米大リーグ、ホワイトソックスの村上宗隆選手が本塁打を量産している。スポーツライターの広尾晃さんは「村上の先を見通した『努力』が定説を覆した。日本人打者は今後、目の色を変えてバットスピードを伸ばそうとするのではないだろうか」という――。
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ヤンキース戦の8回、23号ソロを放ちベンチで迎えられるホワイトソックス・村上=2026年7月29日、シカゴ - 写真=共同通信社

■予想を裏切る村上のホームラン量産の背景

MLBシカゴ・ホワイトソックスの村上宗隆は、(日本時間9日)、本拠地で行われたガーディアンズ戦に出場し、今季26号を放った。

右太もも裏の肉離れによって約40日戦線離脱したものの、すでに2018年に大谷翔平(当時エンゼルス)が記録した日本選手の新人本塁打記録である22本塁打を更新し、30本塁打以上も射程に捉えている。

ホワイトソックスは、昨年まで最弱球団だった。2024年にはシーズン41勝121敗、1901年に始まった近代MLB史上ワーストの敗戦数を記録したが、今年は一転、アメリカン・リーグ中地区で堂々の首位争いを演じている。

このV字回復には、若手投手の台頭も寄与しているが、なんといっても村上宗隆の打棒が大きかった。村上はケガでの欠場があったにも関わらず、オールスターゲームにも追加招集。並み居るスラッガーに混じってホームランダービーにも出場した。

率直に言って、筆者は、村上の「活躍」が予想できなかった。

■イチローでさえも成績が下落

2001年にイチローがオリックスからマリナーズに移籍したのを皮切りに、多くの日本人打者がMLBに挑戦したが、ほとんど成功しなかった。ほぼすべての日本人打者が、MLBでは「小型化」した。NPBで中軸を打ち、タイトルを取るような強打者であっても、MLBに移籍すると並の打者になり、中軸ではなく下位を打つことが多かったのだ。

NPBから移籍した打者で最大の成功者は言うまでもなくイチローだ。MLBで33人しかいない3000本安打を記録し、2025年には99%の高い得票率で野球殿堂入りした。しかし、そのイチローをしても、打率、本塁打率(本塁打÷打数)、OPS(長打率+出塁率)などの数値は、NPB時代よりも下落しているのだ。

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そこまで下がってもイチローはMLBでは傑出した成績をキープできたから殿堂入りしたが、それ以外の選手は、ほとんどが鼻っ柱をへし折られてNPBに戻ってきた。

■きっかけは第5回WBC

こうした中でただ一人、NPB時代よりも成績を大幅に向上させた選手がいる。2018年から海を渡り、今や「MLB最高の選手」と評される大谷翔平(ドジャース)だ。彼はNPB時代よりも、打率を除く数字をはるかに向上させた。

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それだけでなく、投手としても超一流の成績を残し、MVP4度に輝いている。しかし、それ以降にMLBに移籍した打者も、NPBよりは「小型化」するのが常だった。

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強打者の指標とされるOPS.800をMLBでクリアしているのは鈴木だけ。彼はMLBの野球に適応しつつあるが、他の打者は強打者とは言えなかった。

今年からMLBに挑戦した村上宗隆、岡本和真も当然、同じような経緯をたどるだろうと予測していたのだが、筆者の予想は外れつつある。

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なぜ、村上は「小型化の呪縛」を逃れることができたのか? 筆者はその最大の「鍵」は、2023年の第5回WBCにあったと見ている。

この大会で侍ジャパンは2大会ぶり、通算3度目の世界一に輝いた。ダルビッシュ有(パドレス)、大谷翔平、日系二世のラーズ・ヌートバー(カージナルス、現ダイヤモンドバックス)、吉田正尚(レッドソックス)と、メジャーリーガーが4人参加したが、とりわけ大谷翔平である。

■大谷の打撃練習の後ろで…

普段は室内練習場で打撃練習をするのだが、この大会では、強化試合が行われたバンテリンドームナゴヤ、京セラドーム大阪で、観客が見守る中、フィールドで打撃練習を行ったのだ。

その打球のすさまじさは、今も語り草ではある。大谷のバットからは外野席最上段に達する特大の当たりが次々と発せられた。筆者は京セラドームでの打撃練習を目の当たりにした。年間70試合はプロ野球を観るが、あんな打球は生まれて初めてだった。

この大谷の一挙手一投足を、打撃ケージの後ろで見ていたのが村上だった。大谷の打撃は弾道計測器のトラックマンで打球速度、角度などが計測されていた。村上は、機器を操作するスタッフに「打球速度は何キロですか?」などと聞いていたという。

2022年に史上最年少となる22歳で三冠王に輝き、打者としてはNPBトップクラス。打球速度(初速)も180キロに達していたが、大谷の数字は190キロを示していた。その圧倒的な差に愕然とすると同時に、MLBのレベルの高さを思い知ったという。

■大谷も通うスゴイ施設

大谷は、2020年オフからアメリカのシアトル郊外にあるトレーニング施設「ドライブライン・ベースボール」に通っている。この施設ではトラックマン、ラプソード、ハイスピードカメラなどの先進機器を完備。投手、打者のデータを細かく分析し、その特徴や伸ばすべき部分、矯正すべき部分などを具体的な数値に基づいてアドバイスする。

