どの業種・都道府県で賃金が上がっているのか…データが明らかにする「日本経済の実態」

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この国にはとにかく人が足りない!個人と企業はどう生きるか?人口減少経済は一体どこへ向かうのか?

なぜ給料は上がり始めたのか、経済低迷の意外な主因、人件費高騰がインフレを引き起こす、人手不足の最先端をゆく地方の実態、医療・介護が最大の産業になる日、労働参加率は主要国で最高水準に、「失われた30年」からの大転換……

注目の新刊『ほんとうの日本経済 データが示す「これから起こること」』では、豊富なデータと取材から激変する日本経済の「大変化」と「未来」を読み解く――。

(*本記事は坂本貴志『ほんとうの日本経済 データが示す「これから起こること」』から抜粋・再編集したものです)

地方、中小企業、エッセンシャルワーカーから賃金上昇の動きが広がる

賃金上昇の動きはどういったところから広がっているのか。まず、業種別の賃金上昇率の比較をしてみよう。

図表1-20は各業種の時給(名目)水準について2013年から2023年の変化を算出したものである。

この10年で時給が最も増加した業界は飲食・宿泊業である。2013年の1201円から2023年には1489円と、10年間で24.0%増と上昇している。建設業(2163円→2623円、21.3%増)や卸・小売業(1948円→2271円、16.6%増)、運輸・郵便業(1984円→2263円、14.1%増)も堅調に増加している。

一方で、賃金上昇率が相対的に鈍い業種も存在している。教育・学習支援(3012円→3032円、0.7%増)、金融・保険(3185円→3391円、6.5%増)、医療・福祉(2172円→2335円、7.5%増)などである。この中でも特に医療・福祉は就業者数が多く、全体の賃金の趨勢に与える影響が大きいが、賃金の上昇率は相対的に鈍い水準にとどまっている。

続いて、都道府県単位で時給(名目)水準の推移をみたものが図表1-21になる。横軸が2013年時点の時給水準、縦軸が2013年から2023年にかけての時給水準の変化率を取っている。

これをみると、この10年間で最も時給が上がった都道府県は北海道だった。2013年の1804円から2023年には2151円まで上昇している。10年間の上昇率は19.2%。そのほか、岩手県(1720円→1981円、15.1%増)、大分県(1739円→2028円、16.6%増)、鹿児島県(1655円→1900円、14.8%増)、山形県(1773円→2036円、14.9%増)などもともとの時給水準が低かった都道府県が賃金の伸びが強い傾向にあることがわかる。

一方で、大都市圏では賃金上昇率は実はそれほど高くない。愛知県(2274円→2558円、12.5%増)は全国平均より上昇率が高いが、東京都(2808円→3091円、10.1%増)や大阪府(2318円→2576円、11.2%増)や神奈川県(2339円→2591円、10.8%増)などにおいてはそこまで伸びていない。

最後に、企業規模別に賃金上昇率を算出したグラフを紹介しよう(図表1-22)。

企業別に時給(名目)の変化を確認すれば、実は賃金上昇は中小規模の事業所から広がっていることがわかる。一般の労働者について、500人以上の事業所では10年間で時給は5.4%しか上昇していないが、5〜29人の事業所では12.2%増加している。また、雇用形態に着目すれば、パート労働者の時給は事業所の規模によらず大幅上昇している。

以上、賃金の動向をあらゆる角度から検証してきたが、これらの現象はなぜ生じているのだろうか。

もちろん最低賃金による外生的な影響もあるとみられるが、失業率が安定的に低位で推移していることも踏まえれば、本質的にはこういった業界や地方、中小規模の企業ほど人手不足が深刻だから賃金が上がっているのだと考えることができる。

地方や中小企業の経営者などからは、人口減少と少子高齢化に若者の都心流出が拍車をかけ、近年はとにかく人が採れないと話を聞くことが増えた。しかし、人が採れないという言葉の裏には異なる意味が隠されている。多くの経営者が言う人手不足とは、従来通りの賃金水準では人が採れなくなったという側面が強い。過去、報酬を引き上げないでも容易に人手を確保できた状況が長く続いてきたなか、賃金を上げなければ人が採れない現在の労働市場の構造は経営者に不都合な現実として立ちはだかっている。

市場メカニズムを前提とすれば、特定の地域や業種で人手不足が深刻化すれば、人員を確保するために、企業は否が応でも賃金を引き上げざるを得なくなる。実際に、地方の中小企業のほとんどは人員確保が事業継続の死活問題となっており、より良い労働条件を提示するための経営改革に迫られているのである。

賃金とは、本来はこうした労働市場のメカニズムの中で決定される変数である。人手不足で労働市場からの賃金上昇圧力が高まって初めて賃金が上昇するのだということを、これらのデータは明確に示している。深刻化する人手不足の陰で「人が安すぎた時代」は、少しずつではあるが着実に終焉に向かっている。

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