(※写真はイメージです/PIXTA)

写真拡大

現役時代に高年収を実現し、誰もが羨むような生活を謳歌してきた人が、定年後の変化に戸惑いを隠せない――。そのような男性のケースから、老後の資金計画における注意点と支出管理の難しさについてみていきます。

キャリア後半戦の逆転劇が招いた「5年で老後資金枯渇」の現実

「うっ、うそだろ……」

都内のタワーマンションの一室。斎藤誠さん(仮名・65歳)は、初めての年金振込日の衝撃を振り返ります。日常的に使っている銀行アプリ、その画面に記されていたのは「330,000円」の表示。2ヶ月分を合算した振込額であり、月額では16万5,000円。そこから所得税などが天引きされた現実の数字です。

高校卒業後、専門学校を経て都内の中小企業に就職。「正直、給与には不満もあったけれど、やりがいだけで30年近く働いた」といいます。転機は50歳を前に一念発起したことでした。

「生活は安定していましたが、ずっと低空飛行。このまま定年を迎えるのだろうと思っていましたが、人生で一度くらいは大きな挑戦をしてもいいだろうと考えまして」

初めての転職活動。そこでこれまでのキャリアを認められ、大企業への転職を果たしました。

「給与はそれまでの1.5倍ほどになり、50代半ばには年収1,500万円に達しました」

生活も一変しました。給与に合わせて住まいは都内のタワーマンションへ。国産の大衆車だった自家用車も高級輸入車に。「成功者」としての煌びやかな生活が15年ほど続いたといいます。そして65歳で定年を迎え、年金生活がスタートしたところで冒頭のシーンに至ります。

「受給額を知らなかったわけではなく、おおよそは把握していました。ただ、直近の給与に比べると『こんなに少ないのか』という漠然とした不安があり、実際に振込額を目の当たりにした時の衝撃は想像以上で……」

直近の年収は高かったものの、勤続15年ほどでは退職金も1,000万円以下。貯蓄を合わせても、今の生活は5年ほどしか維持できないといいます。

「老後を見据えて生活水準を見直せとアドバイスも受けますが、口で言うほど簡単ではありません。人付き合いもありますし、今後を考えればすべてをリセットしなければならない。それを『はい、わかりました』とすぐに実行に移せますか?」

口から漏れるのは「ダウンサイジングは難しい」という言葉ばかりで、実行に移す気配はまだ感じられませんでした。

~でした。

どんな高給取りでも「年金」はそれほどもらえない

斎藤さんのように、キャリアの後半で急激に年収が上がったとしても、それが老齢厚生年金の受給額に反映される幅には限界があります。日本年金機構の規定によれば、厚生年金額の算出基礎となる「平均標準報酬額」は、加入期間全体の報酬を平均して計算するためです。

50代で年収1,500万円に達しても、20代から40代までの約30年間に及ぶ低賃金期間が平均値を押し下げます。さらに標準報酬月額には上限(現在は65万円)が設定されており、それを超える高額報酬は将来の年金額に直結しません。

例えば同じ男性正社員で、20歳から60歳まで「大企業」で働いた人と「中小企業」で働いた人を比較してみましょう。生涯賃金の差は1億2,000万円以上にのぼり、1年あたり300万円の差が生じます。一方で、年金の差は月4.8万円程度。1年あたりでも60万円弱の差にとどまります(※厚生労働省『賃金構造基本統計調査』等より算出)。現役時代の給与差ほど、年金受給額に差は生じないのです。

また、退職後の住民税や国民健康保険料、介護保険料は前年の所得を基礎として算定されます。現役最後の年収が高かった斎藤さんのようなケースでは、受給開始直後の負担が非常に重くなります。「収入は激減したのに、税金や保険料が高い」という事態に直面するわけです。

内閣府の調査によれば、日本では「経済的な心配がある」と回答した高齢者が約6割にのぼり、他国と比較しても老後の不安を抱える割合が高い傾向にあります。

斎藤さんのように生活水準を維持したまま資産を切り崩せば、数年で底を突くのは自明です。「一度上げた生活は落とせない」という言葉通り、過去の成功体験が家計の修正を阻み、老後破綻を加速させる要因となります。

このような状況を避けるには、現役時代の収入ではなく「年金額を基準にした生活設計」へと発想を切り替えることが重要です。住居費や車両費などの固定費を中心に、段階的に水準を調整していくことが現実的な対策となります。老後の安定は収入の多さではなく、「どの水準で暮らすことを選択するか」に左右されるといえるでしょう。