妻子と何不自由なく暮らしてきたはずが…30年連れ添った妻を熟年離婚に踏み切らせた夫の"決定的な一言"

■「俺のご飯は?」「お前に任せる」
美智子さん(仮名)は30歳で結婚し、出産を機に退職。その後は専業主婦として家事や育児を担い、2人の子どもを育て上げました。1歳年上の夫は大手企業で働くサラリーマン。収入は同年代の会社員と比べても高く、家族がお金に困ることはほとんどありませんでした。
しかし、美智子さんは結婚して間もない頃から、夫とは性格が合わないと感じていました。何を話しても夫はあまり関心を示さず、仕事を優先して家事や育児にもほとんど関わってくれなかったからです。
美智子さんが体調を崩して寝込んでいても、夫が気にするのは「俺のご飯は?」ということばかり。子どもの進学や学校生活について相談しても、「お前に任せる」と言うだけでした。子どもが不登校になったときも、美智子さんが一人で学校や支援機関を回り、対応に追われました。
「家庭や子どものことを一緒に考えてほしい」
そう何度も伝えてきましたが、夫が変わることはありませんでした。やがて美智子さんは、「どうせ何を言っても無駄」と思うようになり、夫に自分の気持ちを話すことをやめました。夫婦の会話はますます減り、子どもたちが独立する頃には、必要最低限の会話しかしない夫婦になっていたのです。
■「老後の安心」のために我慢してきた妻
美智子さんは、離婚を考えたことがなかったわけではありません。しかし、踏み切ることはできずにいました。その理由について、次のように振り返ります。
「子どもが独立したら離婚しようと思っていた時期もありました。でも60歳近くになると気力も体力も落ちてきます。老後のお金のことを考えると、夫と一緒にいた方が安心だと思うようになったんです」
子どもたちが就職して家を出ると、美智子さんは夫の食事は用意するものの、自分は先に食事を済ませ、夫が帰宅する頃には自室で過ごすようになりました。休日も友人と出掛けたり、一人で買い物に行ったりして、できるだけ夫と顔を合わせない生活を送っていました。
夫が60歳を迎える頃、周囲では定年後も再雇用などで働き続ける人が増えていました。美智子さんも、夫がいつまで会社に勤めるのか気になっていました。
ある日、「いつまで会社にいるの?」と尋ねると、夫は「63歳までは会社に残る」と答えました。その言葉を聞き、美智子さんはひとまず安心しました。夫が毎日家にいる生活は想像できませんでしたし、もうしばらく仕事に出てくれるなら、その間は今の生活を続けられると思ったのです。
その頃、美智子さんは漠然とこんな老後を思い描いていました。
「夫が会社を辞めるときには退職金が入る。そのお金があれば、老後もそれほど切り詰めなくてもいいはず。夫とは趣味も合わないから、お互い好きなことをしながら暮らせばいい」
■退職金の思わぬ落とし穴
美智子さんは、「会社を辞める=退職金が支給される」と考え、退職金を受け取るのは63歳で会社を去るときだと思い込んでいました。そのため、「退職金はいつ支給されるの?」と、あえて確認することもありませんでした。
これまで夫の給与は、美智子さんが家計を預かって管理してきました。そのため、退職金も同じように家計に入り、夫婦の老後のために使うものだと疑っていなかったのです。
夫が63歳で会社を辞める時期が近づいた頃、美智子さんは、築年数が経った自宅のリフォームを考えるようになりました。水回りも古くなり、老後を迎える前に一度きれいにしておきたいと思ったのです。
ある日、美智子さんは夫にこう切り出しました。
「退職金が出たら、家のリフォームに少し使いたいんだけど、いつ頃振り込まれるの?」
しかし、夫は黙ったままです。
「聞いてる?」
そう声をかけても返事はありません。都合が悪くなると黙り込むのは昔からでしたが、その日は妙な胸騒ぎがしました。
「退職金、ちゃんと出るよね?」
すると、しばらくして夫がぼそりと口を開きました。
「……もう出てるよ」
思わず耳を疑いました。

