宇都宮で開催された「移住婚バスツアー」でのカップル成立の瞬間。中央は、ガイドを務めた、地方創生・結婚応援事業アドバイザーの荒木直美さん(画像:宇都宮ブランディングアライアンス提供)

今年8月、政府は、東京23区に在住もしくは通勤する未婚女性が結婚のために地方へ移住する場合、自治体から60万円の支援金を出すという制度を検討していると発表しました。

もともと2019年度から、地方移住への支援金制度は始まっていました。

東京23区に在住もしくは東京圏(東京都、神奈川県、埼玉県、千葉県)から23区内に通勤する人を対象に、地方に移住して起業や就業する場合、男女問わず単身者であれば最大60万円を支援しています。2023年度までに約1万6000人に支給されたといいます。

しかし、今回は「未婚女性」に限定した制度ということで、「差別だ」と批判が殺到したのです。発表から3日ほどで撤回される事態となりました。

地方は女性のほうが流出している

なぜ“移住婚”の支援が必要とされたのでしょうか。その理由を「地方では“男性余り”が深刻」だからだと話すのは、50以上の地方自治体と連携してきた実績がある、地方創生・結婚応援事業アドバイザーの荒木直美さんです。

「進学や就職のタイミングで故郷を離れて都会に出てくる若者はたくさんいます。そして多くの都道府県で、女性のほうが男性より多く流出する傾向にあるんです。特に北関東、東北、北海道は男性余りが顕著だと言われています。

独身男性より独身女性が圧倒的に少なければ、その土地の婚姻数を増やせません。移住婚支援は、就職や進学で地方を離れた女性を対象にして、結婚のタイミングでUターンも検討してもらおうというものでしょう」

実際に、内閣府男女共同参画局の調査によると、もう10年以上、10代〜20代の女性の転出超過数の割合が、同年代の男性の割合よりも高い状態が続いているといいます(令和5年度の報告)。

つまり今回の支援制度は、女性を優遇するためではなく、地方に住む独身男性のためでもあったということです。

荒木さんは昨年、宇都宮ブランディングアライアンス(宇都宮市と宇都宮商工会議所、一般社団法人宇都宮観光コンベンション協会の3団体によって、昨年度に設立)が主催する、首都圏在住の女性と宇都宮在住の男性を対象にした「移住婚バスツアー」のガイドを行いました。

女性からは定員を超える申し込みがあり、抽選になるほどだったそうです。参加者30人で8組のカップルが誕生しました。


大盛況だった宇都宮での「移住婚バスツアー」(画像:宇都宮ブランディングアライアンス提供)

東京から100km圏内の移住婚なら「あり」?

「興味深かったのは、企画に参加した女性は、埼玉県や首都圏に住む東北出身の女性が多く、東京出身・東京在住という女性はいなかった点です」(荒木さん)

筆者も山形県の出身なのでわかるのですが、宇都宮は東北新幹線が通っており帰省の途中で立ち寄れます。縁もゆかりもないわけではなく、故郷にも東京にも近い、利便性の高い街なのです。

宇都宮なら在来線を使っても日帰りで東京に行くことができます。職場がテレワーク可能なら、転職せず今の仕事を続けながら移住することができるでしょう。これは余談ですが、雪国出身の筆者からすると、雪かきが必要なほどの降雪がない街であることも重要な点だと思っています。

移住婚支援企画は、静岡や北関東といった、東京から100km圏内の場所だと女性参加者が集まりやすいといいます。地元にいては理想の未来が思い描けないと故郷を出てきたものの、東京での生活も疲れたという女性にとって、物理的にも心理的にも手頃な距離感なのではないでしょうか。

とはいえ、ここでカップルになっても、即恋人同士というわけではなく、まだ連絡先を交換しただけの関係性。恋愛関係に発展するまでには何度かデートを重ねなければなりません。

そういった意味でも、東京からそれほど遠くない距離の移住婚支援企画に参加したほうが、お相手と会いやすいでしょう。新幹線や飛行機を使って移動しなければならない距離の相手とは、結婚まで距離を縮めるのは難しいかもしれません。

