米国は曖昧、韓国は冷ややかだったが…習近平を激怒させた高市発言に「無言の支持」を示した国の「大胆な手法」
※本稿は、川島博之『ベトナムにはなぜパンダがいないのか』(扶桑社新書)の一部を再編集したものです。

■反中ムードが生んだ自民の圧勝
高市首相は2025年10月4日、石破茂前総裁に代わって自民党総裁に就任した。だが、長年、自民党と連立政権を組んでいた公明党が、突然、連立を離脱。その後、日本維新の会と連立を樹立し、国会で首相に指名された。そのため、彼女はそう遠くない時期に衆議院を解散して国民の信を問う必要があった。
高市首相は鋭敏であった。2026年1月に突如、衆議院を解散した。彼女は世論が反中に染まっていることを見抜いていた。2月8日に投票が行われたが、結果は自民党の圧勝に終わった。
この選挙の直前に、立憲民主党と公明党の衆議院議員が一緒になって中道改革連合を作った。両党が一緒になるのではなく、衆議院議員だけが一緒になるという中途半端なもので、選挙目当ての野合であることは明らかであった。
立憲民主党(当時は民主党)は安倍内閣が取り組んだ安保法制に猛反対し、市民団体による反対デモにも何人もの所属議員が参加し、声を上げていた。それにもかかわらず、安倍政権で与党だった公明党の言い分をあっさりと容認した。その姿勢に国民が呆れたことも自民党の圧勝の一因になった。
日本は中国に対して強硬な姿勢をとる必要がある。多くの国民がそう感じていた。そもそ
も2025年10月に高市氏が自民党総裁に選ばれたのは、2024年11月にトランプ大統領が再選されたことも要因の一つであろう。
■トランプ再選で一変した対中路線
高市氏は、2024年9月に行われた総裁選挙では石破氏に敗れている。これは岸田文雄首相の任期満了に伴うものであったが、その時点では米大統領選挙において、共和党のトランプ氏が勝つのか民主党のカマラ・ハリス氏が勝つのか判然としなかった。夏頃まではハリス氏優勢との報道も多かった。
このような状況の中で、多くの自民党議員は右派的で反中の高市氏に首相を任せることはできないと考えた。それが2024年の総裁選で、高市氏が第1回投票で1位になりながら、決選投票で石破氏に逆転を許した理由の一つである。
しかし、トランプ大統領が誕生すると、情勢は大きく変化した。米国内においては、トランプ氏とハリス氏の政策の違いは移民問題が中心であったが、対外政策では中国に対するスタンスに違いがあった。選挙中、トランプ氏は中国に対して強硬な姿勢で臨むことを繰り返し主張した。一方のハリス氏は中国に融和的であった。
トランプ氏が勝利したことは日本の政治情勢を大きく変えた。米国が中国に強硬な態度に出るのなら、日本も中国に強硬な態度に出るべきだ、そんな雰囲気になった。そういう中で、中国人に対するビザ発給条件を一部緩和した岩屋外相は、ネットなどにおいて強く非難された。
■ベトナムのフリゲート艦が台湾海峡を通過
2025年10月に行われた総裁選挙で、高市氏は前回に続いて第1回投票で首位になり、決選投票でも小泉進次郎氏を破って当選した。それは、日本が中国に対して強硬な態度を取ることを決めた瞬間だった。
ただし、決戦投票が行われたことからも分かるように、圧倒的多数が高市氏の姿勢を支持していたわけではない。そんな高市首相は、支持してくれた人々に応える意味でも、岡田氏の質問に対して安倍元首相と同様に、「台湾有事は日本有事」と応えざるを得なかったとも言えよう。あいまいな回答は許されなかった。だが、それが中国を刺激した。
各国の反応を見ると、台湾はもちろんこの高市発言を歓迎した。そしてトランプ大統領は、先に述べたように曖昧な態度しか示していない。韓国政府は高市発言に対して冷ややかであり、韓国の世論は周辺情勢を不安定にするとして否定的に見ている。南シナ海の領有権問題を抱えるフィリピンも静観している。
そんな周辺国の中で、ベトナムは他国とは異なる反応を見せた。ベトナム政府はダンマリを決め込んでいるが、密かに別の行動をとった。2025年12月3日から4日、ベトナムのフリゲート艦チャン・フン・ダオ(陳興道)が台湾海峡を通過したのである。ベトナムの軍艦として初めての通過であった。
■高市発言の支持を“やんわり”表明
チャン・フン・ダオはロシアから購入したゲパルト級フリゲート艦である。ベトナムは軍艦の名に歴史上の人物の名前を付けることが多い。陳興道は元がベトナムに攻めてきた時に活躍した将軍の名である。

