アルツハイマー病の夫と付き添う妻の「閉塞した毎日」を打ち破った「思わぬ転機」とは

写真拡大 (全4枚)

「漢字が書けなくなる」、「数分前の約束も学生時代の思い出も忘れる」...アルツハイマー病とその症状は、今や誰にでも起こりうることであり、決して他人事と断じることはできない。それでも、まさか「脳外科医が若くしてアルツハイマー病に侵される」という皮肉が許されるのだろうか。

だが、そんな過酷な「運命」に見舞われながらも、悩み、向き合い、望みを見つけたのが東大教授・若井晋とその妻・克子だ。失意のなか東大を辞し、沖縄移住などを経て立ち直るまでを記した『東大教授、若年性アルツハイマーになる』(若井克子著)より、二人の旅路を抜粋してお届けしよう。

『東大教授、若年性アルツハイマーになる』連載第27回

『「自分のありようが白日のもとにさらされた」…アルツハイマー病に侵された夫が初めて妻に明かした「心の内」』より続く

講演行脚の日々と、気づかされたこと

人々の中へ行き  Go to the people

人々の中に住み  Live among them

人々を愛し     Love them

人々から学びなさい     Learn from them

人々が知っていることから始め   Start with what they know

人々が持っているものの上に築くのだ     Build on what they have

社会教育運動家として知られた中国人・晏陽初の詩「Go to the people」の一節です。

戦後、中国共産党と異なる道を選んだ晏は、おもな活動の場をフィリピンに移すことになりましたが、キリスト者として最後まで後進地域の発展に尽くし続けた人でした。「Go to the people」はJCMAの「座右の銘」ともいえる詩で、晋も大切にしていたのをよく覚えています。

アルツハイマー病と診断され、晋も私も「人々の中へ行く」ことにはすっかり臆病になっていました。ふたりだけの時間が増え、正直に言えば、気づまりな日々が続いていたのです。笑うことすら忘れていました。ですが札幌での経験は、「Go to the people」へと、私たちの背中を後押ししてくれたような気がします。

「また外国に行ってみたい」

札幌滞在後、私たちは東南アジアのタイを旅行しました。タイは、教授時代の晋がトランジットなどでよく訪れた国です。懐かしい場所を訪ねることで脳が刺激され、認知症の「回想療法」になる、と内科医の高橋貴美子さんに勧められたのですが、それまで無気力だった晋が、

「また外国に行ってみたい」

と言い出したのは何よりも嬉しく、思い切りました。

もし、これからも旅をするのであれば、交通の便は沖縄より栃木のほうがいい。

「冬の栃木は寒いから、春になったら帰ろう」

そう申し合わせて上田先生の了解も得、2008年4月1日、私たちは飛行機で沖縄を後にしました。

思わぬ転機

タイへの旅行後、転機は思わぬところからやってきます。医学書院が発行している「医学界新聞」から、インタビューの依頼が舞い込んだのです。

私たちがJCMAの催しで浦河町(北海道)へ行ったことはすでに書きましたが、その分科会の会場となったのが「ベてるの家」という福祉施設でした。その「べてるの家」の理事・向谷地生良さんから「医学界新聞」編集部に紹介があったそうです。

以前ならインタビューなど断っていたかもしれませんが、そのときの私たちに迷いはありません。すぐに引き受けました。

『「アルツハイマーという病気の認識が、がらりと変わった」…読者を驚嘆させたインタビューで認知症の東大教授が語った「深い話」』へ続く

「アルツハイマーという病気の認識が、がらりと変わった」…読者を驚嘆させたインタビューで認知症の東大教授が語った「深い話」