100周年の神宮で花の早慶戦…最高の舞台で行われた天覧試合に前慶大監督「選手たちは本当に幸せ」
5月31日に明治神宮野球場(以下、神宮球場)で行われた東京六大学野球の慶応義塾大vs早稲田大に天皇陛下と愛子さまが来場された。
2-1で慶大がリードした4回表終了後、両校選手がグラウンドに整列し、詰めかけた観客2万9500人も起立。貴賓席にお二人が姿を見せると、場内から大きな拍手が沸き起こった。
中継したNHKEテレの解説で訪れていた前慶大監督の大久保秀昭氏(現ENEOS野球部チームディレクター)は「試合前から警備がすごかったですね。いつも関係者は正面入口から入るのですが、別の入口から入りました」と舞台裏を明かす。
愛子さまは高校野球好きとしても知られており、かつて甲子園を沸かせた高校球児が大学生となってはつらつとプレーする姿を熱心に見守られた。
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大久保秀昭氏はENEOS監督時代に天覧試合目前で敗退
東京六大学野球の天覧試合はこれが4度目という。最初は1929年11月1日(明治神宮競技大会)、2度目は1950年11月6日、3度目は1994年5月29日、いずれも早慶戦だった。
32年ぶりの天覧試合となった今回も早慶戦。全国各地にリーグがある大学球界の中でも、「花の早慶戦」と呼ばれるライバル対決は特別なものだ。
東京六大学野球連盟のホームページによると、1903年に第1回の早慶戦が行われ、1914年に早慶と明治を加えた三大学によって初めてリーグ戦を開催。その後、法政、立教、東大が加入し、1925年に六大学リーグが始まった。
「球界の盟主」巨人の前身、大日本東京野球倶楽部が創設されたのが1934年。草創期は「職業野球」と呼ばれたプロ野球より六大学野球の方が人気が高く、その中でも早慶戦の注目度は特に高かった。
昨年、100周年を迎えた東京六大学をけん引してきたのが早大と慶大の両校であり、人気、実力とも甲乙つけがたいライバルとして現在も張り合っている。早慶戦が必ずリーグ戦の最終日程に組まれることがそれを象徴している。
実は、大久保氏がENEOSの監督として出場した2014年の都市対抗野球決勝も天覧試合として行われたが、ENEOSは惜しくも準決勝で敗れた経緯がある。それだけに「僕たちは決勝に行けなかったし、そんな経験はできないので、今回の天覧試合に関わった選手たちは本当に幸せだなあと思います」と感慨深げに話した。
早大が逆転サヨナラの劇的フィナーレ
また、1926年に完成し、大学野球の聖地として親しまれてきた神宮球場も今年が100周年イヤー。すでに建て替えられることが決まっており、隣接する秩父宮ラグビー場が神宮第二球場跡地に移設された後の2031年に完成予定だ。
皇室とゆかりの深い明治神宮からほど近い神宮球場。幾多の名勝負の舞台となってきた現在の神宮で行われる天覧試合は、おそらく今回が最後だろう。
試合も天覧試合にふさわしい見応えのある内容だった。勝てば優勝の決まる慶大が9回表終了時点で4-3とリード。しかし、その裏、土壇場で早大が同点に追いつき、さらに徳丸快晴(2年・大阪桐蔭)がタイムリーを放って逆転サヨナラ勝ちした。
天覧試合と言えば、1959年6月25日に後楽園球場で行われたプロ野球の巨人vs阪神が有名。今も語り草となっているのは、長嶋茂雄がライバル・村山実からサヨナラ本塁打を放ったという劇的な幕切れだったことも一因だ。
100周年の神宮球場で行われた早慶戦でサヨナラゲームとなった今回の一戦も「令和の天覧試合」として語り継がれるかもしれない。
文/請川公一 内外タイムス編集部
