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通常、老齢年金の受給開始年齢は65歳ですが、65歳〜75歳までの任意のタイミングに受給開始を遅らせることで、その分増額された年金を受け取ることができます。これが「年金の繰下げ受給」です。ただし、増額を期待して繰下げ受給を選んだとしても、他の制度とバッティングして結果的に損をしてしまうケースも。こうした不利益を避ける方法として有効なのが「片方繰下げ」です。社労士みなみ氏の著書『知りたいことがぜんぶわかる! 定年前後のお金の超基本』(Gakken)より、この「片方繰下げ」のメリットと注意点を、会話形式でわかりやすく紹介します。

〈登場人物〉

■教わる人……みやおチャ太郎

会社員(58歳)。子どもは独立し、パート勤務の妻と2人暮らし。定年が近づき、「退職金はどう受け取るのがいいのか」「年金だけで暮らせるのか」と気になることが増え、定年前後のお金に詳しいみなみ先生に相談することになった。

■教える人……みなみ先生

年金や定年前後のお金をわかりやすく伝える社労士。人気YouTuberとして専門的な内容をやさしく解説している。「年金だけでは暮らせない」という不安を減らすための考え方として「年金最大化生活」を提唱。チャ太郎さんに、老後を安心して続ける知恵を伝えていく。

「老齢基礎年金」と「老齢厚生年金」は“片方ずつ”繰下げ可能

POINT

□繰下げ期間中は所得控除枠が無駄になる! 年金は「老齢基礎年金だけ」「老齢厚生年金だけ」など、片方だけ繰り下げることが可能

□老齢厚生年金を繰り下げると加給年金が受け取れなくなるため、老齢基礎年金のみの繰下げを検討する

チャ太郎:みなみ先生、繰下げで年金を増やすことを検討しておきたいのですが、繰下げは、老齢基礎年金と老齢厚生年金を別々にできるんですよね?

みなみ先生:はい、その通りです! でも、「年金は全部まとめて繰り下げるもの」と思っている人も、まだ結構多いんですよ。2階建ての年金なら、どちらか一方だけを繰り下げることができます

チャ太郎:どちらを先に受け取るかも、自分で選べますか?

みなみ先生:はい。受け取る順番の制限もありません。つまり、繰上げ受給のように「セットでしかできない」という決まりがないので、より柔軟に設計できるんですよ。

チャ太郎:なるほど。順番も関係ないし自由度が高いですね〜。

みなみ先生:それに、繰下げを考えるときは、税金のことも意識しておくといいですよ。例えば、片方だけ繰り下げて受給額を調整することで、結果的に税金を抑えられるケースもあります。

チャ太郎:そもそも年金にかかる税金についてわかっていません……。

老齢年金は「214万円以内」なら所得税ゼロ

みなみ先生:まずは、基本からお伝えしますね。老齢年金は、受け取ると「雑所得」として扱われて、所得税の対象になります。ただし、「公的年金等控除」があって、一定額までは非課税になります。

チャ太郎:具体的にはどのくらいの控除が受けられますか?

みなみ先生:年金だけを受け取っている場合、「公的年金等控除額」が110万円(※1)、さらに「基礎控除」が104万円(※2)あります(所得金額132万円以下の場合)。この2つを合わせると、年金収入が214万円以下なら所得税はかかりません。
 

※1 65歳未満の公的年金等控除額は60万円

※2 2026年税制改正後の金額(2026〜2027年に適用予定)

チャ太郎:つまり、年金が214万円以下なら所得税ゼロってことですか?

みなみ先生:そうなんです。例えば、両方を繰り下げると、その間年金は受け取らないので、この非課税枠を使わずに過ごすことになります。

チャ太郎:なるほど……。繰下げ中にその枠が無駄になるってことですね。

[図表1]繰下げ期間中は所得控除枠が無駄になる! 出典:『知りたいことがぜんぶわかる! 定年前後のお金の超基本』(Gakken)より抜粋

「片方繰下げ」なら、節税も年金増額も叶う

みなみ先生:その通りです。そこで使えるのが、「片方繰下げ」という選択肢です。図表2のように、両方受給せずに、片方繰り下げることで、老齢厚生年金140万円を非課税で受け取ることができます。

[図表2]「片方の繰下げ」は節税になる 出典:『知りたいことがぜんぶわかる! 定年前後のお金の超基本』(Gakken)より抜粋

チャ太郎:税金を減らせるのですね。繰下げするから年金も増えますよね。

みなみ先生:はい。この例で5年繰り下げると、繰下げ期間中は、140万円ですが、70歳以降は、老齢基礎年金が増えて総額253万6000円です。

チャ太郎:老齢基礎年金は42%増額するから、年額33万6000円多く受け取れるのですね。

みなみ先生:はい。節税もできて、年金も増える。まさに“いいとこどり”できるのが、「片方繰下げ」の強みなんです。一方で注意点もあります。

老齢厚生年金を繰り下げると、「加給年金」は受け取れない

チャ太郎:意外な落とし穴のことですね。具体的にはどんなことですか?

