(写真:Buddhika Weerasinghe/Bloomberg)

総選挙において、日本経済の衰退という本当に重要な経済問題は、論議の対象にならなかった。この背後にある政策の貧困こそが、日本の経済を30年間にわたって弱めてきた基本的な原因だ。昨今の経済現象を鮮やかに斬り、矛盾を指摘し、人々が信じて疑わない「通説」を粉砕する──。野口悠紀雄氏による連載第132回。

総選挙で論議されなかったこと

衆議院選で、経済問題についてさまざまな論議が行われた。

自民党は地方創成プランを掲げた。野党からは、消費税の減税や見直しに関する提案が出された。また、さまざまな給付金などの提案があった。

ただし、日本経済を長期的な観点で捉え、現在の衰退過程を変える政策は何か、といった議論はほとんどまったく行われなかった。

そもそも、日本経済が長期的な衰退過程にあり、このまま放置すれば、将来に大きな問題が生じるということさえ、論議の対象にはならなかった。日本経済に関する最も重要な問題が、総選挙では議論の対象にならなかったということになる。

言うまでもないことであるが、これは今回の選挙の特殊事情ではない。どの選挙においても似たような状況であった。そして、選挙においての問題だけでなく、実際の政策で行われるのが人気取りのバラマキ政策ばかりであり、日本経済を強くするための政策がなおざりにされることの反映である。こうした「政策の貧困」が、日本の経済を衰退させてきたのだ。

選挙で経済の長期的問題が論議されないのは、そもそも、日本経済の劣化がどれほど重大で深刻な問題であるかが、理解されていないからではないだろうか?

そこで、日本経済の長期的な動向を理解するために、図表に、ここでは、1人当たりGDPの日米比の長期的な推移を示そう。これを見ると、日本経済の長期的な衰退が明らかだ。

このグラフは、1990年代以降に、日本経済が長期的衰退に陥ったことを示している。そして他方において、1980年代には不調に陥っていたアメリカ経済が、その後IT革命という新しい技術を生み出したことによって力強い成長を続けたことを、雄弁に物語っている。


アメリカと比べて5割も豊かだった日本

1980年代の後半には、日本の1人当たりGDPは、実にアメリカの1.5倍になっていた。これは、「ジャパン・アズ・ナンバーワン」と言われていた時代のことだ。だが、2023年における日本の1人当たりGDPは、アメリカの約7割程度でしかない。

いまとなっては、日本がアメリカより豊かであり、しかも5割も豊かであった時代があったことが信じられない。しかし、このような時代は、実際にあったのである。

その後、中国の工業化とIT革命という世界経済の大きな変化によって、日本の相対的優位性が崩され、日本とアメリカの1人当たりGDPの比率は低下した。

それでも、2000年における値は1を超えていた。2000年は、沖縄でサミットが行われた年だ。日本は、この時、参加国中で最も豊かな国だったのである。

ところが、2023年に広島で行われたサミットにおいては、日本の1人当たりGDPは参加国中で最低になってしまった。この20数年の間に、極めて大きな変化があったのだ。

しかも、日本の地位の低下は、その後も止まらずに続いている。この状況が続けば、未来の日本は、さまざまな面において、大きな困難に直面せざるをえないだろう。

1980年代に「ジャパン・アズ・ナンバーワン」と称された日本が、その後、世界における地位を下げたのは、1980年代、1990年代に生じた大きな世界経済の構造変化による。なかでも重要なのは、中国が工業化に成功したことだ。そして、情報関連技術において、IT革命と呼ばれる大きな変化が生じたことだ。

このいずれに対しても、日本は適切に対応することができなかった。それに加えて、政府の政策や企業が対応を誤ったのだ。

つまり、やりようによっては、中国工業化やIT革命に対して、対応が可能だったはずなのである。それだけでなく、こうした条件変化を利用して、新しい経済成長を実現することができたはずだ。

そうした対応に実際に成功した国・地域を、いくつも挙げることができる。アジアにおいては、韓国、台湾、香港、シンガポールがその例だ。

これらの国・地域は、1990年代頃には1人当たりGDPで日本とは比較にならないほど低かった。しかし、いまでは日本よりも高い。香港、シンガポールは世界のトップクラスになっており、日本はとても追いつかない。韓国や台湾も、最近時点で日本を抜いた。

これらの国・地域に共通しているのは、新しい技術やビジネスモデルを導入して、新しい経済活動を展開していることである。これがとくに顕著なのが台湾だ。半導体の受託製造会社TSMCの躍進ぶりは、よく知られている。

アベノミクスが日本の劣化を加速した

それに対して、日本の地位は、この間に低下を続けた。新しい技術も、革新的なビジネスモデルも現れなかった。

こうなってしまったのは、円安金融緩和といった目先の政策に終始して、新しい技術の開発やビジネスモデルの導入、あるいは人材の育成といった問題をなおざりにしたからだ。

本稿の最初で、経済問題に対する最も重要な論点が、総選挙で議論されなかったと述べた。これは選挙においてだけの問題ではない。実際の政策面においても、最も重要な政策がなおざりにされ、円安や低金利などの政策が続けられたからだ。

図表1で注意すべきは、アベノミクスが導入されても、日本の劣化は止まらなかったことだ。むしろ、最近の数年間では、日本の低下がより顕著になっている。つまり、アベノミクスは、日本の劣化を加速したのだ。

アベノミクスは大規模金融緩和を中心とした政策であったが、それが日本を再生させることなく、かえって衰退を加速したことに注意が必要である。

新技術の開発や人材の能力向上といった課題は無視し、ひたすら安い金利で資金を利用可能とし、かつ円安を追求した。それに応じて、日本経済が衰退していったのは、必然であった。

アベノミクス見直しを見送った石破首相

したがって、本来であれば、今回の総選挙においても、アベノミクスの見直しが主要な争点になってしかるべきだった。実際、石破首相は、かねてアベノミクスの再点検が必要だとしていた。しかし、総選挙ではこの問題を封印してしまった。

また、不思議なことに、野党からも、この点についての突っ込んだ議論はなされなかった。

金融正常化とは金利を引き上げることであり、それは金利負担を重くすることであり、借入人の負担を重くするから望ましくないという考えが支配的だからだ。

実は、低い金利を続けることこそが、日本経済にとっての大きな問題なのだ。しかし、そうした議論はまったく行われなかった。つまり、日本経済にとっての最も重要な論点が、今回の総選挙においては論議されなかったことになる。

事態はすでに深刻なレベルにまで達している。それにもかかわらず、政治は、この問題から目をそらしている。国民も目を覚まさない。この状態を打破するには、いったいどうしたらいいのだろうか?


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(野口 悠紀雄 : 一橋大学名誉教授)