敬語もどきの言い方とは?(写真提供:Photo AC)

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「頑張らせていただきます」「お名前様、いただけますか」「書類のほうをお送りします」…丁寧に言おうとして、おかしな日本語を使っていませんか?そんな中「盛りすぎないほうが誠実で潔い!」と断言するのが京都暮らしのコピーライター前田めぐるさんです。今回は、著書「その敬語、盛りすぎです!」より一部を抜粋して紹介します。

【書影】実は間違いだらけ⁈「正しい敬語」の使い方。京都在住のコピーライター前田めぐるさん著書『その敬語、盛りすぎです!』

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「お求めになりやすいお値段」じゃダメですか?

「いらっしゃいませ!お求めやすいお値段になっておりますよぉ!」なんと!私もお値打ち品は大好きですとも。

しかし、スーパーやデパ地下などで一体いくらに?と値段以上に気になるのがその言い方。

要は、誤用なのです。

値下げなので変化を意味する「なっております」は合っています。

問題は「お求めやすい」です。

一見、敬語のように見えますが、実は敬語もどき。

「お求めになりやすい」が正しい表現です。

よくよく考えると、普段「お越しやすい場所」「お話しやすい雰囲気」「お支払いやすい仕組み」「お考えやすい環境」「お歩きやすい靴」などの言い方はあまり聞きません。

最後の「お歩きやすい靴」を自然に受け止める人はまだ少なく、文化庁の調査(令和元年度)では「お歩きやすい靴を御用意ください」を「気にならない」と答えた人は2割。

8割近くの人が「気になる」と答えています。

「やすい」の聞き間違い?

これらを差し置いて、なぜ「お求めやすい」だけが、絶賛売り出し中とばかりに店頭をにぎわせているのでしょうか。

もしかしたら「やすい」「お値段」の語も混乱の元ではと推察します。

「お求めやすい」と口にしてみてください。

耳から入ると「お求め易い」と「安いお値段」両方が余韻として残りませんか?

その聞き間違いを誘うようにこの誤用が仕組まれているとしたら……なんて勘ぐってしまいそうにもなりますね。

まあ、そんな裏があってもなくても、「お求めやすい」は尊敬語もどきで誤りです。

「お求めになりやすいお値段になっております」だと「なるなる続き」が嫌ですか?

それなら威勢よく「タイムセールです!今だけお値頃!お求めになりやすいお値段です」と「限定」を強調するのも得策。

物価上昇が気になるご時世、値頃品というだけでも十分魅力的だと思うのです。

「先生はもうすぐ来られます」先生呼びの業界にも変化が!?

ある弁護士事務所に行ったときのこと。

見出しの「先生」とは担当弁護士のことで、身内の上司を先生呼びしているのは、お茶を運んできた女性です。

担当弁護士は、売り主の後見人。

相手の売り主が高齢で認知症があるため、私はその後見人の事務所に出向き、「先生」を待っていたのです。

国家資格を持つ士業の世界では、有資格者を「先生」と呼びます。医療関係・学校関係者の慣習と同じですね。

企業法務を行う弁護士は社員からそう呼ばれるでしょうし、有資格者同士でも「先生」と呼び合うでしょう。

しかし、事情があって後見人に依頼したのは、売り主の家族です。

依頼人でもない所外の相手に対する「先生はもうすぐ来られます」は、不自然に感じられました。

呼び方は「聞き手との関係性」や場面を考える

同じ状況がもし病院や学校なら自然です。

診察を待つ私に少し待つよう伝える看護師の言葉、三者面談を待つ保護者にそう伝える同僚教師の言葉……いずれも患者として、保護者として違和感を持つことはありません。

弁護士事務所でも、私が依頼主やその家族だとするなら「先生はもうすぐ来られます」はすんなり受け入れられる表現です。

つまり、冒頭で違和感を持ったのは、「ウチとソト」の関係だけでなく、診察や指導を直接受けているかどうかといった「聞き手との関係性」が全く考慮されていなかったからに他なりません。

「先生」呼びについては、近年、学校でも多少の変化が見られます。

生徒やその保護者に対しては「**先生はいらっしゃいません」と言うものの、そうではない校外の相手に「**教諭は外出中です」と言うこともあるようです。

「平田先生」でなく「平田教諭」と職名で呼んだり「いらっしゃいません」を「外出中です」と表したりするのは、過剰さを抑えた中立的な言い方です。

もちろん、そう呼ぶ人もいるというだけで、常識とされるほど定着はしていないかもしれません。

けれど、聞き手との関係性や場面を考えることなく、機械的に使う言葉よりは、重宝されてよい表現だと考えるのです。

「課長は昼食で外出していらっしゃいます」

オフィスの中でも特に苦手意識の高い「電話の応対」の例をドラマ仕立てで紹介します。

その日新人の平田は、電話の前で緊張していた。上田部長が出張しているからだ。

彼は電話が苦手で、先日も部長から優しく諭されたばかり。

取引先から課長宛の電話に「中田課長は昼食で外出していらっしゃいます」と答えてしまったのだ。

「課長の中田は外出しております、だね。理由も、わざわざ言わなくてもいいですよ」


緊張する?オフィスでの電話対応(写真提供:Photo AC)

(はー、難しいなあ。「中田課長」でさえ呼び捨てっぽく感じるのに、役職は敬称と同じだもんな。分かっていても、つい敬語になっちゃうよ。大丈夫だ。メモを読むだけでいい)。

そう言い聞かせつつ、ケースごとに細かく書いた手元のメモで復習もした。

<あいにく部長の上田は出張しております。水曜には出社いたしますが、いかがいたしましょう。

お急ぎであれば、上田からご連絡さしあげましょうか/念のため**様のご連絡先をお教え願えますでしょうか/(伝言を受けたら)復唱いたします/確かにご伝言を承りました/私、営業一課の平田と申します。

それでは失礼いたします>

復習した甲斐あって、午前中は社外からの電話対応を無事にこなした。

先輩からも誉められて、一安心。

「昼休みの電話もお任せください」とデスクで弁当を広げた。

このように電話の対応は新人研修の必須項目ですが、彼のように苦手意識を持つ人は近年増えているようです。

※本稿は『その敬語、盛りすぎです!』(青春出版社)の一部を再編集したものです。