「一緒に人類の未来を変えましょう」年俸50億円の“後継者”を辞任させた直後、孫正義が自身の右腕に伝えた“不気味な言葉”の真意とは
〈「息子はただ算数の成績がいいだけではない、天才にちがいない」…孫正義の父親がホークス戦の裏でソフトバンク幹部に明かした、10歳の息子が見せた“すさまじい商才”〉から続く
ある朝、孫正義の後継者と目されていたニケシュ・アローラはソフトバンク本社26階の会議室に呼ばれ、即日辞任を突きつけられた。年俸50億円超ともいわれた人物が孫正義の考えひとつで人生が一変する--。カリスマ経営者の冷酷な決断の実情とは。元モルガン・スタンレー幹部で、ソフトバンクで孫正義の右腕として活躍したアロック・サーマ氏による『右腕が見た孫正義「クレイジー」が世界を変える瞬間』(光文社)の一部を抜粋して紹介する。
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命令のようなトーンで「君とふたりで話がしたい」と
ニケシュと私はハワイを飛び立ち、くつろいだ陽気な気分で、なんの疑いもなく東京に到着した。
そして午前9時に予定されていたロン・フィッシャー(編集部注:ソフトバンク経営陣の上級幹部)と孫との打ち合わせのため、26階に向かった。孫は会議室のテーブルの上座に着き、室温がいつもの暑苦しい25度に設定されたなか、ユニクロのオリーブ色のダウンジャケットを着込んで私たちを待っていた。少なくともそこまでは、いつもどおりだった。
いつもと違ったのは、彼がひとりだったことだ。スキさん(編集部注:ソフトバンク経営陣の上級幹部)から届いたメールの案内には、議題は「財務戦略」とあったが、そこに財務チームの姿はなく、いつもいるはずのトランペット奏者のわが友人、ナカムラさん(編集部注:ソフトバンク幹部)の姿もなかった。そしていつもの歓迎の笑みもなく、孫は氷のように硬い表情で、視線を正面の龍馬の肖像写真にじっと向けていた。
「ニケシュ、君とふたりで話がしたい」と孫が口を開いた。その声は背筋と同じくらい硬く、彼は私たちのほうにほとんど顔も向けなかった。それは要望というより命令だった。いつもはバカ丁寧なくらいの孫が、フィッシャーと私を退室させることに謝罪もない。
フィッシャーと私は顔を見合わせ、無言のままそそくさと部屋を出た。私はニケシュのオフィスに引き上げ、彼を待った。
1時間後、彼が平然とした様子で笑み浮かべて入ってきた。
「終わったよ」
「終わったって何が? 打ち合わせ?」
「ちょっと歩こう、ミスター・サーマ」。ニケシュはなおも謎の半笑いを浮かべていた。私は彼のあとについてオフィスを出ると、エレベーターに乗り込んでロビーまで降り、さらにエスカレーターで地下のスターバックスに向かった。ニケシュは無言のまま淡々と自分の靴を見つめ、腕を組んでいた。緑色のエプロンをした元気なバリスタから「ニックとアル」と呼び出しを受け、私たちが生ぬるいカプチーノを手にしてから、ようやく彼が口を開いた。
「はぁ? なんだそれ?」
即日付で辞任したという。
「はぁ? なんだそれ?(ホワット・ザ・ファック?)」という反応が一番しっくりくる状況だった。
ニケシュは落ち着いて見えたが、私の目はごまかせない。ナネアで私の肩に腕を回してきたときの彼の笑顔を憶えている。こんなことは予想していなかったはずだ。
「今日、このあと発表することになる」と彼は言った。
報道機関向けの発表は午後3時に出された。欧米メディアが朝刊のトップ記事で取り上げるのに間に合うタイミングだった。
年俸5000万ドル以上も稼ぐ男がなぜ急に辞める決断をしたのか? ガルフストリームのプライベートジェット、ジョージ・ロバーツとのゴルフ、ダボス会議や投資銀行アレン・アンド・カンパニー主催のサンバレー会議への招待、そういう権力を飾るすべてをなぜふいにするのか?
私は本人に尋ねた。
「まあ、彼に言われたんだ、当分CEOの座を退くつもりはないってね。合意してた話と違うけど、それならそれで仕方ない。それと、彼はアームの案件をやりたがってて、とにかく張り切ってるんだ」とニケシュは答えた。
孫はニケシュを後継者と公言していたし、自分が60歳を過ぎたら彼に権限を譲ることを内々に約束していた。このどこか恣意的な定年は、かねてから広く周知されていた孫のライフプランの一部だった。
離婚はときに悲しいものだ。とくに、双方それぞれと楽しい思い出を共有してきたならなおのこと。落胆はあるものの、別れる理屈は理解できた。孫は59歳とはいえ、私がこれまで見てきたのは、子どものようにピンポン台で跳ね回る彼の姿だった。その姿は健康そのもので、ソフトバンクは彼の人生のすべてだ。それに、孫のいないソフトバンクはイエスのいない教会のようなもの。孫が陰の実力者として裏に退くなど、想像もつかない。
いっぽう、48歳のニケシュはまさにいま脂がのりきったところで、自分がトップだと証明したくてうずうずしていた。グーグルを辞めたのも、トップへの明確な道筋が見えなかったからで、ソフトバンクの「次期CEO」にいつまでもとどまることは、ニケシュ自身のライフプランにそぐわなかった。
公式声明のなかで孫はこう語っている。
孫正義がオフィシャルに発表した声明
「私の60歳の誕生日にソフトバンクグループの経営を〔彼に〕引き継いでもらおうと考えていましたが、そのいっぽうで、私はまだやり残した仕事があると感じていました。ソフトバンク2.0の構想をより強固にし、スプリント・コーポレーションを真に甦らせ、またその他いくつかのクレイジーな構想も実現したいと考えているからです。これに取り組むには、少なくともあと5年から10年は代表取締役社長として当社を率いていく必要がありますが、この間ずっとニケシュを当社のトップになるまで待たせてしまう期間になってしまってはいけないと考えました」
本当にそれだけだったのだろうか? しっくりきていたこの「縁組」が、あまりにも唐突に終わりを迎えてしまった。人種的な要因もあったのだろうか? 孫にかぎってそれはないはずだが、有色人種であれば、常にその可能性は考えてしまう。それがときに言い訳になってしまうのだが。ニケシュと私にとって欧米社会への同化は生やさしいことではなかったが、私たちはどちらも人種が足かせになったとは思っていなかった。むしろ、インド系移民の分析的で勤勉なイメージのおかげで、得をしてきた可能性さえある。日本はそんなに違うのだろうか?
