戦争の面白さと愚かさの両面を見つめてきた筒井康隆氏(撮影/太田真三)

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 戦後81年の夏を迎え、戦争の記憶の継承という難題が改めて問われている。作家・筒井康隆氏(91)は、少年時代に大阪で戦争を経験し、従来の戦争文学とは異なる手法で作品に描いた。戦争を「醜くて面白い」と語る筒井氏に、真意を尋ねた。【全3回の第3回】

人間の「醜さ」「愚かさ」という側面も戯画化

 筒井氏が目を向けてきたのは、戦争の「面白さ」だけでは当然ない。戦争という極限状態にあるからこそ表出する、人間の「醜さ」「愚かさ」の側面も戯画化した。

 そのひとつに、イラク戦争当時のブッシュ米大統領とシラク仏大統領が、関西弁で繰り広げる"架空の会話"を収録したエッセイがある(『笑犬楼の逆襲』所収)。

 ブッシュ〈フセインさえ生きとったらイラクの石油の利権が手に入る思うて、それで戦争に反対しやがったんやな〉

 シラク〈ああそうじゃ。その通りやないか。そっちこそ利権狙うとるんやろが〉

 そうした権力者の強欲や身勝手を、筒井氏はどう見てきたのだろうか。

「戦争が始まって大喜びするのは、メージャー(少佐)より上の立場の人間でしょうね。自分が大勢の兵士を指揮して、いろんな作戦を実行する面白さというのが、やはりあるんでしょう。僕には分からないですけども、大勢の兵隊を動かすというのは実にいい気持ちで、それで勝ったとなればもうこたえられないだろうという想像は働きますね」

 少年時代に戦争を体験した筒井氏は、〈戦争中、ぼくたち子供が教えられたものは戦争のカッコよさだけではなかっただろうか〉とも書いている(長篇第二作『馬の首風雲録』あとがき)。時局の制約のなかでも、戦争の面白さと愚かさの両面を確かに見つめていた。

「僕は戦時中に親戚のおばちゃん――親父の妹にだけ、『日本は負ける』と言ったことがある。おばちゃんは『おや、負けるの』なんて驚いてましたけど、本人もそう思ってたんじゃないかな。普通、常識のある人間はそう思いますよ。今ではもう、日本がアメリカに負けたんだと言うと、嘘だあなんて言う若い連中もいますけど。

 それに『終戦』っていう言い方があるでしょう。僕が『敗戦』と言うと、みなが嫌な顔をする時代になってきたんですね。だけど、やっぱり敗戦だもんね」

 戦後81年の夏を迎えた現在、戦争体験者も減るなかで「戦後」という枠組みへの実感は薄まっている。日本人が日常生活で「死の恐怖」に直面する機会はほとんどなくなった。そう水を向けると、戦時中に死の恐怖に直面した筒井氏は、それが小説に表現された例として江戸川乱歩氏の作品を挙げ、こう語った。

「乱歩さんの『黄金仮面』という小説にこんなシーンがあります。いい家柄のお嬢さんである姫がお風呂に浸かっていると、窓がじりじりと開いていき、黄金仮面がだんだん顔を見せ始める。その時に、姫はニッコリ笑っちゃうんですよね。恐怖のあまりに悲鳴があげられず、笑ってしまう。結局は殺されちゃうんですけど、乱歩さんはやっぱり凄いと思った。あれは、死の恐怖に襲われた人間のリアリティでしょうね。そういうものを書こうという気持ちは、疑似イベントものに限らず、あらゆる作品で持ち続けていますよ」

"最後の一人"となった今も「あの戦争」と向き合う構想

 筒井氏が商業デビューを果たしたのは1960年、父親と3人の弟とともに創刊したSF同人誌『NULL』に発表した短篇が江戸川乱歩氏の目に留まり、雑誌宝石』に転載されたことがきっかけだった。

 乱歩氏に才能を見出された筒井氏は、星新一氏、小松左京氏らとともに日本SFの黄金時代を築いた「第一世代」である。第一世代のSF作家にとって、戦争はそれぞれの表現で向き合い、作品に残した主題だった。

「小松さんが『コップ一杯の戦争』というものすごい短篇を『NULL』に寄せてくださったんですね。僕が疑似イベントものを思いつく前の話です。あれはビックリしたし、嬉しかったですよ」

 スナックで一杯飲んでいる間に、米ソの核戦争が始まって終わる。その一幕を淡々と描いた作品だった。

 筒井氏を刺激し、共に歩んだ戦友たちはみな逝った。

「第一世代は、みんな早くに亡くなってね。豊田有恒が最後でしたね(2023年11月に逝去)」

 そう語る声は寂し気に聞こえたが、筒井氏は"最後の一人"となった今も、「あの戦争」と向き合う構想を温めている。

「あの頃、焼け跡に同い年ぐらいか、僕より年下の浮浪児がいてね。ああいう連中はその後、どうしたんだろうと考えることがあります。今、あの敗戦直後の時代のことを『ストリート・ギャングス』という小説に書いています。中篇になりそうでね。そういう浮浪児のことは面白おかしくは書きようがなくて、そのままのほうが文学的であると思うので、『ストリート・ギャングス』では、その通りに書くつもりです」

 9月24日に92歳となる筒井氏。しばしば「最後の文豪」と称される大家は今もなお、あの戦争を見つめ、新境地を拓かんとしている。

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週刊ポスト2026年8月28日・9月4日号