2018年9月に日越外交関係樹立45周年を記念して、ベトナムの軍艦として初めて日本に寄港したのもチャン・フン・ダオであった。それはベトナムと同様に元寇に打ち勝った日本に対して、中国に一緒に対抗しましょうとの意思を伝えたものと言ってよい。
今回もベトナムは、日越友好のためという名目で7年ぶりにチャン・フン・ダオを派遣した。その際に台湾海峡を通過させた。わざわざ台湾海峡を通って中国を刺激することはない。台湾とフィリピンとの間のバシー海峡を通過する方が普通の航路だ。
台湾海峡を通過させたことは高市発言の直後であり、ベトナムが高市発言を支持していることを日本に対してやんわりと伝えるものになっている。一方、中国に対しては、「南シナ海での活動を制限しなければ、我々も日本などと連携を深める」という、より包括的なメッセージになっている。「竹のようにしなやかな外交」を意味する「Bamboo Diplomacy」を掲げるベトナム政府の真骨頂と言えよう。
■どの国にもなびかない「竹の外交」
ベトナムは2016年にグエン・フー・チョンが書記長に就任して以来、どの国にもなびかない竹のような外交方針を掲げている。そんなベトナムにとって、フリゲート艦の台湾海峡通過は大きな決断だったと思う。
2024年7月にグエン・フー・チョン書記長が亡くなり、トー・ラム氏が後を継いだが、トー・ラム氏は注意深く米国に接近しようとしている。フリゲート艦の台湾海峡通過は、米国に対するサインでもあったと思われる。米国は衛星を使って台湾海峡や南シナ海を常時監視している。米国はベトナムの意思を明確に把握したであろう。

もちろんベトナム政府は、この行動について一切声明を発表していない。中国も黙っていた。この事実は、台湾当局がつかんで公表するまで表に出ることはなかった。そして台湾がこの事実を公表しても、日本では気づく人はほとんどいなかった。この本を読んで初めて知った読者も多いことと思う。そのくらい日本人は海外情勢に鈍感である。
■「社会主義国は仲がいい」は幻想
ベトナム人は中国が大嫌いである。ただし、ベトナムに赴任してきた駐在員などは、言われなければ、なかなかその事実に気づかない。なぜなら、ベトナム人が口に出して「中国人が嫌い」と言う機会が少ないからだ。それに筆者もそうだが、現在70歳以上の日本の老人にはベトナム戦争の記憶が残っている。
ベトナムは中国やソ連の援助を受けて米帝(アメリカ帝国主義)に勝利した。ベトナムと中国はどちらも社会主義国である、だから仲が良いはずだ。そのようにステレオタイプで考えてしまう。
しかし、社会主義国同士が仲が良い、というのは幻想である。そもそも「改革開放」に転じた現在の中国やベトナムを、もはや社会主義国と呼ぶことはできない。中国は1978年に改革開放路線に転じた。それに遅れること8年、ベトナムは1986年に改革開放路線に転じた。
ベトナムの改革開放路線は「ドイモイ」と呼ばれているが、これは「刷新」という意味のベトナム語であり、中国の改革開放路線とほぼ同じことを意味している。
両国は共産党が独裁政治を行っている資本主義国家である。それ以上でもなければそれ以下でもない。そんなベトナムと中国は、1979年に戦っている。中越戦争である。また現在も南シナ海の領有権を巡って争っている。それらは、ベトナム人が中国を嫌う理由の一つになっている。ただ、真の理由は、その歴史に根ざした民族感情にある。
■反中感情を育てる戦争教育
ハノイを訪問する機会があるのなら、国立歴史博物館を訪ねることを勧める。そこからベトナムと中国の戦いの歴史を知ることができる。戦争に関する展示が多く、歴史博物館ではなく戦争博物館ではないかと思ってしまうほどである。