みなみ先生:加給年金や振替加算との関係です。

チャ太郎:配偶者が65歳までもらえる家族手当みたいなものですよね?

みなみ先生:そうです。加給年金は老齢厚生年金にくっついて支給されるので、老齢厚生年金を繰り下げると、その間は加給年金も受け取れません。例えば図表3のように5年間繰り下げると、その分まるごと加給年金がカットされます。

[図表3]繰下げすると「加給年金」を受け取れない 出典:『知りたいことがぜんぶわかる! 定年前後のお金の超基本』(Gakken)より抜粋

チャ太郎:約210万円はちょっと痛いかも……。できれば避けたいです。

みなみ先生:これを避ける対策として有効なのが、「老齢基礎年金だけを繰り下げる」という方法なんです。

チャ太郎:この場合も片方繰下げが裏技になるんですね!

[図表4]片方繰下げで加給年金をしっかりもらう 出典:『知りたいことがぜんぶわかる! 定年前後のお金の超基本』(Gakken)より抜粋

みなみ先生:図表4のように、夫は老齢厚生年金を65歳で受け取り、老齢基礎年金のみを70歳まで繰り下げれば、加給年金の受取り」「繰下げによる増額」と両方のメリットを受けられます

チャ太郎:なぜこのようなことができるんでしょうか。

みなみ先生:加給年金は老齢厚生年金に対する加算で、セットで支払われるからです。つまり、老齢基礎年金とは連動していないんです。

チャ太郎:だから、老齢基礎年金を繰り下げても影響を受けないんですね。

みなみ先生:加給年金も受け取りたいし、繰下げをして年金額も増やしたいというときは、老齢基礎年金のみを繰り下げればいいわけです。

チャ太郎:両方を繰り下げて損をするのは避けたいので、覚えておきます!

「振替加算」を受け取りたいときは、老齢厚生年金を繰り下げる

[図表5]片方繰下げで振替加算をしっかりもらう 出典:『知りたいことがぜんぶわかる! 定年前後のお金の超基本』(Gakken)より抜粋

みなみ先生:一方で、振替加算はどうでしょうか。図表5を見てみましょう。振替加算は配偶者(この場合は妻)の老齢基礎年金に紐づく加算です。妻は65歳から老齢基礎年金を受け取り、繰下げをする場合は老齢厚生年金のみを繰り下げれば、振替加算を受け取ることができます

チャ太郎:ですが、確か振替加算はわたしたち世代ではもらえないか、もらえたとしてもごくわずかな金額でしたよね。繰下げをして年金額を増やすほうがお得なこともあるんでしょうか。

みなみ先生:そうなんです……。特に若い世代になるほど、受け取れる金額は少ないので、シミュレーションが必要になりますね。

「妻だけ繰下げ」で世帯の受給額を最大化する方法も

POINT

□片方繰下げには夫婦のどちらか一方を繰り下げる方法もある

□受給額の少ない人の方が繰下げによって増額しても税金や社会保険料の負担がそれほど増えない

みなみ先生:「片方繰下げ」ですが、夫婦世帯では、どちらか一方の年金だけを繰り下げる方法もあります。一般的に、夫と妻のどちらが繰り下げるとメリットがあると思いますか?

チャ太郎:うーん……正直、わからないです。どちらなんでしょうか?

みなみ先生:「年金受給額が少ない人」です。現状では、図表6のように、年金が2階建ての場合でも女性の方が少ない傾向にあります。

[図表6]年金額は2階建てでも男性の方が高め 出所:厚生労働省「令和6年度厚生年金保険国民年金事業の概況」

チャ太郎:でも、どうして年金が少ない人の方が繰下げのメリットが大きいんですか?

みなみ先生:受給額が少ないと繰下げで増額しても、所得税非課税枠214万円(住民税は155万円)を超えにくくなります。だから増額分をそのまま受け取りやすく、世帯全体で見ても効果的なんですよ。

チャ太郎:なるほど〜。税金の面に関係してくるんですね。うちの場合は、妻の方が年金額が少ないので、妻が繰り下げる方がよさそうですね。

みなみ先生:そうですね。現在50代後半の世帯では、そうしたケースが多いと思います。さらに、平均寿命の違いなどを考えると、年金を長く受け取る可能性が高い女性が繰り下げるのは、自然な選択ともいえます。また、年金額が少ない人は、繰下げで増額しても、税や社会保険料の負担はあまり増えません。

チャ太郎:つまり、総合的に見て年金受給額が少ない人を繰り下げる方が、合理的なんですね。

みなみ先生:そうなんです。さらに、どちらかが先に亡くなるケースを考えても、繰下げの順番は大事です。遺族厚生年金は、亡くなった人の「65歳時点の年金額」が基準になるので、繰下げで増えた分は反映されません

チャ太郎:えっ、じゃあ……。増えた分は、遺族には引き継がれないってことですね。それなら、遺族年金を受け取る可能性が高い方が繰り下げたほうが、世帯全体で見ると無駄がないということですね。

社労士 みなみ

社労士YouTuber