5年連続ミシュラン三つ星。革新的料理人「祇園さゝ木」主人が習慣にしている新米の食べ方

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『ミシュランガイド京都・大阪』が初めて発行された2009年から二つ星、2020年には三つ星を獲得、5年連続更新中。予約困難店としても有名な「祇園さゝ木」の主人、佐々木浩さん。

祖父、父も料理人という環境で育ち、いま、和食という枠を超えて、革新的な料理を作り続ける佐々木さんが、『京料理の革命 孤高の料理人』という本を上梓した。

なぜ、料理の道に入ったのか。料理人としてここまで歩んできた道には、どんな出来事と経験があったのか。

幸運だったこと、窮地に立たされたこと、誇らしかったこと、悔しかったこと、ツラかったこと。

料理とは何か。 おいしさとはどういうことか。

何のために毎朝早くから市場に行き、食材を吟味し、献立を考えて、下拵えをして、食材とお客さんに向き合うのか。

料理人として毎日考え続けていることをできるだけ正直に伝えたい、との思いがこもったこの一冊から、家庭で応用できる調理法、食材の話を中心に抜粋して3回連続でお届けする。

第1回は、旬の新米と秋の魚の話から。

新米の底力

つやつや、ぴかぴかの新米は、水気が多いから、水を少なめに炊きましょう。そんなふうにアドバイスされたことがあると思います。

それはまちがっていませんが、ぼくは新米が届いて三週間は、あえてふだんの水加減で炊きます。炊きたてはべちゃっとしますが、口にほおばると、その甘いこと、おいしいことといったら。

一年に一回しか食べられないべちゃめしです。食べられるのは、いましかない。

新米は炊き込みご飯にはしません。あえて素顔のまま。なぜかって、それだけおいしいからです。べちゃっとしたごはんが苦手というひともいますが、カゼをひいて体調がすぐれないときに食べる白粥は、ほんのりと甘くておいしいでしょう? それと同じ。

白いごはんに合わせるのは、だし巻き卵、たらこ、牛蒡のきんぴらなど四、五品。

長皿に少しずつ盛りつけて、新米と一緒にだすと、

「旅館の朝ごはんみたいやな」

とお客さんに言われますが、それがいいんですよ。

うちの店で扱う米は、ぼくが住んでいる滋賀県蒲生郡日野町でツレが自家用に栽培しているものです。品種はキヌヒカリ。粒は大きめで土鍋で炊いてもすし飯にしてもおいしい。

どこのブランド米にも負けてないと思います。

このツレが栽培する米は、三週間かけて天日で干してから、うちの店にとどきます。

竹で組んだところに束にした稲穂を逆さに吊るして約一週間干し、脱穀した米を筵(むしろ)のうえに並べて二週間干します。一日に三回は均等になるように天地を返し、夕方になったら夜露がかからないように取り入れ、朝になったら並べる。こうして手塩にかけるので、よそよりも少し遅くなりますが、待つ甲斐があります。

ぼくが新米と一緒に食べたいのは、鮪の漬け。

シンプルな海苔の佃煮もうまいなぁ、と思います。一年のうちにわずか三週間だけ。新米の底力をしみじみと感じます。

お天道さんとツレに感謝して、いただきます。

秋刀魚と炭火

ここ三年ぐらい、ほんまに凄いな、これはええな、という秋刀魚に出逢えていません。

というのは、秋刀魚はしばらく不漁がつづき、庶民の味方ではなくなってきました。

八月下旬の初値が三千円から四千円もする秋刀魚を、いまや外道魚の扱いは、で

きなくなりました。

昨年の秋に、身がよく肥えて大きな秋刀魚が買えたのは、わずか四回。秋刀魚が大好きなぼくとしては、なんとかよい秋刀魚を仕入れたいと、手を尽くしました。長袖のシャツを着て、上着を羽織る季節になると、秋刀魚が恋しくなります。

うちの店で、秋刀魚を熾した炭火で焼いて、骨を丁寧に外して、炊きたてのご飯にたっぷりの大根おろし、すだちをきゅっと搾って、さっくりあえた秋刀魚ごはんを出しますが、秋そのものだと思います。

この秋刀魚ごはんは家庭でもつくっていただけます。秋刀魚ごはんがさっぱりした味なら、パンチがあるのは秋刀魚チャーハン。こちらもお客さんに好評です。

天然の魚の漁獲量は三割、四割減とささやかれています。気候変動、海の水温上昇など、海の問題は深刻で、待ったなしの状態です。

日本はリアス式海岸が多く、海藻が豊富な海でした。だから、魚が産卵にやってくるので、魚が豊富にとれたのです。しかし、いま、昆布やわかめが減ってしまい、魚たちも離れて行ってしまいました。

「そんなこと、わたしには関係ない」と自分ごとにできない大人がたくさんいるかと思います。秋の台所の風物詩、秋刀魚をみて、「これはあかん、大変なことが起きている」と、うっすらでも思ったら、ペットボトルを棄てないとか、エアコンの設定温度を気をつけるなど、できることをやっていけたらと、思います。

秋刀魚の話が、ややこしい話になってしまってすんまへん。ぼくら料理人も、真剣に向き合っていかないといけないと心に留めています。一般の方々にも、海の危機を知ってもらえるように、講演会なども企画しているところです。

