台湾に「経済的圧力」をかけた中国の大誤算…! じつはまったくの「逆効果」だったかもしれない…

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そもそもその成り立ちから現在も相容れることのない台湾と中国。中国は折りにつけ経済的手段によって他国に対して影響力を行使する、エコノミック・ステイトクラフトという手法を用いて、台湾をけん制している。台湾統一を常に掲げ、様々なエコノミック・ステイトクラフトを仕掛け続ける中国。しかし台湾は中国に屈することなく、戦略的不可欠性を自国に付与した。なかでも大きなものとして半導体ファウンドリービジネスモデルの成功があげられる。中国研究者でありインドの国立大学研究フェローの中川コージ氏は『日本が勝つための経済安全保障--エコノミック・インテリジェンス』(ワニブックス刊)にて「中台の経済戦」について詳しく解説している。本書より一部を抜粋して紹介する。

馬英九政権下で成長した台中経済関係

台湾は中国との間に「両岸関係」と言われる複雑な歴史的・政治的背景を持ちながら、他方では双方にルーツのある人たちも多いことから、経済的な結びつきと安全保障の間のバランスや、大陸との距離を取ることに注意を払わざるを得ません。

2008年に国民党の馬(ば)英九(えいきゅう)氏が台湾総統に就任すると、台中関係の深化が図られ、中国(大陸)からは観光客が多数、台湾を訪れるようになりました。また台湾からの対中投資、台湾企業の大陸進出も増加。2015年には台湾を訪れる中国人観光客が年間418万人に達するなど、馬英九政権下の8年間で、台中経済関係は成長しました。

台湾では中国への警戒感も高まる

もちろん、中国側には台湾を経済面から取り込み、政治的にも影響力を増そうという思惑も見え隠れしていました。

経済面から「台中関係」が緊密化していった一方、台湾では中国に対する警戒感も高まりました。

馬英九総統就任直後には、台中首脳会談に反対するデモへの過剰な取り締まりに反発した学生たちがのちに「野いちご運動」と呼ばれた座り込み行動を取り、2014年には中国との間で締結が進められていた「サービス貿易協定」への反対から、学生たちがのちに「ひまわり運動」と呼ばれる立法院議場の占拠を行い、馬英九総統の支持率は低下。台湾の学生たちに対し、日本からも支援物資が送られるなど大きな話題となりました。

その後、2016年の総統選挙に「独立派」とも言われる民進党の蔡(さい)英文(えいぶん)が立候補し、総統に選出されると、中国側は台湾への観光客を制限し、台湾に圧力をかける手段に出ました。これは「観光」という経済的圧力をかけることによって、台湾の政治・外交姿勢に変化をもたらそうとするエコノミック・ステイトクラフトの実例です。

「水道の蛇口」のように自由自在に操るも……

中国側の観光客の出し入れは自由自在で「水道の蛇口」にも例えられるほどです。中国当局の意図によって、多くの観光客を送ったり、あるいは急に止めたりすることで、中国の経済的影響力の大きさを操作しようとしてきました。

実際、台湾への中国人観光客数は2016年以降、最盛期の3分の2まで減少。しかし、これによって台湾の世論が「中国に融和的でなければ経済が立ち行かない」という方向へ変わることはなく、中国の「攻勢」によって政治的目的を達成することは難しかったといえます。

その理由として、台湾政府の施策が挙げられます。中国以外の国から観光客の受け入れを増やし、中国人観光客の減少によって被る損失をカバーしようと模索しました。

もう一つは、中国側から中国人観光客を送り出す国営系の旅行会社から、受け入れる側の台湾の旅行会社への「観光客受け入れ要請」が強硬すぎたために、地元の旅行業者の反発を招き、「それなら別の国からの観光客を増やした方がいい」と、中国以外を対象にした観光政策を促進することになったためです。

また2020年の総統選挙では直前の香港デモが台湾世論に大きな影響を与え、蔡英文が再度、総統に選出されることになりました。これは2019年から2020年にかけて起きた香港での反中デモとそれに対する強権的な取り締まりが、台湾にも影響を及ぼし、対中融和ではなく対中強硬政策を打ち出す蔡英文が支持される結果につながりました。

また2024年1月に行われた総統選挙では、中国側がやはり独立派とみなす民進党の頼(らい)清徳(せいとく)が当選し、台湾は今後もアメリカや日本との連携を深めていくものとみられます。

台湾産パイナップルの禁輸

中国は台湾に対して様々なエコノミック・ステイトクラフトを仕掛けていますが、常に中国の思うような影響を及ぼせているわけではありません。中国は2021年3月、台湾産のパイナップル禁輸を通達。「害虫対策」の名目でしたが、実際には蔡英文政権への揺さぶりではないかとみられました。

そこで台湾は日本に向けて、蔡英文自らSNSで「中国が台湾のパイナップルの輸入を禁じました! 日本の皆さん、台湾パイナップルを買ってください」とアピール。日本が大量に輸入したことで、中国の「エコノミック・ステイトクラフト」は失敗に終わりました。このように、中国の対台外交はむしろ台湾の対中警戒感を一層高め、さらには国際社会からの台湾への同情や支援を集める結果になるなど、逆効果になったともいえます。

ただし、中国側としては、一つひとつの威圧的アクションが短期的にうまくいかなかったとしても、国際社会に向けて「台湾でのビジネスは、安全保障上も、経済安全保障上もリスクが高い」と喧伝するという成果を得ているとはいえます。

リスク回避を念頭に、台湾との貿易や台湾への直接投資が減り、台湾産業経済が長期的に没落すれば、台湾社会が中国との経済関係深化を求めるだろうと計算しています。

実際に、2024年台湾総統選と同時に行われた立法院選挙では、民進党と相対的に比較すれば、中国との経済連携再深化を主張する国民党が第一党のポジションを得ました。

台湾は半導体を武器に「戦略的不可欠性」を実現する

また、台湾の半導体ファウンドリービジネスモデルは、国策が後押しした成功例として注目されました。台湾は1970年代の国策によって生まれた半導体企業TSMCを擁し、日米が経済安全保障で戦略的物資の確保に走る中で、その存在感を増しています。今や米国も中国もTSMCなくしては自国の半導体供給が滞るのです。

これは、自民党「提言」の中で日本が目指すべきとしている「戦略的不可欠性」、つまり「その国がなければ世界が立ち行かない」を体現するものであり、それによって米国の対台湾積極的関与を引き出し、間接的に中国からの圧力を退けるパワーを得ています。

台湾の戦略的先見性が垣間見えるとともに、日本の「遅れ」を考えるうえでも、台湾の事例は参考になるでしょう。

ただしアメリカ共和党次期大統領候補のトランプが「台湾が半導体産業の100%をアメリカから奪った」などと発言し始めたことには注意が必要です。大統領選の結果によらず、アメリカ内での一部保守勢力による対台湾認識を示すものだからです。

続く記事【日本人の多くが誤解している「インド」という国…「親日」だけでは済まない「本質」】ではいま知っておくべきインドという国の実像について紹介しています。

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