■「俺がもらったお金、どう使おうが俺の勝手」
夫の会社は60歳定年で、退職金もその時点で支給されていたのです。夫は定年後は再雇用で嘱託社員として働き続けていました。
「えっ……じゃあ、そのお金はどこにあるの?」
美智子さんが尋ねると、夫は面倒そうに言いました。
「俺が働いてもらった金なんだから、どう使おうが俺の勝手だろ」
夫は退職金の振込先を給与口座とは別の口座に指定し、美智子さんが知らないうちに受け取っていました。さらに話を聞いているうちに、退職金の大半は既に使われていることがわかったのです。何に使ったのか尋ねても、夫は最後まで納得できる説明をしませんでした。
「これから年金も入るんだから、生活には困らないだろ」
まるでたいしたことではないと言わんばかりの夫の態度に、美智子さんは言葉を失いました。ショックだったのは、お金がなくなっていたことだけではありません。夫が相談もなく退職金を受け取り、こちらが聞くまで何も話してくれなかったこと。そして、それを悪びれる様子もなく話す夫の姿でした。
その瞬間、離婚を思いとどまらせていた「老後の安心」は音を立てて崩れ去りました。
「やっぱり、この人とはこの先一緒に暮らしていけない」
長年心のどこかに押し込めてきた思いが、ついに離婚という決断へと変わったのです。
■家族を養った夫、家族のために我慢した妻
美智子さんが離婚を切り出すと、夫はひどく驚きました。
「退職金のことで離婚するのか? 今まで何不自由なく生活してきただろう」
夫にとっては青天の霹靂でした。長年真面目に働き、家族を養ってきたという自負があったからです。妻や子どもに経済的な苦労をさせなかったのだから、自分は夫として十分に役割を果たしてきたと思っていました。なぜ妻から離婚を言われるのか、理解できなかったのです。
夫にも、妻への不満はありました。子どもたちが独立してから、美智子さんは夫を避けるようになり、食事も別々。休日も友人と出掛け、夫婦で過ごす時間はほとんどありませんでした。
夫からすれば、「家族のために働いてきたのに、妻は自分に冷たい」と感じていたのでしょう。だからこそ、長年働いて受け取った退職金くらい、自分の好きなように使って何が悪いという思いがあったのです。
一方、美智子さんの認識はまったく違いました。家事も育児も一人で担い、夫が安心して仕事に打ち込める家庭を守ってきた。夫の機嫌をうかがい、言いたいことも飲み込みながら生活を続けてきた。その結果、夫への気持ちは少しずつ冷め、できるだけ顔を合わせない生活になりました。

■熟年離婚は「突然」ではない
その後も美智子さんの気持ちは変わらず、夫が離婚に応じなかったため別居を開始しました。妻が本気だと理解した夫は、最終的に離婚に応じました。財産分与は行われましたが、既に使われていた退職金の大半を取り戻すことはできませんでした。
熟年離婚の相談では、「妻が突然離婚したいと言い出した」という夫の話を聞くことがあります。しかし、妻から話を聞いてみると、「突然」ではないケースがほとんどです。
話を聞いてもらえなかったこと。感謝の言葉がなかったこと。一緒に将来のことを考えてもらえなかったこと。そうした一つひとつは小さな出来事でも、何年、何十年とかけて積み重なると、やがて取り返しのつかない溝になってしまいます。
夫婦は同じ結婚生活を送っていても、同じ景色を見ているとは限りません。夫は「家族のために働いてきた」と思い、妻は「家族のために我慢してきた」と感じていることがあります。
このケースは、退職金そのものが離婚の原因だったわけではありません。退職金は、30年以上積み重なった夫婦のすれ違いを浮き彫りにした「最後の引き金」だったのです。
■確認したい財産リスト
退職金は給料の後払い的な性質のものと考えられており、婚姻期間中に積み立てられた部分は夫婦の共有財産となります。今回のケースは退職金受け取り後の離婚であるため、残っている退職金のみが財産分与の対象となりました。もし退職金受け取り前に離婚していれば、将来受け取る退職金について財産分与の取り決めができた可能性があります。
熟年離婚では退職金の支給時期のほか、住宅ローンの完済時期や保険の満期などによって、離婚時に分けられる財産が大きく変わることも珍しくありません。他にも確認しておきたいのは、次のような財産です。
・預貯金(金融機関・名義・口座)
・株式・投資信託・NISAなどの金融資産
・生命保険・個人年金保険(解約返戻金や満期・年金受取額)
・不動産(名義、住宅ローン残高、査定額)
・退職金(支給時期、見込額)
・企業年金・iDeCo(受給開始時期や受給見込額)
・公的年金(年金分割後を含めた見込額)
離婚を少しでも意識しているなら、感情だけで判断せず、まずは夫婦の財産状況を整理しておくことが大切です。

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森本 由紀(もりもと・ゆき)
行政書士/ファイナンシャルプランナー(AFP・2級FP技能士)/離婚カウンセラー
神戸大学法学部卒業。法律事務所勤務を経て、2012年に行政書士ゆらこ事務所を開業。離婚協議書作成などの離婚手続き支援を中心に、夫婦問題や熟年離婚に関する相談業務を行う。離婚後の生活設計や老後資金、財産分与、年金分割など、お金に関するアドバイスにも力を入れている。法律・マネー分野の記事執筆・監修実績多数。
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(行政書士/ファイナンシャルプランナー(AFP・2級FP技能士)/離婚カウンセラー 森本 由紀)
