「金はたんまりあるぞ」…仏間の奥、認知症の父が密かに持っていた〈1億4,000万円の自社株〉。に唖然。発覚に感謝するも、息子に立ちふさがった“想定外の壁”【FPの解説】
「私は、お金のことを全部お父さんに任せてきたから」と、不安そうな母。認知症と診断された父の資産を確認するため、息子が実家の押し入れを捜索して見つけたのは、誰も知らなかった想定外の資産…まさかの"約1億4,000万円の自社株"でした。ほかにも銀行預金、終身保険、資産はトータルで約1億8,000万円。しかし、金融機関に連絡すると、思わぬ壁が立ちはだかります。親が築いた大切な資産を守り、介護や生活に活かすために子どもができる備えとは何か? FPの青山創星氏が解説します。
「全部お父さんに任せてきた」母の募る不安
「お金のことは全部お父さんに任せてきたから、私はどこにいくらあるのか、よくわからないの……」
北村静江さん(77歳)は、電話の向こうで小さくため息をつきました。夫の貞夫さん(80歳)は、半年前に認知症と診断され、要介護1の認定を受けています。
「なんだか認知症が進んでいる気がするのよね。お金のこと、いまのうちに整理しておかなくて大丈夫かしら」
認知症と診断されたとはいえ、父はまだ自分で食事もできるし、近所への買い物もできる。要介護1ということもあり、息子の直樹さん(50歳、会社員)さんは『まだ大丈夫だろう』と考えていました。しかし、不安げな母の話を聞き、次の休日、実家まで車で1時間かけて足を運びました。
居間でくつろぐ父に「お金のこと、少し整理しておきたいんだけど」と切り出すと、貞夫さんは胸を張り、力強く答えます。
「金はたんまりある。心配ないぞ」
しかし、直樹さんは確認した普通預金の残高を見て首をかしげました。通帳とキャッシュカードは母が管理し暗証番号も把握していましたが、残高はわずか50万円ほど。
「父さんの年金が月16万円、母さんが月6.5万円で計22.5万円。日々の生活は何とかなっても、預金が50万円じゃ余裕なんてないな。いや、さすがにこれだけじゃないよな……」
「定期……そんなの作ったか?」父の答えに立ち止まる
ところが確認を進めると、数本の定期預金、計約1,000万円があることが判明しました。生活費が足りなくなるたび、父が定期預金を普通預金に振り替えていたようです。
「よかった、ちゃんとあった!」
いったんは安堵した直樹さんでしたが、貞夫さんに聞いても首をかしげるばかりです。
「定期……? そんなの作ったか? いや、銀行に預けた気もするな」
念のため銀行に確認すると、担当者から「ご本人の意思確認ができない状態では、原則としてお引き出しはお受けできません」との回答。「ただ、医療費等、本人の利益に適合する費用に限り、事情を確認のうえお応えできる場合もあります」とも付け加えられましたが、まとまった金額には使えません(注1)。
資産の全体像は、まだつかめていませんでした。そして直樹さんは、このあと“驚愕の事実”を知ることになるのです。
仏間の押し入れの箱から書類の束、衝撃の中身
確認を進めていた直樹さんは、仏間の押し入れの菓子箱の中から書類の束を見つけました。年金の通知書や火災保険の証書に混じり、目に留まったのが「取引残高報告書」と印字された、証券会社から届いた書類でした。
父が勤めていた会社の株式。最新の日付の書類を見ると、評価額はなんと「約1億4,000万円」。直樹さんは思わず大声を上げそうになりました。
古い報告書をめくると、以前の評価額は1,000万円台でした。父の貞夫さんは、22歳で地元メーカーに入社し、60歳の定年まで38年間勤め上げた「普通のサラリーマン」でした。30代から従業員持株会に加入し、毎月5万円程度をこつこつ積み立て、定年後も株式を売らずに20年近く保有した自社株投資が、株価の上昇とともに育っていたのです。
「父さん、これの記憶はあったんだな」
父が言った「金はたんまりあるぞ!」が本当だったことを、ここで直樹さんは理解しました。
「これなら、父さんに手厚い介護を受けさせてあげられるし、母さんの生活も安心だ。使わずに置いておいてくれてありがとう……」
このほか、自宅(評価額約2,500万円)、そして父が加入していた終身保険。銀行預金類を合わせると、両親の世帯資産は約1億8,000万円に達しそうです。年金は父と母で月22.5万円。資産だけ見れば、お金の不安とは無縁のはず。
しかし「1億8,000万円ある」ことと、「今すぐ使える」ことは別でした。
現金化しようにも、指一本触れられない現実
直樹さんは取引残高報告書を手に証券会社に電話しました。すると、担当者はこう告げました。
「口座からは動かせません。ご本人の意思確認ができない以上、ご家族であっても売却や出金の手続きを進めていただくことはできません」。そして、「法定後見制度なら、後見人による手続きが可能です」とも説明しました。
