いま韓国で中年女性を「アジュンマ(おばさん)」と呼ぶと、とても大変なことになる社会的理由
「ありがとうアガシ」
先日、地下鉄で70代とみられる女性に席を譲った。戻ってきたお礼の言葉は、思いがけず「ありがとう、アガシ(お嬢さん)」だった。50代の私に向かって「お嬢さん」だなんて。席を譲ったことに対するリップサービスだと分かりつつも、妙に嬉しかった。その呼び名一つで、思わず口元が緩んでしまったのだ。
じっくり考えてみると、その理由が分かるような気がした。かつては中年女性を指す平凡な呼び名だった「アジュンマ(おばさん)」は、今の韓国社会において、少なからぬ人々に不快感を与える言葉になってしまったからだ。2023年、仕事帰りの地下鉄で、30代の女性が乗客に凶器を振り回し、3人が負傷する事件があった。加害者は警察と検察の取り調べに対し、ある乗客から「アジュンマ」と呼ばれたことに激高して犯行に及んだと供述した。きわめて極端で異例な事件だが、「アジュンマ」がもつ拒絶感の強さを象徴する出来事で社会を驚かせた。
「アジュンマ」という呼び名は、もともと既婚女性を呼ぶ一般的な言葉だったが、現代の韓国では女性たちが最も嫌がる呼び名の一つとなった。理由は、単に中年という年齢を突きつけられるからだけではない。長年、飲食店や商店の女性従業員、家事代行スタッフなどを呼ぶ言葉としても使われてきたため、「アジュンマ」という言葉に相手を格下に見るようなニュアンスが加わってしまったからだ。
2014年に約5000人を対象に行われた世論調査では、女性が最も嫌う呼び名は「アジュンマ」であり、全回答者の6割を超える人々が呼び名のせいで不快な思いをしたことがあると答えた。こうした認識の変化から、最近では女性労働者に対する呼び名が変わってきている。現在、家事代行スタッフや看病専門員(あるいは民間の付添婦)、訪問介護士は「ヨサニム(女史様=中年女性に対する敬称)」などと呼ぶのが一般的だ。飲食店や商店でも「アジュンマ」よりは「サジャンニム(社長さん)」や「イモ二ム(姨母様=親しみを込めた女性への敬称)」「ヨサニム」という呼び名が使われる。
しかし、「アガシ(お嬢さん)」もまた、若い女性の視点からはそれほど心地よい呼び名ではないという。過去には若い未婚女性を自然に呼ぶ言葉だったが、今では女性の年齢や婚姻の有無をあえて浮き彫りにする表現として受け止められているからだ。結局のところ、「アジュンマ」と「アガシ」は対極にある言葉のようでありながら、共通点がある。どちらも女性の年齢を基準に相手を規定し、同時に結婚しているかどうかまで推測させる呼び名だという点だ。過去には自然だったこの区別が、今では「居心地の悪さ(違和感)」として受け止められている。
「先生」大流行
もう一つ興味深いのは、韓国社会で高齢者を敬って呼ぶ「オルシン」という呼び名も、当事者たちに必ずしも歓迎されているわけではないという点だ。韓国では65歳以上の高齢層に地下鉄の運賃無料化が適用されている。無料乗車カードを改札口にかざすと「オルシン、お元気で!」という案内放送が流れるようになっていた。ところで、「地下鉄に乗るたびに年寄りだと宣伝されているようだ」という高齢者からの強い抗議を受け、「オルシン」という呼び名が省略されることになった。
「アジュンマ」は相手を低く見ているようで嫌で、「オルシン」は丁寧な表現であるにもかかわらず、あえて年齢を確認させられるようで嫌なのだ。結局、問題は尊称の高さ(敬意の度合い)ではない。相手を年齢・性別・既婚の有無といった特定のカテゴリーに当てはめて呼ぶ行為そのものが、不快に感じられるようになったという点にある。そして、この居心地の悪さは、見ず知らずの他人に向けられる呼び名だけの問題ではない。
