濁流に奪われた暮らし 復旧工事は今も続く 荒瀬川氾濫から2年 被災農家の現実
おととし7月の豪雨災害から2年。酒田市の荒瀬川の氾濫で大きな被害を受けた大沢地区の農地の一部で、この春ようやく農作業が再開されました。大沢復旧へ2年のあゆみです。
酒田市下青沢の農業、相蘇弥さん(55)。およそ5ヘクタールの田んぼは、土砂や流木で全滅。ことしは知り合いから借りた27アールの田んぼで「はえぬき」を栽培します。
2年前のあの日消防団として出動した相蘇さんは、自宅前の荒瀬川にかかる白玉橋付近で酒田警察署の警察官と国道の崩落による通行止めの規制に協力していました。
濁流と化した荒瀬川は、猛烈な勢いであふれ出し橋の前後の国道を遮断。相蘇さんたち10人ほどがその場に取り残されました。
コメ農家の相蘇弥さんは、荒瀬川のほとりの家で高齢の両親と3人で暮らしていました。あの大雨で家の上流の堤防が崩れ田んぼへ水が溢れるのを見た相蘇さんは、すぐに両親を避難所へ向かわせました。濁流に沈んだ自宅1階は、大量の土砂や太い倒木が流れ込み、家の敷地は大きくえぐり取られて2階建ての作業小屋は倒壊。農機具もすべてダメになりました。
相蘇弥さん「いま道路復旧でまず奥までつなげるのが第一でしょうしね。だいぶかかるでしょうね。この流木の量だけは重機で運んで頂かないともう人力では手が付けられない状態です」
相蘇さんは、避難所に身を寄せ自宅の片づけに通いました。
声掛け「ご飯どうされますか?きょうカレーです。」「あ、大盛りで」「大盛りで、はい分かりました」
温かい食事の提供を受け、家の中にたまった大量の泥や流木の撤去に追われた相蘇さんも、つかの間の休息です。
相蘇弥さん「ある程度頑丈な物を作ってもらわないと多少土地が狭くなっても問題はないんだけど。まだまだ状況は見えないですからね」
県内外からの被災地応援の輪が広がります。
「ここは通路開けておいた方がいいですよね?」「ですねー。元はもっとあっちまで行くので」
埋まった用水路を小型の重機で掘っていたのは、災害救援の技術系ボランティアネットワーク「DRTジャパンやまがた」代表の我妻清和さん。本業は米沢市の消防士です。全国の消防士仲間などを募り、被災地で復旧作業を支援しています。
相蘇弥さん「重機の支援は心強いのでは それはねーやっぱり人力では無理がありますよ」
相蘇さんの家の前は、荒瀬川の護岸崩落や住宅被害が一望できるため国や県関係者などの被災地視察ポイントになりました。
相蘇弥さん「ちゃんと見て行ってもらって、見た結果を反映してもらえればそれだけで大丈夫です」
豪雨から2か月。荒瀬川には大型の土のうを積んだ仮の護岸が出来ました。被災地にも衆議院の解散総選挙が迫っていました。
相蘇弥さん「候補者に何を伝えたい 少しでも現状を良く出来るような方向に向いてくれればいいかなと。何か忘れられそうな感じがしている」
農地などの災害復旧事業は、「公共災」と呼ばれ、費用のおよそ96%は国の補助金でまかなわれます。残った分について市が9割を負担し、農家は1割の負担が求められました。収入源を失った被災農家の心境は複雑です。
生産者相蘇弥さん「実際終わって負担金の請求が来たとして、払えるかどうかという所になってくると思う。地域によっては負担ゼロという地域もあったので、どうやってそういうことが出来たんだろうという話にもなる」
酒田市矢口明子市長「すべて無料にするのは私はどちらかというと賛成しない。やるんだという気持ち覚悟を示す上でも農業分野に限らず一定の自己負担があるのが自然な形ではないか」
荒瀬川を管理する県は、上流の北青沢地区からおよそ13キロの区間で川幅を広げたり、川底を掘削したりする改良復旧計画について住民説明会を開きました。対象区間の17の橋のうち河川改修で使えなくなる白玉橋など3つの橋を架け替え、前山橋など3つの橋を撤去します。工事は2028年度までの5年間に及ぶ見込みです。
相蘇弥さん「河川拡幅について みなさん土地の提供に反対はないと思いますけど次の大雨が大丈夫であれば。2度と起こさないくらいのものをして頂けるのなら」
一方、大沢地区では去年(2025年)7月、相蘇さんの田んぼを含むおよそ45ヘクタールの農地の復旧工事の入札が不調に終わりました。およそ18万立方メートルにも達する土砂の量と流木などの支障物の多さ、翌年の春までという工期の短さなどから手を挙げる業者がいなかったのです。災害から1年が経っても復旧は足踏みを続けました。
ことし1月。荒瀬川沿いの山添集落で、2年ぶりに集落の行事として復活した「さんど小屋」。日が暮れると中でたき火をしてモチを焼き竹筒で温めたお酒を酌み交わして語り合います。そして解体された家の神棚やしめ縄などを焼き小屋に火を放ちます。
相蘇弥さん「ようやく大体の入札を決めてもらった形だが農業の道具にしろ何も一旦無くなったのでそれを準備しながら」
ことしはどんな願いをした「まぁ、とりあえず普通に落ち着いてくれれば」
ことし1月までにようやく工事業者が決まり被災した相蘇さんの田んぼもこの春、公共災の復旧工事が始まりました。
相蘇弥さん「やっと形にはなって来た。何か発掘工事みたいだった」
しかし、用水路が復旧しておらず工事が進んだ田んぼは畔の高さが足りないなど課題は山積みだと言います。
相蘇弥さん「うちの庭を通して農地もぐるっと仮設道路で使うのでそれ自体が5~6年後。終わった頃には還暦60歳過ぎているのでそう考えるとものすごく重くのし掛かってくる」
大沢地区の復興への道のりはまだ遠く霞んだままです。

