「失敗したら終わり」突き動かす恐怖心 復活Vの裏側…レース中「すみません」近くの男性ランナーに持ち掛けた交渉--新谷仁美
「THE ANSWER 陸上PLUS|STORY」 北海道マラソン
女子マラソンで日本歴代3位となる2時間19分24秒の自己ベストを持つ新谷仁美(積水化学)が勝負に徹した。8月30日の北海道マラソン(札幌・大通公園発着)で2時間24分14秒の大会新記録で優勝。その裏には、勝つための布石、知られざる駆け引き、思わぬ“心残り”があった。(取材・文=THE ANSWER編集部・上田 悠太)
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「恐怖心」が成長の原動力の1つなのかもしれない。新谷は優勝者インタビューで言った。
「私は楽しむということはできない人間なので、もう本当に緊張と恐怖の中でスタートをして、走っている時も、ただただ怖いっていう思いで走っていました」
走ることを楽しいとは思えない。強い覚悟があるからこそ、結果を残せなかった時を思えば怖くなる。同時に、その恐怖心を拭い去れるのは「結果」しかない。だから走る。
「私に求められているものは『楽しく走ってほしい』とか『笑顔で走ってほしい』とかではないんです。『速く走ってゴールしてください』『結果を出してください』ということで、契約を結んでくださっている。商品棚からいらなくなったら『お辞めください』となる。私はあくまでそういう価値観。だから恐怖心や緊張感が生まれる。どうしても競技を『好き』だとポジティブにはなれないっていう感じです」
キャリアを重ね、38歳となった。よりシビアに自身の価値と向き合っている。
「走れない期間が長ければ長いほど、自分の価値はもう落ちているんだよと、しっかり受け止めた状態でやっている。だから、1回失敗したら『次頑張ろう』じゃなくて、『もう終わりなんだよ』というスタンスでやってきた。ちょっと古い考えかもしれないんですけど……。私は一刻も早くゴールして、早く解放されたいっていう思いで走っています」
夏マラソンの今回で言えば、求める「結果」はタイムでなく、勝つこと。そのために、新谷は徹底して勝負にこだわった。
会見から始まっていた勝負 男性ランナーに“ペースメーカー”打診
レース2日前から、駆け引きは始まっていた。28日の有力選手会見。目標タイムと順位を問われた新谷は「ここではお伝えすることはできない」と明言を避けた。勝負の鍵についても「42.195キロ全てだと思っています」と語るにとどめ、レースプランを明かさなかった。
会見での発言も、“意図的”だった。マラソンは「30キロまでは心理戦」と話す。会見で多くを語らなかった理由について「作戦です。自分の状態は教えませんよ、ご想像にお任せしますよという。勝手にメディアの方が深読みして書く分には問題ないので」と笑った。ライバルたちに自身の調子やレースプランを探らせないための策だった。
今大会は男女同時スタートだった。25キロ付近、向かい風が強くなった場面で、新谷は近くを走っていた男性ランナーに声をかけた。「利用させてもらえるなら」とレースの真っただ中で「ペースメーカー」と「風よけ」をお願いしたのだ。
新谷「すみません。引っ張りできますか?(1キロ3分)25秒前後でいいですか?」
男性ランナー「いいですよ」
快諾してくれた男性ランナーの背後で約2キロ、力をためた。男性ランナーが「新谷さん、すみません。もう無理です」と苦しくなると、新谷は深く感謝を述べて、さっそうと前に出た。レースでは冷却材を手に握り、深部体温の上昇を抑えた。
サングラスを投げたら、まさかの場所へ
ファンを大切に思う。レース中は思わぬ裏話もあった。ゴールが近づくと、2000年シドニー五輪金メダルの高橋尚子さんよろしく、新谷は終盤で走りながらサングラスを外し、放り投げた。「最初からファンの方にあげるつもりで、サングラスをつけていたんです」。走りながらのファンサービスをするつもりだったが、サングラスは沿道まで届かず、たまたま積水化学のチームメート山崎りさのもとへ。「取った者勝ちではあるのですけど、ただ投げた場所がコース寄りだったので申し訳なかった」と思わぬ“心残り”となった。
今大会では、2028年ロサンゼルス五輪の代表選考会「マラソングランドチャンピオンシップ(MGC)」の出場権も獲得した。前回はMGCの出場資格を得ながら、24年パリ五輪を目指さない意向を公言し、出場しなかった。しかし、今回は違う。レース後、ロサンゼルス五輪への挑戦を明言した。
「オリンピックを楽しみにして見てくださっている人もいる。だからこそ、日本の女子のマラソン界をどう盛り上げるかっていったら、もう単純に早くゴールしなきゃいけないっていう形だと思う」
新谷は1万メートルで2012年ロンドン五輪9位、2013年世界選手権で5位入賞と実績を残しながら、2014年に25歳で突然の引退。会社員を経て、2018年に800メートル元日本記録保持者の横田真人コーチに師事し、現役復帰した。
38歳にして、2時間24分14秒の大会新記録で優勝。危機感と恐怖心に突き動かされ、勝つための準備と駆け引きを徹底した。その積み重ねで必然の結果を導いた。
(THE ANSWER編集部・上田 悠太 / Yuta Ueda)

