【馬淵史郎 我が道30】あと3年 監督としての集大成でもう一度全国制覇を
高校野球の7回制導入に賛成、反対の意見がぶつかり合っている。「絶対反対」「9回戦ってこその野球だ」という主張には、昭和の時代から野球に打ち込んできた者として共感する部分は多い。一方で暑さ対策、高校生の健康対策を優先すべきという声も無視はできない。
時代に応じて高校野球は変化してきた。33年(昭8)の中京商と明石中は延長25回を戦い抜いた。69年(昭44)の松山商と三沢の延長18回引き分け再試合は、中学時代に興奮しながら見ていた名勝負だ。延長戦の制度は変遷を経て、延長10回からタイブレークという形に至っている。そして現在行われている選抜大会からはDH制も導入された。次は7回制が焦点だ。
高校野球には可変と不変のものがあると思っている。甲子園を目指して、青春を懸けて、厳しい練習に取り組む。それを学校や地域の人たちが応援する。その姿が不変のものでなければいけない。7回制も野球というスポーツの根幹に関わる。9回を戦うから、多くのドラマを生んできた。現状では「7回制は最終手段。他にやるべき改善点はある」というのが、私の考えだ。
選手の負担軽減のため、試合時間を短縮し、出場機会を減らさないように考えたい。DH制も投手だけと制限せず、他の選手に適用することを考えてもいい。高校生の投手では打力もいい例は多い。現にソフトボールのDH制は野手でもOKだ。臨時代走など高校野球特別ルールがあるのだから、一考に値するはず。また時間短縮では、選手交代などを監督が直接、審判に伝えることを認めていいのではないか。伝令役の選手を仲介して、結構ムダな時間を使っている。高野連を中心に現場の声、ファンの意見も集約しながら、世界の見本になる日本野球のスタイルをつくってほしい。7回制論議より野球の魅力を広げ、競技人口を減らさない努力をすることが急務だと思う。
私も昨年11月で70歳になった。多くのOBや各地の指導者に、古希を祝っていただいた。自分の中では「あと3年、監督として身を賭して取り組む」とこれからの野球人生を考えている。これからの3年間で、自分の監督としての集大成となるチームづくりに取り組み、もう一度、全国制覇を果たす。それが夢だ。
これからも選手たちと暑い日も寒い日も一緒になって白球に向かっていく。今回の選抜出場は果たせなかったが、明徳義塾は夏に向けて準備をしている。同時に野球の底辺拡大は自分にとっても大きなテーマだ。今年1月にも練習場を開放して、少年野球教室を行った。できることから、一つずつやっていきたい。
高知の山奥のグラウンドでは今日も選手たちが汗を流している。野球というのはある日突然うまくなる瞬間がある。これからも、そうした瞬間に数多く立ち会っていきたい。(構成=鈴木 光)
◇馬淵 史郎(まぶち・しろう)1955年(昭30)11月28日生まれ、愛媛県八幡浜市出身の70歳。三瓶高―拓大。83年に社会人の阿部企業で監督に就任、86年に都市対抗初出場、日本選手権で準優勝。90年から明徳義塾の監督に就任、02年夏の甲子園で優勝。監督として甲子園通算39回出場(春17回、夏22回)は歴代1位。甲子園55勝は歴代4位。23年には日本代表監督としてU―18W杯優勝を果たした。