この国の文化の多くを私は愛している。だから、そんなことは信じたくなかった。
「君は残りたいなら残ればいい。孫は君を気に入っている」。オフィスに戻る途中、ニケシュが言った。
「彼に訊かれたから、君が自分で決めるだろうって言っておいたよ」
オフィスに戻ると、机にスキさんからの黄色いポストイットが貼られていた。孫が私と会いたがっているという。
頭のなかは混乱するばかり
どんな話になるのか、まったくわからなかった。ニケシュはああ言っていたが、孫は本当に私に残ってほしいのだろうか? 同じように、自分がここに残りたいのかどうかも確信がもてなかった。この数年は刺激的な日々だったが、こんなペースはずっとは続けられない。それにニケシュが去れば、私では猛獣を相手にするには力不足だ。物陰に潜むドラゴンたちはどうなる? 奴らはニケシュを攻撃したが、今度は私が標的になるのだろうか? それにニケシュは平気そうにしていたが、私が残るのは友人に対して不実な気がした。彼がもし不当に扱われたのだとしたら、なおさら。
それでも、孫への愛情と尊敬は私の気持ちのなかで大きな位置を占めていた。力関係を考えればおかしな話だが、彼を守ってあげたいという保護本能も生まれていた。ニケシュとつくり上げたチームへの責任感もある。メンバーの多くとは師弟関係のようなものができていた。それに今回のことがニケシュにとって挫折なのはわかっているが、9桁の和解金〔退職費用は約88億円と報じられている〕を手にした彼は、次の仕事までこの状況を立派に乗り切っていくだろう。
頭のなかは混乱するばかりだった。私はジェリー・ヤン(編集部注:米ヤフー共同創業者)のキッチンでマックス(編集部注:PayPal共同創業者のマックス・レブチン)と交わした会話を思い出し、自分のなかの内なる「デュード(編集部注:あいつ)」を呼び出した。万物は流転する、ただ流れに身を任せるしかないときもある。私は何ひとつプランもないまま、孫の待つ会議室に入っていった。
退室しようとしたときにかけられた言葉
朝会ったときとは違って、私が入室すると孫は温かな笑みを浮かべ、肩の力も抜けていた。私はいつもの定位置へと向かった。孫の左側の、ここにいないロン・フィッシャーのためのスペースを残した、ひとつ隣の席だ。あの失敗は二度と繰り返さないつもりだった。
「ここにすわっていいんですよ」と孫が言った。口調はさりげなかったが、仕草はそうでもなかった。彼はニケシュのいつもの席を、右腕をいっぱいに伸ばし、手のひらを上に向けて指し示した。
いま考えれば、ほんの数時間前までニケシュの席だった場所にすわるなどありえないし、その後の会議では二度とすわらなかったが、その瞬間は、間をおかずにすわっていた。それだけ孫正義に「ノー」を言うのは簡単ではないからだ。
私が最初に訊いたのは、あの中傷キャンペーン(編集部注:社内外の敵対勢力によって仕掛けられた、ニケシュの誠実さを疑わせる一連の不当な攻撃)がニケシュの去る要因になったのかということだった。
「絶対に違います」と、孫は激しく首を振った。
「ニケシュの誠実さは100パーセント信じています」
彼はこの決断に悩み、何日も眠れない夜を過ごしたという。ニケシュのことは弟のように愛しているが、彼には素晴らしい才能があり、引き留めるのはフェアではない。孫は、ニケシュがいなくなることがどれだけさびしいか、そして私が残ることをどれだけ望んでいるかを語った。
「マサ、私はニケシュがいるからここに来ました。彼はこれからもずっと友人です。でも、私はあなたの構想を信じているし、一緒に働くのが大好きです」と私は答えた。
「それを聞けて本当によかった」と、孫は胸いっぱいに息を吸い込んだ。
その姿は弱々しく、心からほっとしているように見えた。
「それに僕たちは本当に楽しい時間を過ごしてますよね。美味しいワインを飲んで、ときにはゴルフもして、そして君が僕にドライバーを貸してくれる! でも、君がここに残ってくれたら本当にうれしいです」
「ロンと話して、組織をどうしていくか、ふたりで決めるといいですよ」と彼は言った。
私が退室しようとすると、彼はさらに言い添えた。
「一緒に人類の未来を変えましょう」
(アロック・サーマ/Webオリジナル(外部転載))