宇都宮の企画では定員オーバーでしたが、やはり東京から距離のある地域での移住婚支援企画は、女性の集客に苦戦するケースも少なくありません。

女性に来てもらいたいと女性の参加費を無料にして、お土産も付けた企画をする自治体もありますが、そうなるとただのレジャー目的の女性しか申し込まなくなるというジレンマもあります。

移住婚の課題は「距離」以外にもある

一方で、相手の居住地にこだわらないという女性もいます。数年前に私の元へ相談にきた結花さん(仮名、30代半ば)は、マッチングアプリで知り合った東北地方で農家を営む博史さん(仮名、30代前半)に会うため、4時間かけて会いに行っていました。

結花さんは首都圏出身ですが、大学では農学を専攻しており、もともと農業に興味がありました。自然豊かな環境に憧れていて、農家との結婚もいいかもしれないと思っていました。

博史さんとマッチングしてから、アプリ上でのやり取りはとても盛り上がったといいます。彼の住む街にも興味が湧き、連休を使って会いに行ったときには博史さんも彼の両親も手厚くもてなしてくれました。

しかし「おや?」っと思うことも多かったそうです。

「あの家は娘が出戻りなんだ」「あの人はいい年してまだ独身」「近所の〇〇さんはお母さんが病気しがちで体が弱いんだ」などと他人の噂話が多かったといいます。彼らには他人のプライバシーに対する意識が高くないようなのです。

数日滞在して、これは博史さん個人の性格というよりも、そのコミュニティの文化や習慣の影響が大きいと気が付きました。

おまけに、「結婚したら子どもを産んでほしい。生活費は渡すから家のことは全部やってほしい」と、結花さんの気持ちや都合を無視した一方的な希望を聞かされたのです。

「30年前ぐらいの感覚で止まっているような意見に、今後、価値観の違いを乗り越えられるとは思えませんでした」(結花さん)

彼とはそれ以上、距離を縮めるのをやめました。

結花さんはその後、東京都出身で都内の会社に就職し、転勤で北関東の都市に住んでいる啓太さんとマッチングします。

啓太さんとは東京やお互いの中間地点でデートを重ね、半年後に入籍しました。博史さんに感じたような、結婚生活の障害になりそうな文化や習慣の違いを感じることはなかったそうです。

啓太さんも子どもを希望していたそうですが、ただ「産んでくれ」ではなく、「自分も育休を取得するし、出産にかかる費用も出すから子どもが欲しい」と、話し合う場を作ってくれました。

60万円で移住婚したい女性はいない

もちろん、地方の人だから古い価値観だったり、都会人だから女性に寄り添った考えを持っていたりするとは限りません。地方でも女性を尊重してくれる方はもちろんいるでしょう。

問題なのは、結婚を伴わなくても、安易な移住は失敗することが多いということ。目先の60万円だけで女性を釣るような方法で地方移住を推奨しても、はたしてうまくいくのか疑問です。大事なのは、結婚することよりも、その後の生活だからです。

結花さんも、前出の荒木さんも、「60万円目的で移住婚する女性はいない」と断言していました。

私もその点は共感します。そもそも60万円では、移住先への引っ越し代や新居を整える費用にもならないのではないでしょうか。

結花さんは現在、お子さんも生まれ、東京郊外で暮らしています。結婚と出産には60万円以上かかったそうです。

都会に住む女性でも、相手の居住地に強いこだわりはなく、広域でパートナーを探す方はいらっしゃいます。ですが、あえて移住婚をしたいという女性はほとんどいません。女性側に、相手に合わせて変わることを要求するのが移住婚だとしたら、制度があっても活用する人はほとんどいないのではないでしょうか。

地方では、故郷を離れる若者が男性よりも女性のほうが多いという事実。地方からなぜ女性が流出してしまうのか、その原因から目を背けるのではなく、抱える課題を突き詰めて変えていかないと、女性が集まるどころかさらなる流出を生んでしまうでしょう。

(菊乃 : 恋愛・婚活コンサルタント)