2020年のサイ・ヤング賞投手で、DeNAでも活躍したトレバー・バウアーがこのドライブラインで自らの投球をデザインしたことは有名だが、大谷もこの施設で、投球だけでなく打撃も精査して、パフォーマンスを飛躍的に向上させたのだ。

ドライブラインでは、いわゆる「フライボール革命」の考え方で、打撃理論を教えている。打者・大谷はドライブラインで、何をブラッシュアップさせていったのだろうか。

2023年12月、沖縄で開催された「ジャパンウィンターリーグ」で、ドライブラインのバッティングトレーナーを務めるダニエル・カタランが、同施設の打撃指導論を参加選手たちに説いた。

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講義をするダニエル・カタラン - 筆者提供

■とにかく大事なのはバットスピード

ダニエル・カタランは「打球速度が約158キロ以上、打球角度が26〜30度の範囲(バレルゾーン)にある打球は、安打や本塁打になる確率が極めて高い」というフライボール革命の「基本理論」を紹介した上で、以下のように続けた。

「簡単に説明する。どうやったらボールを強く打てるかは、『バットスピード』、これにつきる。単純な話だ。物理の法則で、バットスピードが大事だ。筋肉量が足りなかったり、打席に対するアプローチがよくなくても、それは自分たちで克服できるから、大きな問題ではないが、バットスピードがないと何も始まらない。一流のバッターと三流バッターは何が違うかというとバットスピードだ」

大谷もドライブラインで同様のレクチャーを受けた。そして、バレルゾーン内に速度の速い打球を放つため、バットスピードの向上に専念したのだ。

MLBでは「ホークアイ」を基幹とする計測システムに基づき、「スタットキャスト」という動作解析システムを構築し、公開している。

■「打率」「打点」は目標にしない

これによれば、大谷の2020年以降の、最高打球速度(速)、バレルゾーンに強い打球を打った比率(バレル率)、打球に占める打球速度95マイル(約153キロ)以上の割合(ハードヒット率)は、以下のように推移している(図表5)。括弧内の数字はMLB全体の順位。

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このデータの対象となる選手は、毎年250人以上いる。50位台でも上位と言えるが、大谷は2020年秋からドライブラインに通い、翌2021年から、フライボール革命に関する指標を急上昇させた。それとともに打撃成績も急上昇し、大打者になっていったのだ。

このデータはアーロン・ジャッジ(ヤンキース)、カイル・シュワバー(フィリーズ)などの強打者が上位の常連になっている。今季の大谷は、投手としてサイ・ヤング賞を目指していた。そちらに重点を置いたためか打球速度は25位まで低下。バレル率、ハードヒット率もやや低下している。

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村上は、2023年のWBC以降、これらの指標を目標にして打撃を磨いたと考えられる。すでにMLBを目指していたため、NPBでの「打率」「打点」などは目標にはしていなかったようだ。

■「ネクスト村上、岡本」になれる存在

今季の村上の最高打球速度、バレル率、以下のようになっている(図表7)。

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村上は打球速度、バレル率では大谷に及ばないが、ハードヒット率はなんとMLB全体で2位。2023年のWBC以降、フライボール革命の指標を目標に努力を重ねてきたと考えられる。それによってNPB打者がMLBに移籍してからの「小型化の呪縛」から解放されたのではないか。

実は、巨人から今季ブルージェイズに移籍した岡本和真も、MLBで健闘している。

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すべての指標が低下し「小型化」しているのだが、本塁打率がそれほど低下せず、24本塁打を打っている。彼のスタットキャストのデータも見てみよう(図表9)。

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まずまずの数字だ。岡本の場合、三塁守備でしばしばファインプレーを見せている。ブルージェイズは、チームリーダーのゲレーロJr.が極度の不振に陥り、成績が低迷している中で、岡本は親しみやすい性格もあって、中心選手になりつつある。

村上が、これまでのNPB出身打者の「評価」を払拭したことで、MLBではNPB打者への期待感が急上昇している。昨年からNPBでもスタットキャストと同様の解析システム「NPB+」を公開したが、佐藤輝明(阪神)の数値はこうなっている(図表10)。

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この数字は、今季の大谷より上だ。今オフにポスティングシステムでの移籍を申請すれば、争奪戦が起こること必定である。

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※写真はイメージです - 写真=iStock.com/PeopleImages

これまで大谷を唯一の例外として、日本人打者はメジャーに行くと小型化すると言われていたのが、村上の先を見通した「努力」が定説を覆した。日本人打者は今後、目の色を変えてバットスピードを伸ばそうとするのではないだろうか。

※打率、本塁打率、OPS、スタットキャストのデータは全て8月3日時点。

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広尾 晃(ひろお・こう)
スポーツライター
1959年、大阪府生まれ。広告制作会社、旅行雑誌編集長などを経てフリーライターに。著書に『巨人軍の巨人 馬場正平』、『野球崩壊 深刻化する「野球離れ」を食い止めろ!』(共にイースト・プレス)などがある。
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(スポーツライター 広尾 晃)