「一理あるような気もしてくる…」認知症の父が出した「100引く7」への“奇想天外な答え”とは
高齢社会において、誰もが直面するかもしれない「親の認知症」。しかし、ノンフィクション作家の郄橋秀実さんが直面した介護の現実は、世間のイメージとは少し違っていた。
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認知症の父が繰り出す予想外の言動を、郄橋さんはハイデガーなどの哲学思想と結びつけ、「確かにそうだ」といつしか感心してしまうのだ。
ここでは『おやじはニーチェ 認知症の父と過ごした436日』(新潮社)より一部を抜粋して、要介護認定の審査のためにやってきた調査員と郄橋さんの父による、いつの間にか哲学の問いに切り込んでいくような、不思議な問答をお届けする。(全4回の1回目)
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お父さんのお父さんではないお父さん
父は母の死を認知していないようだった。
弔問客が来れば、「いらっしゃいませ」などと丁寧に対応する。その人が泣くと、もらい泣きして「俺も悔しいよ」と泣き崩れる。しかし帰った後に、母の遺影を見て「これは誰だ?」と私に訊く。位牌に記された命日(12月8日)を指差して、「太平洋戦争が始まった日だな」と言ったりするのである。
「お母さんは死んだんだよ」
私が説明すると、父は「そうだ」とうなずいた。しかしよくよく聞いてみると父にとっての「お母さん」とは父の母のことだった。父の母のことは「アキちゃん」と呼んでいたので、「アキちゃんじゃなくて、お母さん」と訂正したのだが、母であるアキちゃんではないお母さん、というのは矛盾を孕(はら)んでいるようで、父は目を丸くした。

写真はイメージ ©︎mapo/イメージマート
「キヨ子さんが亡くなったんだよ」
母のことを名前で言い換えると、父は「キヨ子さん?」と首を傾げた。名前を忘れてしまったのかと何やら切なくなったのだが、父は毎日、昼間は母を迎えに近所のスーパーに出かけ、夜になると母の分の布団を敷いている。名前を忘れても母の存在は体で認知しているようなのである。おそらく私が言う「キヨ子さん」という言葉に違和感を覚えているのだろう。私が母のことを名前で呼ぶのはヘンだし、父に対してこれまで言ったことがないわけで、父からすれば初めて聞かされる名前なのかもしれない。そこで母のことを「お父さんの奥さん」と言い換えてみたのだが、すぐさま「お父さん?」と訊き返された。「そう、お父さんの」とうなずくと「俺のお父さんは昌之助っていって……」と昔話を始めようとしたので、「いや、お父さんのお父さんじゃなくて、お父さんのさ」と否定すると、丸くなった目が縮瞳を起こした。確かに「お父さんのお父さんではないお父さん」という言い方は続き柄と呼び名が併存しており、誰のことだかわからず、まるで実在のお父さんとは別のイデアとしての「お父さん」に言及しているかのようである。
しあわせそうに見える
考えてみれば私も「お母さんは死んだんだよ」とは言ったものの、母の死をまだ実感できていなかった。今も2階で寝ているような感じがするし、トイレからひょっこり出てきても、驚かずに「どこ行っていたの?」と訊くような気がする。母は死んだというより存在が拡散し、その所在を特定できない状態のようで、どうやら私自身も母の死を認知できていない。そもそも、どう認知することを「正常な認知」というのだろうか。
ともあれ、この状態では父をひとりにするわけにはいかず、私たち夫婦はそのまま実家で同居することにした。とり急ぎ介護保険のサービスを受けられるように要介護認定を取得しなくてはならない。早速、区役所に電話すると、介護認定の調査員が自宅を訪問し父に面接するとのこと。その調査員の報告と主治医の意見書を基に区役所で協議され、要介護認定されるという段取りだった。
超高齢化時代ゆえ介護認定業務も人手不足らしく、調査員は忙しそうだった。リビングに着席するなり、彼女は父にこう質問した。
――お名前は?
「郄橋昭二です」
間髪を入れずに答える父。
――これからいろいろ質問させていただきますね。
「はい、わかりました。なんでも訊いてください」
満面の笑み。父はお行儀のよい子供のようだった。
――生年月日を教えてください。
「昭和6年9月10日」
どうだ、と言わんばかりに意気揚々と答える。
――今日は朝ごはんを食べましたか?
