火星の衛星「ダイモス」の巨大な窪地と滑らかな表面はたった1回の衝突で形成された?
火星を公転する2つの衛星のうち、外側の「Deimos(ダイモス)」は直径約12kmのいびつな天体であり、表面の大部分はレゴリス(細かな砂埃)に覆われています。ベルン大学(※)のSabina Raducan氏を筆頭とする研究チームは、ダイモスの南極付近にある巨大な窪地と滑らかな表面が、どちらも1回の天体衝突によって形成された可能性があるとする研究成果を発表しました。研究チームの成果をまとめた論文は学術誌「Nature Astronomy」に掲載されています。
※…研究当時、現在は国際宇宙科学研究所およびブリュッセル自由大学(VUB)。

どうしてダイモスの表面は滑らかなのか?
内側を公転する衛星「Phobos(フォボス)」の表面が数多くのクレーターや溝に覆われているのに対し、ダイモスは古いクレーターの多くが厚いレゴリスの層に埋もれています。
同じ火星を公転する衛星でありながら、どうしてこれほど表面の様子が異なるのか。その理由として、火星やフォボスから移動してきた物質、もしくはダイモスの起源となった古い衛星の破片が降り積もった可能性など、複数の仮説が提唱されてきました。ただ、どの仮説も観測されたレゴリスの分布や規模を十分に説明できていなかったといいます。
シミュレーションで示された「1回の衝突」
研究チームは今回、南極の窪地を埋め戻したダイモスの形状モデルに対して、仮想の天体を衝突させるシミュレーションを行いました。計算にはベルン大学の衝突シミュレーションコード「Bern SPH」を使用し、大きさ・角度・衝突位置を変えた約100通りのシミュレーションが実施されています。

その結果、直径約320m・相対速度毎秒8.2kmの小天体が、ダイモスの表面に対して約45度の角度で斜めに衝突したケースで、現在のダイモスに存在する窪地を最も正確に再現できることが明らかになりました。この衝突で巻き上げられた物質の大半は、ダイモスの火星に近い側へ降り積もり、厚さ約200mに達するレゴリス層を形成したとみられます。
また、ダイモスの内部は隙間が多く衝撃を吸収しやすい多孔質な構造で、日米の探査機がサンプル採取を行った「Ryugu(リュウグウ)」や「Bennu(ベンヌ)」といった小惑星に近い、無数の瓦礫がゆるく集まったラブルパイル天体に近い性質を持つと研究チームは考えています。
ヘラ探査機の観測が後押し

今回の研究を後押ししたのは、ESA(ヨーロッパ宇宙機関)の二重小惑星探査ミッション「Hera(ヘラ)」の探査機が撮影したダイモスの画像です。
ヘラ探査機は2025年3月に軌道を変更するための火星スイングバイを実施し、この時にダイモスを観測しました。ヘラのチームにはロックバンド「クイーン」のギタリストであり天文学者のBrian May(ブライアン・メイ)氏も参加しており、ヘラ探査機で取得したダイモスの画像をステレオ処理していたのですが、その画像から見つかった半径約3kmの窪地が、衝突シミュレーションの精度を高める最後の一手になったのだといいます。
論文の共著者であり、ヘラのミッションにも関わっているベルン大学のMartin Jutzi氏は、「今回のシミュレーションは、ダイモスの現在の地形を形作るのに1回の衝突で十分だったことを示しています。衝突はダイモス全体に物質を飛び散らせるほど激しいものでしたが、衛星そのものを破壊するほどの規模ではありませんでした」と述べています。


なお、今回の成果は、JAXA(宇宙航空研究開発機構)が2026年度内に打ち上げを予定している火星衛星探査計画「MMX(Martian Moons eXploration)」の探査機によるダイモスの観測でも検証される見通しだということです。
文/ソラノサキ 編集/sorae編集部
関連記事8月12日は火星の衛星「ダイモス」が発見された日 いびつな姿の高解像度画像ESAの二重小惑星探査機「Hera」が深宇宙で2回目の軌道変更に成功 到着は2026年11月いつの日か人類が火星で見上げる空:夜明け前、空に浮かぶ衛星ダイモス参考文献・出典ESA - Hera's Mars flyby guided impact study of Deimos moonUniversity of Bern - Asteroid impact shaped the appearance of Mars’ moon DeimosRaducan et al. - Deimos’s shape and geology explained by a subcatastrophic impact (Nature Astronomy)

