『角野隼斗×上野耕平 カプースチン・スペシャルナイト』(C)TSO

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1937年、ソ連時代のウクライナに生まれ、モスクワで学んだ作曲家で、独自のスタイルによる楽曲を数多く残した、ニコライ・カプースチン。その“スタイル”とは、ジャズとクラシックを融合させたもの。米ソが冷戦真っ只中にあった10代の頃、アメリカのラジオ放送で耳にしたジャズに関心を持って作曲をはじめ、1960年代以降、ジャズを中心にロックや現代音楽の感性も取り入れた曲を書くようになったという。

全てが譜面に書かれていながらジャズの要素を強く感じる特別な音楽は、クラシック奏者たちの好奇心を刺激し、近年、取り上げられる機会も増えてきた。特にカプースチン自身が優れたピアニストだったことから、ピアノのレパートリーとしての認知は広がりつつある。とはいえ、オーケストラとの公演でオール・カプースチン・プログラムというのは、作曲家の記念イヤーでもない限り滅多にない。

今回の『東京交響楽団 カプースチン・スペシャルナイト』が実現したのは、ピアノの角野隼斗、サクソフォンの上野耕平という、ジャンルレスに音楽を奏で、かつ彼らの提示するものなら聴いてみたいというファンを多く持つ人気演奏家の存在あってこそ、といえるだろう。

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関東に台風が接近する中で行われたこの日の公演。開演に先立ちステージに現れた角野と上野は、まず満員の聴衆に、「会場に辿り着いてくださってありがとうございます」と感謝を伝えた。そして、角野は東大ピアノの会の頃、上野は高校生の頃と、それぞれ学生時代のうちに出会ったカプースチンの思い出について語った。

コンサートの前半は、ソロと室内楽によるカプースチンの世界。角野のソロによる「8つの演奏会用エチュード」からの抜粋でスタートした。カプースチンならではの遊び心にあふれる第1番に始まり、シリアスでクールな第7番、起伏に富んでエモーショナルな第8番を、角野は楽しそうに弾き進める。

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上野率いるThe Rev Saxophone Quartetは、ピアノ曲の「24の前奏曲」より第12番、第9番、第17番のサクソフォン四重奏版を演奏。本来ピアノで弾かれる細やかに動くメロディを、優れたテクニックを持つ4人が鮮やかに奏す。呼吸を使う楽器ならではの音のあたたかさとふくよかさが、カプースチンの旋律とハーモニーの魅力を引き立てることに驚かされた。

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続いては、フルートの竹山愛(東響首席)、チェロの笹沼樹(東響客演首席)と角野による、「フルート、チェロとピアノのための三重奏曲」。柔らかく歌うフルート、あたたかく包み込むようなチェロ、澄んだ音色のピアノが音とリズムを重ねる。計算された美しさと、ジャズのスイング感が融合した楽曲で3人の呼吸がぴたりと合い、疾走感のある輝かしい音楽で閉じた。

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後半は、大井剛史指揮、東京交響楽団との共演による2曲のコンチェルト。

上野がソリストを務めたサクソフォン協奏曲では、オケ中のピアノを角野が担当。そのピアノの一撃と弦楽器の響きの上でサクソフォンがたっぷりと歌うはじまりは、とても幻想的。ドラムスなどの打楽器とコントラバスがジャズバンドの空気を醸し、そこに弦楽器セクションの抒情的な旋律、ときに伸びやかに歌い、機敏かつ繊細に唸るサクソフォンが流れ、スケールの大きな“シンフォニック・ジャズ”の魅力を存分に教えてくれた。

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ピアノ協奏曲第2番は、角野のピアノが時に音を混ぜ合わせ、時に前に出ながら、音楽を展開する。くっきりとしたみずみずしいピアノの音を響かせ、ビッグバンド風のオーケストラとともに、懐かしさと新しさが混ざり合うような世界、めくるめく移り変わるシーンを端正に描いた。急速な音楽が展開する終楽章では、角野が本領を発揮。軽やかに疾走するピアノにあわせて、大井がドラムスのスパイスを伴った巨大ながら機敏なオーケストラをぴたりとつけ、巧みな掛け合いを繰り広げて、フィナーレを迎えた。

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カプースチンの音楽に身を委ねた余韻に興奮気味の聴衆に応え、マイクを取った上野は、「カプースチンを準備するのは1曲でも大変なのに、2曲も仕上げてくださった東響さん、ありがとうございます」と、このレアなレパートリーを見事に演奏したオーケストラへの感謝を述べる。

そして角野と上野のデュオにより、山本菜摘が上野のために書いた「Encore Piece for Kohei Ueno」を演奏。懐かしい旋律を二人が柔らかい音色をからませて奏で、サントリーホールを穏やかな空気で満たした。

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カーテンコールでは、オーケストラの中で演奏に参加していた前半の出演者たちも前方に勢揃い。カプースチンの魅力と楽しさを存分に味わう貴重な機会を与えてくれた演奏家たちに、客席から盛大な拍手が贈られた。

取材・文=高坂はる香