週刊読売1959年4月19日号の特集ページ。美智子さまはローブデコルテ姿

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[美智子さまの装い]<5>

 上皇さまと上皇后美智子さまのご結婚は1959年4月10日。

 前年11月に皇太子さまと正田美智子さんのご婚約が正式決定してから国民が心待ちにしていた4月10日の朝だった。

 平安装束での「結婚の儀」のあと、洋装に着替えて臨まれた「朝見の儀」を終え、階段口に出てこられた皇太子さまと美智子さまの姿が「週刊読売」4月19日号に掲載されている。美智子さまが着用されたドレスは女性の正礼装「ローブデコルテ」。当時の白黒写真からでも、白い生地の輝きと織りの緻密(ちみつ)さが伝わってくる。

 このローブデコルテの生地は、西陣織の老舗「龍村(たつむら)美術織物」(京都市)によるもの。制作は、仏のファッションブランド「クリスチャン・ディオール」だ。

 戦後、国は経済復興のため生糸や絹織物の輸出を奨励し、同ブランドには様々な生地見本が届けられた。創業者の世界的デザイナー、クリスチャン・ディオール氏(1905〜57年)が龍村美術織物の生地に目を留めて、53年頃から新作に用いるなどしていた。

 そんなある日、龍村美術織物に百貨店経由で「さるお方のご婚礼用に」と依頼があった。詳細は知らされぬままに、しめ縄を飾り、厳かな雰囲気の下、複数の意匠の案を慎重に検討。不死鳥と呼ばれる鳳凰(ほうおう)に、めでたい兆しとして出現する雲「瑞雲(ずいうん)吉祥」を組み合わせることになった。名付けて「明暉瑞鳥錦(めいきずいちょうにしき)」だ。

 意匠が決まり、乳白色の生地に織り出す際には、薄い金の板を糸に巻き付けた「モール金糸」を使った。独特の風合いで、今ではこの糸を作る技術を持った職人はほとんどいない。やわらかな金色に輝き、織り模様を立体的に見せた。

 この生地をディオール氏の後継デザイナーとなったイブ・サンローラン氏(1936〜2008年)がドレスに仕立てた。同社の職人、岩間利夫さん(90)はご結婚のパレードをテレビで見たが、自分たちの絹織物だとは思わなかったという。それでも、皇太子さまと美智子さまのご結婚には同世代ならではの親しみを感じ「触発されて翌年結婚しました」と、ほほ笑む。

 明暉瑞鳥錦は同社にとって特別な意匠だ。他の顧客に使用することはない。ただ、皇后となられた美智子さまのご意向でその後2回だけ制作した。90年に秋篠宮さまと結婚された紀子さまのための生地は、同じ意匠が金色から銀色へグラデーションになっている。93年に皇太子妃となられた雅子さまのために織りあげた生地は、同じ意匠を描く金糸の濃淡に差をつけて、色調を変化させたものだ。

 5代「龍村平蔵」を今年9月に襲名した同社社長の龍村育(いく)さん(51)は、明暉瑞鳥錦の制作を「難しい技術に職人が挑戦し、経験を次の世代へ継承することにもつながります」と語る。

 受け継ぐ者も少なくなった日本の伝統技術を今に伝え、次の世代へと伝えていく。美智子さまの装いにはそのような意味も込められているようだ。(おわり。この連載は福島憲佑が担当しました)

 ◆ローブデコルテ=襟ぐりを大きく開け、肩や背を露出させた袖なしのイブニングドレス。女性の正礼装とされ、旧総理府が1964年に告示した規定では、勲章を着用する際の服装を男性はえんび服、女性はローブデコルテもしくは長袖のローブモンタントなどと定めている。