「はい、おいしくいただきました」
潑剌(はつらつ)と答える父。ちなみにアルツハイマー型認知症の特徴は「挨拶もできて表情は豊か、ニコニコと協力的で、多幸的な印象」(山口晴保著『紙とペンでできる認知症診療術』協同医書出版社 2016年)とされている。しあわせそうに見えるという症状なのだ。
――何を召しあがりましたか?
「ふかふかふかっと、ふっくら炊きあがった白いごはん。それに、あったかい豆腐のお味噌汁。それと焼いた鮭、ほうれん草のおひたしもいただきました」
目の前に膳があるかのように父は手ぶりを交えて説明した。実はその日の朝食は私が用意したトーストと目玉焼き。まるっきりのウソにもかかわらず、湯気さえ感じさせるリアルな口ぶりに私は感心した。
後で聞いたことだが、この時点で父は認知症と判定されたらしい。こうした言動は「取り繕い反応」と呼ばれ、認知症診断の決め手とされているのである。
〈取り繕い反応とは、問診で質問された内容に対して答えることができない患者がその場限りの適当な言い訳や作話的な内容を述べる反応を意味しています。
言葉で取り繕われた家
答えられない時に言い訳やつくり話をすること。同書によると、食事の内容について次のように答えるのも「取り繕い反応」とされる。
「いろいろでした、美味しかったです」
「朝の残り物で済ませた」
「自分は年金暮らしなのでたいした食事はしていません」
「自分は食事に関心がないので気にしていません」
通常の返答のように思えるが、患者の中には「自分は、毎日、食事内容を帳面に書いているので覚える必要はありません。必要ないことは頭に入れないようにしているのです」と答えた女性(76歳)もいたという。「ではその帳面を見せて下さい」とお願いすると、「昨日の帳面は捨ててしまったのでわからないかも……」と答え、「捨ててしまうのですか」と問うと「いや、あれは帳面ではなく単なるメモ用紙ですので」と言い訳したらしい。この症例は「自分の答えが矛盾していることを認識できていない」ので認知症とされているのだが、単なる言い間違いの可能性もあり、果たしてこれらは認知の障害といえるのだろうか。
例えば、私の知人の母親は調査員に朝食の内容を訊かれて、こう答えた。
「そんなこと、言えませんわ」
認知症というより慎ましい回答というべきだろう。大体、見ず知らずの人に食事の内容を言う必要はないし、言うにしても体裁を取り繕うのは当然である。いずれにしても食事の内容を訊かれているという状況を認知していることは間違いないし、認知しているからこそ取り繕うのではないだろうか。そもそも言葉とはその場をしのいだり、取り繕うためのもの。「その場限りの適当な言い訳や作話的な内容を述べる」ためにあるのではないだろうか。私たちは現実を言葉の綾で取り繕う。いや、取り繕ってできた綾を「現実」と呼ぶのではないだろうか。そういえばマルティン・ハイデガーもこう言っていた。
〈言葉は存在の家です。その住まいに人間が住まうのです。
(ハイデガー著『ヒューマニズムについて』桑木務訳 角川文庫 昭和33年) 〉
人は言葉という住まいに住んでいる。言葉で取り繕われた家に住んでいるわけで、これを認知症と呼ぶなら、すべての人は認知症ではないだろうか。
「なんですか、藪から棒に」
――今、季節は何ですか?
調査員は質問を変えた。
「施設?」
反射的に問い返す父。
――しせつ、じゃなくて、きせつです。春、夏、秋、冬のうち、どれですか?
