※画像はイメージです。生成AIを使用しています

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「好きなモノ食べていいよ!」と言われたら、みなさんは嬉しいでしょうか?
 それとも、少し困るでしょうか。

 大人であるほど困るだろうこの質問ですが、なぜ「困る」かと言われれば、「好きなモノ」が見られていることがよくわかってしまうからです。

 個人的な嗜好を優先していい場であるのは間違いありませんが、少なくともその場における主賓ではない立場から、「どのようなものを注文して、場に影響を与えるか」を検討しなくては、「ひとりよがり」に見られる可能性があります。

「好きにしていいんだから、好きにさせろ!」と言いたくなる気持ちはわかりますが、そうしてルールを増やして困るのは、いつも考えが足りない方。むしろ、あいまいな部分は弱者にとって有利にも働き得る可能性を考えたほうが、生きやすいでしょう。

 先日、超無課金こと石田拳智氏によるツイートが注目を集めました。

 インターン3名に「好きなの食え」と伝えたら、40万円近い超高額会計のレシートが悪びれもせず送られてきたことを吐露したのです。

 これに対してネット上では論争が勃発。「好きなの食えといったんだから、好きなモノを食わせろ」と擁護する人もいれば、「さすがに人の財布から40万円はない」と常識を疑う声まで様々でした。

 学校では教えてくれない「空気の読み方」を、うまく見取ってこれなかったのでしょう。

 では、こういう時に槍玉にあげられがちな東大生たちは、「好きなの食え」と言われたときにどう行動するのでしょうか。今回は数名の現役東大生から話を聞きました。

◆「好きなモノを頼め」は正直困る

家族以外は、ちょっと困りますよね」

 そう切り出したAさんは、現在東大の4年生。なぜ家族とそれ以外で線引きをするかといえば、「無償で差し出されたものの裏には、大抵何かしらの還元が前提だから」。家族ならばあり得る無償の愛でも、他者から渡されるのは、正直不気味に感じられます。

 彼は、目上の人と食事をする際には、必ず「自分が払える金額」の中で注文をするそうです。払えと言われることはないにしても、払う覚悟をして臨む。

 大学生に払える金額ですから、そこまで非常識にならないだろうことを考慮すれば、非常に東大生らしいクレバーな選択であるように見えました。

 一方、東大2年生のBさんは「その人との関係次第」と述べます。

「気心の知れた親しい先輩ならば、向こうの経済事情なども察することができているから、迷惑をかけない程度に『好きなモノ』を頼めるかもしれない。でも、ほぼ新入社員みたいな状況で、相手がいくら持っているかもわからないのに、数万円もする食事をじゃんじゃん頼むのは、正直あり得ないと思う」

 何を選ぶかも見られているだろうと考えると、相手の食の好みやアレルギーなどにも気を回さねばならず、それはそれでストレスがたまる。

 もちろん、そういう社会勉強の場だと考えるべきなのですが、少なくとも「楽しいお食事会」のテンションでは、参加すべきではないでしょう。

「なんというか、来たことが無い場所に来た感じが一発で伝わりますが、それで舞い上がってしまったのが丸わかりの注文ですよね。私には、むしろなんで恐縮しないのかがわかりません。これからお世話になるインターン先で、かわいがられたいのならば、むしろかわいげのあるような振る舞いをすべきなのでは」

 一回限りの縁ならばまだしも、今後を考えるうえでマイナス材料になりうるのは間違いない。

 40万円を払えるかどうかといったスケールの小さい話ではなく、「世話になる社長に40万円払わせる意味」を考えるべきだったのかもしれません。