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 ダイエー球団代表、ロッテ球団社長、オリックス球団本部長などを歴任した瀬戸山隆三氏(72)が、古田敦也氏(61)のYouTube「フルタの方程式」に出演。2003年オフの小久保裕紀(現ソフトバンク監督)の巨人への無償トレードの内幕を明かした。

 球界を激震させた小久保の無償トレードは、ダイエー(現ソフトバンク)球団の親会社であったダイエーグループの経営危機が背景にあった。

 福岡の野球事業も業績が悪化。立て直しのため、1999年に岩手のホテル事業の再建に成功していた実業家の高塚猛氏を福岡に招へいする。

 高塚氏は球団、福岡ドーム(現みずほペイペイドーム)、隣接するホテルの3点事業の立て直しを図り、24時間態勢の営業努力の末、黒字化に成功する。

 一方で、球団に対する“私物化”は目に余るものがあったという。瀬戸山氏は「自分のお客さんを試合中のベンチに入れて選手にサインをさせたりしていた」と明かした。

 当時の高塚氏について、瀬戸山氏は「すごい経営者でしたけど、野球に関しては非常識だった」と振り返った。

 これに反発したのが当時選手会長だった小久保だった。

 瀬戸山氏を通して何度もクレームを入れたことで、高塚氏と小久保の関係は悪くなった。

 その矢先、2003年のオープン戦で小久保は右膝前十字靱帯(じんたい)断裂などの大ケガを負う。球団は公傷として、全額負担することを決めたが、高塚氏がそれを覆してしまった。

 小久保は「分かりました」と全額自費負担で米国でのリハビリまで行った。そして「その代わり、あの方(高塚氏)がいる間はダイエーでプレー出来ない」とメジャー挑戦も視野にトレードを志願した。

 そこで瀬戸山氏らは巨人の渡辺恒雄オーナー(当時)に相談。「そういうことなら引き受けるが、その事情なら代わりの選手は出せない」となり、金銭すら動かない無償での巨人移籍となったという。

 小久保は巨人で外様選手では初の主将を務めるなど活躍し、球団経営がダイエーからソフトバンクに代わっていた2006年オフにFA権を行使して古巣に復帰する。