンと過去最多に達した。1年前の在庫は92万トンで、何と70万トンも増えたのである。背景にはコメの価格が高騰したことで、農家が作付けを増やしたことと、一方で、高価格を嫌った消費者がコメを敬遠、販売数量が減少したことがある。2025年産米の全国の集荷量は269.5万トンで、前年同月比26.3万トン増加。一方で、販売数量は170.6万トンと23.4万トン減少した。
早場米が店頭に並び始めたことで、消費者が目にする価格にも大きな変化が出てきた。昨年秋時点での2025年産コシヒカリの新米は、5キロの店頭小売価格で4500円を超えていたが、ここへ来て3500円を下回る価格まで下がってきていた。在庫を抱えた業者が損失覚悟で早めに処分を進めようとしている姿が浮かび上がった。
一方で、2026年産の宮崎県産コシヒカリの新米が2592円といった価格で首都圏のスーパーで売られ始めており、2026年産新米よりも2025年産の方が高いという珍現象が生じ始めていた。2026年産に関しては、農協などが事前に農家に支払う概算金(仮渡金)が前年よりも40%下がっているケースが相次ぎ、消費者が購入する価格も大幅に下がることが確実視されている。

■新米の価格は維持されると考えるのが普通
農協などコメの集荷業者からは夏前の段階で、備蓄米の買い戻しを求める声が上がっていた。備蓄米の買い戻しをすれば、下がり始めたコメの価格が再び高騰することになりかねないとして、高市早苗首相がなかなか首を縦にふらなかったと言われる。物価上昇の象徴的な品物であるコメの価格をこれ以上上昇させれば内閣支持率は大きく下がることになりかねないと危惧したと言われる。
買い戻しを公表した農水相が価格に影響を与えないと言い張る理由はそこにある。木原稔官房長官も「足元の環境は供給不足が生じる見込みが低く、今般の買い戻しは、今後の流通の大宗(たいそう)を占めることになる新米ではなく、古米となった令和7年産米を対象とするものであり、市場の価格動向に大きな影響を与えることはない」と会見で述べていた。
買い戻しの対象は新米ではなく、2025年産米だから、価格に影響は与えないという理屈だが、果たしてそうなるか。業者が在庫を投げ売り処分する必要がなくなれば、価格は下がらず、新米の価格も維持される事になると考えるのが普通だろう。
■消費者にとって安価は好ましいが…
しかも、2025年産米を買い上げてくれるとなると、集荷業者は在庫を損失を出すことなく処理できる可能性が出てくる。政府の買い入れ価格次第ではあるが、市場で処分しようと思えば、大きな損失が出る可能性もあったわけで、政府様様という事になるのではないか。農協をはじめとする集荷業者を救済する補助金を出すのに等しいという見方もできそうだ。
消費者にとっては主食であるコメの価格が安定的に安価であることが好ましい。一方、農家にしてみれば60キロ2万円以下ではコストを賄うことが難しいという話になる。しかも物価高騰で農業機械を動かす軽油やガソリンも、輸入原料に頼る肥料も包装資材も何もかも価格が上昇している。今年、コメ価格が大幅に下がれば、コメ作りをやめる農家も出てくるという話が連日、テレビニュースでも流れている。

■価格を底上げしても農家はジリ貧になる
だからといって、農水省が価格をコントロールしようというのは所詮無理な話だ。備蓄米の放出や買い戻しによる価格変動だけではない。農水省は減反政策は取りやめたと言ってはいるが、家畜用の飼料米に対する補助金を大幅に増やすことで人が食べるコメの生産量を減らすように誘導するなど、形を変えた減反政策を続けている。
国内消費量の減少に合わせて生産量を減らすことで価格を維持させようとしてきたが、市場機能に国が人為的に介入しようとしても中長期的には市場を歪ませるだけで、そのツケはいずれ跳ね返ってくる。
備蓄米の買い戻しで価格を底上げすることができたとして、高止まりする米価に国民が拒絶反応を示して消費を減らせば、中長期的には農家の売り上げは増えず、ジリ貧になっていく。
■日本国内だけを見ていてはいけない
今後、急速に進む人口減少の中で、日本国内の消費だけを見て政策を決めていては日本の農業は滅んでしまう。減反などせず、世界中に日本の良質のコメを輸出してきたならば、今の世界的な日本食ブームの中で、日本米消費も増えていたに違いない。これだけ円安が進めば、本来は日本の農産物にも輸出競争力が出てこない方がおかしい。小規模零細農家を守ることが最優先で、強い農業を作ることを考えてこなかった結果とも言える。
かつて江戸時代の日本は、大阪・堂島の米会所(取引所)で、コメの証券売買が活発に行われていた。そのコメの先物取引は世界に先駆けて日本で行われていた。もちろん、江戸幕府もコメ価格の安定には苦心惨憺したが、市場を潰してしまえ、という話にはならなかった。結局、政府が介入しても、市場原理を無視すれば、いずれそのツケを払わされることが分かっていたからだろう。
高市内閣は、補助金を出してガソリン価格を引き下げたり、ガス代や電気代に助成金を出すなど、市場と敵対することを厭わない政権だ。だが残念ながら、国のコントロールで民間の事業が成長を遂げたことはなく、過度な政府の介入はむしろ民間事業を圧迫し、失敗させる。コメの価格をコントロールしようとすれば、そのツケは日本農業の衰退という結果をもたらす事になる。
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磯山 友幸(いそやま・ともゆき)
経済ジャーナリスト
千葉商科大学教授。1962年生まれ。早稲田大学政治経済学部卒業。日本経済新聞で証券部記者、同部次長、チューリヒ支局長、フランクフルト支局長、「日経ビジネス」副編集長・編集委員などを務め、2011年に退社、独立。著書に『国際会計基準戦争 完結編』(日経BP社)、共著に『株主の反乱』(日本経済新聞社)などがある。
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(経済ジャーナリスト 磯山 友幸)
