全4試合フル出場の伊藤洋輝がピッチ内で体感したブラジルとの差「90分間守備をしたという感覚が残っている」
[6.29 W杯決勝T1回戦 日本 1-2 ブラジル ヒューストン]
外連味のない口調にかえって悔しさが色濃く映し出されていた。フィールドプレーヤーでただ1人、全4試合にフル出場した日本代表DF伊藤洋輝(バイエルン)は、「現実は甘くないなと感じた。グループリーグとは違う強度、クオリティー。現実を突きつけられた感がある。4年間、高いところを目指してきただけに悔しい」と一息で言った。
目標とする「優勝」へ向かうための第一関門にして最大の関門。過去一度も突破したことのない決勝トーナメント初戦で、ブラジルを相手にバイエルン仕込みの対人守備と技術で挑んだのが伊藤だった。試合は立ち上がりから高いインテンシティによる攻防の連続。個の能力の高いセレソンを相手に日本は組織力で耐えて先制したが、後半になってシンプルにクロスを上げてきた相手に対して守備ラインが下がって受け身になり、2失点を喫した。
「90分支配された。あれだけボックスの周りでパスをつながれる展開が90分続くと、(鈴木)彩艶は本当に何度も止めてくれましたけど、間違いなく4失点5失点してもおかしくなかった。自分たちが逆にもっとボックスの周りで脅威になる時間帯を作らなきゃいけなかった。ブラジルと僕たちの今日の差だと思う」
日本はMF佐野海舟のゴールで前半24分に先制している。にも関わらず、ピッチ内の体感は「現実として90分間守備をしたという感覚が残っているので、それが結果につながったと思う」(伊藤)。この言葉がブラジルとの差を如実に表していた。
代表デビューは日本がカタールW杯のアジア最終予選を突破したあとの22年6月2日パラグアイ戦。22年カタールW杯の出場は、先発したグループリーグ第2戦のコスタリカ戦(●0-1)だけだった。名門バイエルンに移籍してからは第2次森保ジャパンの主力となっていったが、24年夏、25年3月に右足中足骨を骨折。長期間にわたって試合から離れる苦しい時期を経験して2度目のW杯をつかんだ。
「ケガもしたし、いろんなものを乗り越えながらのプレーだった。毎試合、毎試合が僕にとっての最後のゲームだと思ってプレーしていた」。今回は4試合フル出場。ブラジル戦はスウェーデン戦から中3日で疲労はあったはずだが、最後まで闘い抜いた。決して多くない言葉に、幾多の思いを込めながら、「結果が出なくて残念」と続けた。
「(カタールからの3年半を)振り返ることはない。いろんなことを乗り越えてきた。4年後のことは分からないので、まずはしっかりと悔しさが落ち着くまで休みたい」。無念の表情が浮かんでいた。
(取材・文 矢内由美子)
外連味のない口調にかえって悔しさが色濃く映し出されていた。フィールドプレーヤーでただ1人、全4試合にフル出場した日本代表DF伊藤洋輝(バイエルン)は、「現実は甘くないなと感じた。グループリーグとは違う強度、クオリティー。現実を突きつけられた感がある。4年間、高いところを目指してきただけに悔しい」と一息で言った。
「90分支配された。あれだけボックスの周りでパスをつながれる展開が90分続くと、(鈴木)彩艶は本当に何度も止めてくれましたけど、間違いなく4失点5失点してもおかしくなかった。自分たちが逆にもっとボックスの周りで脅威になる時間帯を作らなきゃいけなかった。ブラジルと僕たちの今日の差だと思う」
日本はMF佐野海舟のゴールで前半24分に先制している。にも関わらず、ピッチ内の体感は「現実として90分間守備をしたという感覚が残っているので、それが結果につながったと思う」(伊藤)。この言葉がブラジルとの差を如実に表していた。
代表デビューは日本がカタールW杯のアジア最終予選を突破したあとの22年6月2日パラグアイ戦。22年カタールW杯の出場は、先発したグループリーグ第2戦のコスタリカ戦(●0-1)だけだった。名門バイエルンに移籍してからは第2次森保ジャパンの主力となっていったが、24年夏、25年3月に右足中足骨を骨折。長期間にわたって試合から離れる苦しい時期を経験して2度目のW杯をつかんだ。
「ケガもしたし、いろんなものを乗り越えながらのプレーだった。毎試合、毎試合が僕にとっての最後のゲームだと思ってプレーしていた」。今回は4試合フル出場。ブラジル戦はスウェーデン戦から中3日で疲労はあったはずだが、最後まで闘い抜いた。決して多くない言葉に、幾多の思いを込めながら、「結果が出なくて残念」と続けた。
「(カタールからの3年半を)振り返ることはない。いろんなことを乗り越えてきた。4年後のことは分からないので、まずはしっかりと悔しさが落ち着くまで休みたい」。無念の表情が浮かんでいた。
(取材・文 矢内由美子)

