サッカー日本代表に「手負いの虎」がすべてをかけて襲いかかる チュニジア監督電撃交代、衝撃の舞台裏
北中米ワールドカップ初戦でスウェーデンに大敗を喫したチュニジア代表のサブリ・ラムシ監督が解任された。大会中に解任された監督はこれまでにもいたが、たった1試合でチームを追われるのはワールドカップ史上初だという。

チュニジア戦に向けてトレーニングをする日本代表の選手たち photo by JMPA
そのチュニジア代表は、誰も想像しなかったレベルの大混乱のなかにある。権力のトップまで巻き込んだ政治的なドラマが起こり、サッカーは単なる脇役となってしまった。いま、代表チームを取り巻く空気は重苦しい。
実のところ、アメリカへ向かう飛行機に乗る前から、状況はすでにかなり悪かった。大会直前のベルギーとの親善試合で、チュニジアは5失点し、サポーターは激怒。監督やコーチ陣への批判が噴出していた。覇気がなく、魂もなく、明確な戦術も見えないチームに、誰もが失望していた。
しかし、本当の惨事が起きたのは、スウェーデン戦を前にしたアメリカの合宿先のホテルだった。そこではあらゆる不満が一気に噴き出していた。ラムシ監督は冷静さを失い、ロッカールームを統制できなくなっていた。チュニジアのテレビ局の記者、モハメド・イブラヒム氏は語る。
「監督と主力選手たちの間には、氷の壁ができていた。互いに口をきかないグループがいくつも存在し、チーム内はナイフで切れるほどの緊張感だった」
そんななかでラムシ監督は、スウェーデン戦前夜、チームの戦術を全面的に変更することを決める。これまでチームが採用していた守備的なフォーメーションを捨て去り、練習で一度も試したことのない超攻撃的システムを使うと言い出したのである。チームの中心選手たちは監督のもとへ行き、「これは自殺行為だ」「そんな戦い方をする準備はできていない」と訴えた。
しかし、ラムシは誰の言葉も聞かず、プライドのままに自ら考えた道を突き進んだ。
【惨敗は解任理由のひとつにすぎない】
スウェーデン戦で起きたことは、監督の判断に対する選手たちの答えだった。チュニジアのプレーは衝撃的だった。選手たちは走らず、指示に従わず、ピッチの中央や互いの間に大きな穴を開けた。その結果がスウェーデンに1−5の歴史的大敗。直前のベルギー戦も含めれば、わずか2試合で10失点したことになる。
チュニジアはワールドカップアフリカ予選の全10試合を無失点で突破した堅守のチームである。それがまるで紙のように崩壊した。特にGKムヒブ・シャマフとキャプテンのMFエリス・スキリによる信じられないミスが相次いだ。チュニジアメディアは「あまりにも奇妙だ」と首をかしげ、監督の横暴さに対する無言の抵抗として選手たちが「戦術的ボイコット」を行なったのではないかとさえ言われている。
だがスウェーデン戦の惨敗は、山のようにある解任理由のほんのひとつにすぎない。問題はほかにも多々あった。金銭問題、越権行為、そして度重なる侮蔑??。
地元メディアの報道によれば、ラムシ監督は代表合宿の場を、まるで自分の家族や友人のためのリゾートであるかのように使っていた。選手たちには面会禁止という極めて厳しい規制を課す一方で、監督の親族たちはホテルの立ち入り禁止区域を自由に出入りし、チームと食事をともにし、移動にはチュニジアサッカー連盟のチャーター機まで利用していた。さらにその費用は代表の経費に加算されていた。これを暴いた記者たちは「公金横領に近い」と非難している。
このスキャンダルの中心人物は、監督の20歳の息子ヤニス・ラムシだ。彼には公式な役職は何ひとつないにもかかわらず、チームの内部に入り込み、練習では常にピッチ脇におり、果てはチームの公式の集合写真にも写り込んでいる。息子にかかる費用は監督自身が負担すると約束していたという話もあるが、とにかくこれらが明るみに出ると、ラムシへの不満が噴出した。
【決勝戦に等しい日本戦】仕上げに、ヤニスはスウェーデン戦の最中、スタンドのチュニジア人サポーターと激しく口論を開始。下品なジェスチャーを繰り返し、チュニジア文化やチュニジア国民を侮辱する暴言を吐いたという。フランス生まれのヤニスによるこの行動は、チュニジア国内で大炎上を巻き起こす。
現在のチュニジアは政治的にも社会的にもデリケートな時期にあり、アメリカまで応援に来ている国民は、大金と大きな犠牲を払っている。にもかかわらず、監督の甘ったれた息子が国民を侮辱したとあって、怒りは爆発し、首都チュニスのサッカー連盟本部前ではラムシの解任を求めるデモまでが巻き起こった。
このニュースは政府の要人たちの耳にも届いた。青年スポーツ省は、チュニジアの国際的イメージが損なわれることも懸念し、サッカー連盟トップを呼び出した。上層部からの指示は簡潔だった。
「ただちにラムシを解任しろ」
こうしてラムシはその日のうちに解任。今年の1月14日に就任し、わずか5試合を指揮しただけでベンチを去った。
後任はフランス人のエルヴェ・ルナールだ。ザンビア代表、コートジボワール代表をアフリカ王者へと導き、ほかにもアンゴラ代表、モロッコ代表、フランス女子代表、サウジアラビア代表などを指揮してきた経験豊富な名将である。前回のカタール大会ではサウジアラビアを率いてアルゼンチンを破っている。
監督が代わったばかりのチュニジアが最初に戦う相手、それが日本だ。チュニジアは心理的にも戦術的にも極めて厳しい状況に置かれているだろう。しかしこの試合は、彼らにとって決して負けることのできない一戦となる。日本に敗れればグループステージ突破はほぼ絶望的、引き分けでも厳しい状況は変わらない。必要なのは勝利だけ。いわば彼らにとっては決勝戦にも等しい。
そして何よりチュニジアの選手たちはいま、「問題は監督にあった」ということを証明したいと思っている。彼らは国民とサッカー連盟に、スウェーデン戦の大敗の責任は前監督にあり、自分たちのせいではないということを見せなければならない。そのために日本戦にすべてをかけてくるだろう。
ルナール新監督は「日本戦こそ今大会で最も重要な試合だ」と語っている。国際経験が豊富で、これまでもアジアで日本と対戦してきた彼は、守備を固めてカウンターを狙う戦い方を熟知している。
つまり、日本が直面するのは、決して死んだチームではないということだ。傷つき、怒り、誇りを守るために最後の最後まで噛みつこうとする「手負いの虎」である。
ルナールにとっては再出発の試合。チュニジアにとっては最後の希望。日本にとっては予想以上に危険な一戦となるかもしれない。