その博物館で、先生に引率された小学生たちが学芸員の説明を聞いているところに遭遇したことがある。子供たちは熱心に学芸員の話に耳を傾けていた。このように子供の頃から中国との戦争の歴史について教え込まれていれば、自然に反中になると思ったものだ。
日本では戦争教育ではなく「平和教育」と呼ばれ、原爆、東京大空襲、沖縄戦などが題材になる。授業ではその悲惨さが強調される。一方、ベトナムでは祖先がいかに中国と勇敢に戦い、独立を維持したかが誇らしげに語られる。日本とベトナムの戦争教育は大きく異なっている。
ベトナム人の中国嫌いを示すものとして、ローマ字の使用がある。ベトナムは中国文化の影響を強く受けてきた。ベトナム中部の都市フエは、ベトナム最後の王朝である阮(グエン)朝(1802-1945年)の都であったが、そこに行くとベトナムが中国の影響を強く受けてきたことがよく分かる。
ベトナムでは長らく漢字が使われてきた。役所の文書は漢文で書かれていた。そのため、独立前(第二次世界大戦以前)に教育を受けた人は、漢字の読み書きができた。建国の父ホー・チ・ミンも漢字を使っていた。だか、漢文だけでは不便であった。そこでベトナム語を表記するための方法が工夫されて、チューノムと呼ばれる日本の「かな」に似たものが作られた。
■「漢字を捨てた民族」から日本への問い
しかし、ベトナム語は中国語に似て音調が多く、そのためにチューノムは「かな」よりも複雑なものになってしまった。

その結果として、チューノムは広く普及することはなかった。独立前まで知識人は、手紙などを書く際に漢字を使用していた。
現在のベトナムでは、17世紀にポルトガル人宣教師が作り、それをフランス人宣教師が改良した、ローマ字にレ点を付けた表記を用いている。これはChữ Quốc ngữ(チュ・クオック・グー=国語字)と呼ばれるもので、その読みは日本語の国語(コクゴ)と同じである。ベトナム語には日本語と同様、漢語に由来するものが多い。
ベトナムはフランスから独立した後に、表記法をチュ・クオック・グーに統一した。最大の理由はチューノムに比べて覚えやすく、民衆の教育レベルを上げるうえで有効と考えたからであろう。ただ、それを中国嫌いが原因と考えているベトナム人もいる。
あるベトナム人からこんな話を聞いた。
「ベトナム人は中国が嫌いだから漢字を使うのを止めた。現在はまったく使っていない。また中学や高校でも漢文を教えない。そのために現在はよほどの年配者でないかぎり、漢文は読めない。日本人はいまだに漢字を使っており、学校で漢文を習うと聞く。日本人は反中の高市政権を選んだが、心の底では中国を嫌っていないのではないか? 今は反中だが、時間が経てば、また親中に変わるのではないか?」
この質問に日本人はどう答えればいいだろうか。そんな話が出るほど、ベトナム人は中国を嫌っている。
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川島 博之(かわしま・ひろゆき)
ベトナム・ビングループ主席経済顧問
1953年生まれ。1983年東京大学大学院工学系研究科博士課程単位取得退学。東京大学生産技術研究所助手、農林水産省農業環境技術研究所主任研究官、東京大学大学院農学生命科学研究科准教授を経て現職。Martial Research & Management Co. Ltd., Chief Economic Advisor。工学博士。専門は開発経済学。著書に『日本人の知らないベトナムの真実』、『歴史と人口から読み解く東南アジア』(以上扶桑社新書)、『戸籍アパルトヘイト国家・中国の崩壊』『習近平のデジタル文化大革命』(いずれも講談社+α新書)、『「食糧危機」をあおってはいけない』(文藝春秋)、『「作りすぎ」が日本の農業をダメにする』(日本経済新聞出版社)など多数。
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(ベトナム・ビングループ主席経済顧問 川島 博之)