父は「う〜ん」と唸(うな)り、こう答えた。
「それは別にどうってことないです」
これも「取り繕い反応」のようだが、私も訊かれた瞬間、「あれっ、今、いつだっけ?」と思った。地球温暖化の影響か、最近は季節感が定かではなく、季節は「別にどうってことない」のである。
――それでは、私がさっき言った3つの言葉を思い出してください。
唐突に切り出す調査員。面接の冒頭で彼女は「あとで訊きますから、覚えておいてくださいね」と3つの言葉を言っていた。確か「おでこ」と「ペン」ともうひとつ何かだった。
「なんですか、藪(やぶ)から棒に」
言い返す父。
――いや、最初に私は「覚えておいてください」と3つの言葉を言いましたよね。それを言ってみてください。
「そういうことは、前の日に言っておいてもらわないと。いきなり言われても困っちゃうじゃないですか」
――いや、ですから……。
「物事には段取りってもんがありますからね。いついつにこうしますよ、と言われて、それじゃ、いついつまでにと段取りを組むわけですよ。これこれこうしたいんだけど、どうですかね、それじゃこうしたらどうかね、とかああだこうだ言って取りかかるけど、それだって土壇場になってひっくり返ることだってある。あるよね、お兄ちゃん」
父は取り繕いまくり、最後に私に向かって同意を求めた。これは精神医学界で「頭部振り返り現象」と呼ばれている。問診中に家族に助けを求める現象で、取り繕い反応と頭部振り返り現象が確認されると「認知症」が確定するらしい。
かくして15分ほどで面接調査は終了した。帰り際に調査員に「父は認知症なんでしょうか?」とたずねると「大丈夫です。すぐわかりました」と太鼓判を押され、約1カ月後に「要介護3(5段階中)」の認定をいただいたのであった。
計算は数字を破壊する
調べてみると、調査員が行なっていたのは「長谷川式簡易知能評価スケール」に基づく診断法だった。他にも質問項目があるので、調査員が帰った後、私が質問してみることにした。
――100引く7は?
計算の問題。答えに対して「それからまた7を引くと?」と順に質問していく。最初の答えが不正解なら質問は打ち切るというルールだ。
「100引く7?」
父は驚いたような表情を浮かべた。
――そう、100引く7。
「100引く7って、こう、引くのか?」
綱引きのような仕草をして父はたずねた。
――そう、引く。
「じかに?」
真剣な面持ちで父は私に訊いた。
――じかにって?
「だから、こう、じかに引いちゃうのか?」
力強く引く父。
――そう、じかに引く。
「いいのか?」
――いいのかって……。
「それでいいのかって、訊いているんだよ」
――いいです、っていうか引いてみてよ。
「じかに?」
――じかに。
「お前ね、じかにって簡単に言うけど、そりゃ大変だぞ」
――大変なんですか?
かしこまってたずねると父はうなずき、遠くを見つめて「そりゃ大変だ」と溜め息をついた。これもまた「取り繕い反応」と考えられるが、父の顔をじっと見ていると「じかに引くのは大変」というのも一理あるような気がした。通常は数字をじかに引くのではなく、物体などに仮託して個数や金額として引いたりするわけで、数字から数字を「じかに」引くのは数字自体の存在を破壊するようである。もしかすると引き算に無理があるのかもしれないので、私は「じゃあ、100足す7は?」と質問を変えてみた。
「100足す7。わかるよ」
微笑む父。
――いくつ?
「100足す7だろ。それはわかる。わかるけどそれをどこに持っていくんだ?」
――いや、持っていかなくてもいいんだよ。
「お兄ちゃんはそう言ったって、そういうわけにはいかないだろう。足されたほうの身にもなってみろよ」
そこまで言うと、「取り繕い」というより「言い逃れ」である。いい加減にしてくれと言いたくなるのだが、認知症介護の基本は次の通り。
〈言うことを否定せずに話を合わせる
(鳥羽研二著『名医の図解 認知症の安心生活読本』主婦と生活社 2009年) 〉
怒ってはいけない。否定せずに話を合わせることが肝要なのである。私の場合、ノンフィクション作家という仕事柄、インタビューが日常的な業務で、ほとんど無意識のうちに相手に話を合わせてしまう。何かを聞けば反射的に「へぇー」「ああ、そうなんですか」と応える。たとえ知っていることでも感心するし、さっき聞いた話でも初めて聞いたかのように驚いたりする。一種の癖になっているので、ことさら「認知症の人を安心させるような演技をする」(同前)までもなく、父の反復する話にもその都度「へぇー、そうなんだ」と感心していた。感心して「へぇー、そうなんだ」と言うのではなく、「へぇー、そうなんだ」と言うと感心できるのだ。
無責任に計算するな。
父はそう言いたいのかもしれない。ハイデガーによれば「存在」とは「それ自身」(前出『ヒューマニズムについて』)を意味する。100は100それ自身、7も7それ自身。それぞれ自身で自存しているわけで、それを引いたり足したりするという行為には責任が伴う。単純に見える計算にも責任問題が隠れており、私はつい「確かにそうだね」とうなずいてしまったのである。
〈給仕を受けないと食事ができない…認知症の父の姿に息子は「家父長制に対する女性たちの復讐なのかもしれない」〉へ続く
(郄橋 秀実/Webオリジナル(外部転載))