これは私の個人的な経験則だが、最近の韓国人は相手の結婚の有無や年齢をあまり尋ねない。すでに社会人3年目になる甥は、職場の上司が既婚者かどうかも知らないそうだ。大学生である別の甥の話を聞くと、友人の間でも、どこに住んでいるのか、父親の仕事は何なのか、出身地や出身高校はどこなのかさえ聞かないという。過去にはこうした質問が自然に交わされていたが、今では私的な領域を侵犯する質問として受け止められている。このような質問を平気でする人自体が、「野暮な人(空気が読めない古い人)」と見なされるのだ。
そのため、今日の韓国社会で最も広く使われている尊称の一つが「ソンセンニム(先生)」である。日本で「先生」といえば、教師や医師、弁護士、政治家、作家など、一定の専門性と社会的地位を持つ人に対して使う尊称だが、韓国人の「ソンセンニム」の使い方ははるかに日常的で汎用的だ。特別に尊敬されるべき人にだけ付ける呼び名ではなく、相手をあえて特定の枠に当てはめることなく、礼儀を尽くすための言葉に近い。
私は教師でも医者でも弁護士でもないが、住民センター(役所)でも、スーパーでも、果ては迷惑電話(営業電話)の相手からでさえ「ソンセンニム」と呼ばれる。病院に行けば、医師先生が私を「先生」と呼ぶほどだ。性別や年齢を問わずに使える、最も普遍的な呼び名である。
組織内の会話から肩書きが消えた
このように、人を特定のカテゴリーに閉じ込めて規定することを嫌う情緒は、韓国社会の古くからの階層構造、すなわち「組織文化」にまで広がっている。過去の韓国企業では、「カジャンニム(課長)」「プジャンニム(部長)」のように、職級(肩書)がそのまま呼び名だった。呼び名を聞くだけで、組織の中で誰が上司で誰が部下なのかが一目で分かった。
しかし、2000年代以降、主要な大企業がこぞって職級中心の呼び名を廃止し、名前の後ろに「〜ニム(様)」を付ける呼び名文化を導入した。英語のファーストネームやニックネームを使わせる企業も登場した。サムスン電子の若い社員たちが、李在鎔(イ・ジェヨン)会長を「会長(フェジャンニム)」ではなく「JY」などと呼んでいるという報道もあった。わずか20年ほど前なら、韓国の大企業では想像もつかなかった変化だ。
もちろん、呼び名を変えたからといって、組織の上下関係が一日朝夕で消え去るわけではない。しかし、年齢や職級を盾に人を序列化していた組織文化が、確実に弱まりつつあるというシグナルとして読み取ることはできる。呼び名は些細なことに思えるが、その社会が人をどのように見つめているかを、意外なほど率直に映し出す。
韓国社会は長い間、年齢、性別、結婚の有無、職級といういくつかの基準で人を細かく分類し、その分類に合った呼び名を付けて呼んできた。ところが、その「分類表」自体が、今では古臭く、野暮ったく見え始めたのだ。「アジュンマ」や「アガシ」、「オルシン」といった年齢・性別中心の呼び名に慎重になり、職級の呼び名が会社から消えていく現象は、韓国社会が個人を何らかのカテゴリーの構成員としてではなく、ありのままの一人の人間として扱おうとする方向へと変化している証拠だろう。
では、韓国を訪れる日本人は、韓国人をどのように呼べばいいのだろうか。
実は、それほど難しく考える必要はない。飲食店や商店では、あえて相手を特定する呼び名を探すよりも、「ヨギヨ」または「チョギヨ」と声をかけるのが最も無難だ。両方とも日本語の「すみません」と通じる呼び方だ。若い女性に話しかけるときは、「ハクセン(学生)」と呼ぶのも意外と良い方法である。実際の学生でなかったとしても、「アガシ」と呼ぶよりは無難だ。中年女性に対しては、「アジュンマ」は絶対に避けたほうがいい。迷ったときは、「ソンセンニム」が最も安全だ。
あるいは、少しウィットを利かせて、中年女性に「アガシ」と呼びかけてみるのも悪くない。もしかしたら、その呼び名が相手に心地よい笑顔をプレゼントしてくれるかもしれない。数日前、地下鉄でその言葉をかけられた、私のように。
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