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 ◇第108回全国高校野球選手権決勝 智弁和歌山4―3健大高崎(2026年8月22日 甲子園)

 関西の雄が夏の王者に輝いた。決勝戦は智弁和歌山が健大高崎(群馬)を4―3で下して2021年以来5年ぶりの優勝。4度目VはPL学園(大阪)に並ぶ歴代5位。逆転された直後の8回にスクイズで同点とし、暴投で決勝点を奪った。5試合で計31得点を記録した「強打の智弁和歌山」が最後は小技も駆使し3662校の頂点に立った。

 智弁和歌山の歩んできた道のりが、日本一につながるバント一つに集約されていた。2―3の8回無死一、二塁。“魔曲”ジョックロックに乗って主将の松本虎太郎(3年)が代打で登場する。ヘルニアを発症し6月末に手術。「虎太郎を甲子園に」を合言葉にチームは結束し、甲子園決勝までたどり着いた。「やってきたことを信じる」。その初球、一発で投前に転がし好機を広げた。

 中谷仁監督が「逆転が見えた魂のバント」と表現した犠打。1死二、三塁、その主将の執念を見本とし、次打者の川原一将(3年)のスクイズ(記録は犠打野選)で同点に追いつくと、山下晃平(3年)の空振り三振は暴投を誘い、三塁走者が生還。逆転に成功した。その1点を守り切り、コロナ下の21年優勝時は自重した歓喜の輪がマウンド上に広がった。

 選抜出場を逃し、目標を見失いかけた冬場。指導者の意見を参考に松本が提案した。「勝利の5カ条を毎日言おう」。高嶋仁前監督の時代から伝わる部訓。(1)高い目標を持つ(2)コツコツ努力する(3)団結力を持つ(4)感謝の心を持つ(5)諦めない。年明けから練習前に全員で暗唱した。「高い目標」とは夏の日本一。松本は「一つのミスも許さない」とバントも全選手に求めてきた。

 6月末、中谷監督がミーティングで語気を強めた。「このままなら勝たれへん。全員殻を破ってくれ!」。夏直前、個人の結果に執着する姿が散見されていた。「打てなくてもバカになって声を出せばいい。甘えを捨て、チームのために行動してくれ」。求めた団結力。築いた伝統が日本一への指針となった。

 昨夏の甲子園は初戦敗退。原因を考え続け、中谷監督の口癖に行き着いた。「野球の神様は見てるよ」。寮の掃除から厳しく見直した。甲子園期間、練習のためだけに戻った野球部寮も毎日30分清掃。日本一のためにできることは全てやり尽くした。

 悲願を達成し、松本は誰よりも泣いた。不振から主将交代を直訴したこと、手術前に監督から「泣きながら甲子園を一周しよう」と伝えられたこと――。「ここでの日々がよみがえりました」。苦難を乗り越えた主将の姿が最後のピースとなり「強い智弁和歌山」が完成した。 (河合 洋介)

 ○…智弁和歌山が夏4度目の優勝を飾りPL学園(大阪)と並ぶ歴代5位。夏48勝もPL学園と並ぶ歴代6位となった。和歌山県勢は夏9度目の優勝で単独2位に浮上。

 ▽智弁和歌山 1978年(昭53年)創立の私立校。学校所在地は和歌山市。野球部は1979年創部。春は94年、夏は97、00、21年に優勝。部員数40人。OBに西川遥輝(日本ハム)、黒川史陽(楽天)ら。児島伸介校長

 ▽智弁和歌山の21年夏の甲子園優勝 智弁学園(奈良)と決勝では史上初の「兄弟校対決」が実現。初回から強力打線が爆発して4点先制すると、8回に2点適時打、9回にもソロ本塁打と突き放し、9―2で21年ぶり3度目の全国制覇を達成した。就任3年目の中谷監督は、学生野球資格回復制度導入後では初の元プロ優勝監督の快挙。またこの年はコロナ下で、素手でのハイタッチや不要な接触を控えるようガイドラインが徹底されており、優勝した瞬間も選手はマウンドに集まらず、すぐに整列に向かった。