保険も同じ壁でした。父が55歳で加入した終身保険の解約を相談すると、「解約には契約者ご本人様の意思確認が必要です。契約者代理特約があれば代わりに手続きできましたが、今回のご契約にその特約はございません」という回答でした。
資産は1億円以上あるのに、実際にはほとんど使えない。直樹さんは、資産と現金が別物だと、初めて実感したのです。
認知症になってからでは遅い?FPが示した分かれ道
直樹さんはネットで調べ始めました。そこで発見したのが「家族信託」という制度です。家族信託とは、親が元気なうちに自分の財産の管理を信頼できる家族に託せる仕組み。これを使えば親の資産を子どもが管理することができます。
「要介護1なら、この『家族信託』っていうのが使えるのでは?」
しかし、母の知人から紹介されたファイナンシャルプランナーの永瀬財也さん(仮名)に相談すると、そうではないと分かりました。
「決め手になるのは要介護度ではなく、契約を結ぶ"今"の意思能力の有無なんです。つまり、お父さまがいま、契約の内容を理解して、自分の意思で『こうしたい』と判断できる状態かどうかです」
そして永瀬さんは、直樹さんにこう問いかけました。
「まず考えていただきたいのは、『何を誰に任せたいのか』ということです」
たとえば、父親が保有する株や預金を、子どもが管理できるようにしておきたい――。財産の管理が主な目的なら「家族信託」という方法があります。一方で、必要なのはお金の管理だけとは限りません。
「認知症が進めば、介護施設への入所契約や病院での手続きなど、生活に関わるさまざまな場面で、本人に代わって手続きをする必要が出てくることがあります」
こうした場合に選択肢となるのが「任意後見制度」です。
「大事なのは、財産管理だけで足りるのか、それとも生活や療養の支援まで必要なのか、という視点です。家族信託と任意後見は、そこが分かれ目になるんです」
永瀬さんの説明に、直樹さんは少しずつ整理できてきました。
「じゃあ、父がもう自分で判断できない状態だったら?」
「その場合は、本人が新たに家族信託や任意後見の契約を結ぶことは難しくなりますね。残るのは『法定後見制度』です」
法定後見制度は、すでに判断能力が低下した人に代わって、家庭裁判所が選んだ後見人などが財産の管理や必要な手続きを行う制度です。申立てから審判までは、多くの場合4か月以内には決着がつくとされています(注2)。まずは主治医の診断書からです。
「ただし、後見人は家族が自由に選べるとは限りません。家庭裁判所が事情を見て決めるため、親族ではなく弁護士や司法書士などの専門職が選ばれるケースもあります。また、後見人への報酬が発生する場合もあります」
「なるほど……。でも、認知症になったら、もう何もできないというわけではないんですね?」
「はい、“認知症になったら即終わり”ではありません。その後でも本人が自分の意思を示せる時期なら、できることはあります」
永瀬さんからさらに説明を受け、直樹さんは、ほかにも「元気なうちにできる準備」がいくつもあることを知りました。
「銀行の予約型代理人サービス、保険の契約者代理特約、証券の家族サポート証券口座は、どれも事前登録が前提の仕組みです。お父様が元気なときに決めておけば、今とは違った方法があったかもしれません」
北村家が踏み出した、次の一歩
「約1億4,000万円という数字を見たとき、正直、安心したんです。でも、お金があることと使えることは、まったく別の話だったんですね」
直樹さんはその日のうちに、父のかかりつけ医に相談することにしました。まずは現在の父の状態を確認し、そのうえで家族信託などの契約ができる状態なのか、専門家にも相談してみるつもりです。
北村家のようなケースは、誰にでも起こりえます。認知症と軽度認知障害を合わせた高齢者の有病率は、2022年27.8%で、2040年には30.5%に達するとの試算もあります(注3)。北村家では、1億円を超える資産があったものの、それが「安心の始まり」ではありませんでした。資産凍結は備えがあれば軽くできる可能性があります。「うちは大丈夫」と思わず、親が自分の言葉で思いを語れるうちに資産の管理方法を話し合っておくこと――。
北村家が突きつけられた現実は、これから超高齢化社会を迎えるすべての家族への大切な警鐘と言えます。
注1:全国銀行協会「金融取引の代理等に関する考え方および銀行と地方公共団体・社会福祉関係機関等との連携強化に関する考え方(公表版)」
注2:最高裁判所事務総局家庭局「成年後見関係事件の概況―令和6年1月〜12月―」
注3:令和5年度 老人保健事業推進費等補助金「認知症及び軽度認知障害の有病率調査並びに将来推計に関する研究」(研究代表者 九州大学 二宮利治)
青山創星
ファイナンシャル・プランナー