さて、ことしの秋は秋刀魚はどうなるか。まるまると太って、脂がのった秋刀魚に出会いたいな、と切に願っております。

川を下る秋鰻

鰻の旬はいつかご存知ですか。

土用の丑の日に鰻を食べるのが、年中行事になっていますが、じつは鰻がいちばんおいしいのは、秋。それも秋が深まるころです。

それはなぜか。天然の鰻は、春から夏にかけて川を遡上します。これが上り鰻といいますが、上流に向かって泳ぐと、ごつごつした岩や石、川底に皮がこすれて、どんどん分厚くなります。たとえはよくないですが、ゴムホースのような皮になり、食べてもおいしく感じないでしょう。

ひるがえって、秋の鰻は上流から下流へと川を下ります。下りは川の流れに身をまかせて、するすると泳げるので皮もごつくならない。身はふっくらとして、皮はやわらかくて薄い。だから、秋鰻がおいしいのです。

いまでこそ、夏土用の丑には、鰻がなくてはならない養生食ですが、江戸時代には夏の暑い日には、〈黒くて長いものを食べると、夏を越せる〉と、言い伝えがありました。

庶民は黒くて長いかりんとうを食べて、上様たちは鰻を食べるようになったと聞きます。とはいえ、当時は鰻を割いたり、串打ちして焼く技術もなく、筒状にぶつがま切りした鰻を串刺しにして焼いたとか。その姿が、夏草の蒲(がま)に似ていることから、「蒲(がま)焼き」と呼ばれるようになり、蒲(かば)焼きと呼ばれるようになったそうです。

鰻には、駆けだしのころの、想い出があります。

高校を卒業して初めて修業させてもらったのが、「臨湖庵」という料理旅館でした。ぼくたち見習いは八畳一間に六人が雑魚寝。それでも、まったくツラいとかし んどいとか思わなかったのは、なんとかして、親方に認めてもらおう、誰よりもうまいもんがつくれる料理人になろうと、前しか向いていなかったから。

同期で入店した子と、目覚まし時計をかけておいて、夜明け前に起きました。大根をむいてお造りに添える「けん」を用意するふりをしながら、こっそり鰻を捌(さば)く練習をしていたのです。

まだ、新入りで下働きの身。「自主練」で開いた鰻の山は、たれをつけて焼いて、鰻ごはんにして腹におさめました。証拠を隠滅するために。

そして、きれいに開けた鰻だけ、親方の目に留まるようにさりげなく置いておき、「これ、誰が捌いたんや?」と聞かれたら、「それ、ぼくです」と名乗りました。

さて、時間を戻して、天然もんの秋鰻が手に入ったときは、〆のごはんに鰻のまむしを出すことがあります。

京料理の割烹で鰻? じつは祇園さゝ木の名物のひとつなのです。

〈鰻のたれは、甘めで濃いめ。焼きはしっかり〉と、子どものころから、料理人だった祖父から聞かされていました。おじいちゃんの教えは守っています。

つぎ足し、つぎ足して二十五年になります。それがお客さんに大好評で、昨年の暮れの建仁寺の大茶会でも、鰻のまむし丼を用意したところ、喜んでいただけました。

東京のとある鰻の老舗では、土用の丑の日は休業されるそうですが、真夏よりも、

脂がぐんとのって薄皮の秋冬の天然鰻を一度、食べてほしいです。

西の鯖は酢で〆、東の鯖は煮る

秋刀魚とならんで、鯖も秋が旬と思われていますが、脂がしっかりとのってくるのは、十二月末から一月にかけてになります。

ぼくが丁稚時代の親方は、魚のことをほんとうによくご存じでした。小噺か標語みたいに、

〈西の鯖は酢で〆て、東の鯖は煮炊きに〉

いつも、そうくり返していました。つまり、関西、九州、瀬戸内など、西日本で

とれる鯖は、塩を打ってから酢に漬けて〆たらおいしいというのです。

東でとれる鯖は、脂が強いから酢で〆てもおいしくないが、煮物にしたらうまいんや、と。脂の質がちがうんですよ。

自分が煮方になり、店を任されるようになって、親方の鯖語録が、正しいことを知りました。関西人は、しめ鯖を「きずし」と呼んで、〆た鯖を好みます。関東人は鯖の味噌煮を好まれるひとが多いようです。

冬になって脂がのった鯖を使いますが、対馬あたりか、韓国の済州島近海でとれる鯖がぼくはうまいと思います。酢で〆た鯖は、酸味がうまみを上手に誘いだして、鯖の味が濃く長く余韻がつづきます。

酢〆した鯖を棒すしにするのも、祇園さゝ木を始めたときからおなじみです。冷凍しておいて、「もう少しなにか食べたい」と思うお客さんに追加でお出しすることもあります。京都のひとは、鯖ずしが好きで、喜んでもらえます。

昨夏、リニューアルオープンしたときに、ガレージだったスペースに、特製じゃこ山椒や焼き菓子、黄身酢などを販売する直営ショップをつくりました。いい鯖が入荷したときは、棒ずしにして、ショップで限定販売することもあります。

●第2回「5年連続ミシュラン三つ星。予約の取れない「祇園さゝ木」主人が、愛してやまない秋冬の根菜」では、「これからがおいしい野菜の話」をお届けします。

5年連続ミシュラン三つ星。予約の取れない「祇園さゝ木」主人が、愛してやまない秋冬の根菜