左・須賀健太 中央・木ノ下裕一 右・藤野涼子

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2024年9月15日(日)から東京芸術祭 2024が開幕。今年のテーマは「トランジット・ナウ~寄り道しよう、舞台の世界へ~」--いつもとちょっと違う道を選ぶように、誰もが気軽に“寄り道”できる舞台芸術の祭典が池袋で展開されます。

ここでは、芸術祭のメインプログラムとなる、芸劇オータムセレクション 東京芸術劇場 Presents 木ノ下歌舞伎『三人吉三廓初買(さんにんきちさくるわのはつがい)』について、木ノ下歌舞伎主宰の木ノ下裕一さん、出演される俳優の須賀健太さんと藤野涼子さんにお話を伺いました。河竹黙阿弥の傑作に挑む意気込み、今、この作品を上演する意味とは? 稽古開始を前に、皆さんの期待感が伝わってくるお話をどうぞ。

左・須賀健太 中央・木ノ下裕一 右・藤野涼子

池袋は江戸時代みたいなエネルギーを放つ場所

ーー歌舞伎や文楽の古典演目を現代劇として上演する「木ノ下歌舞伎(キノカブ)」が、前回の 『勧進帳』に続き、代表作『三人吉三廓初買』で芸術祭に登場します。キノカブ初参加の須賀さんと藤野さんは、昨年客席で『勧進帳』をご覧になったそうですね。

須賀:伝統芸能である歌舞伎が持つ力と、現代的な新しい視点、そして今上演する意味がクロスする、すごく斬新でステキな作品でした。

藤野:視覚的な演出も面白かったです。レーザー光線が飛び交う中で歌舞伎の見得を切ったり、ダンスもあったり……鳥肌が立ちました。

東京芸術祭 2023 東京芸術劇場 Presents 木ノ下歌舞伎『勧進帳』 撮影:細野晋司

木ノ下:ありがとうございます。こんな真っ直ぐな感想をいただくと、嬉しくて照れちゃいます(笑)。

ーー池袋で開催される東京芸術祭ですが、ちなみに皆さんは、池袋でお好きなスポットはありますか?

木ノ下:北口の繁華街が妙に好きなんです。細く入り組んだ路地に、居酒屋にラーメン屋にカラオケボックスに寄席と、雑多に店がひしめきあっているじゃないですか。江戸時代は随一の盛り場だったと言われる両国橋の広小路を描いた浮世絵と、ちょっと似ているような雰囲気もあって。あのごちゃごちゃっとした街並みに不思議と江戸のエネルギーを感じて、用もないのにフラフラと歩いてしまいます(笑)。

木ノ下裕一

須賀:僕にとっても池袋は「好きなものを探しに来る場所」で、“カルチャータウン”あるいは“趣味の街”〟のイメージが強いです。中学生ぐらいまでは、よくアニメイト(池袋本店)に通っていました(笑)。

藤野:アニメイト、私も子ども時代に行きました! 今の私にとって池袋は……やっぱり東京芸術劇場。永井愛さんが作・演出を手掛けられた『私たちは何も知らない』という作品で、初めて舞台に立った劇場です。

須賀:確かに池袋は劇場の街でもありますよね。僕自身、芝居を観に来ることも多いですし……あ、東京芸術劇場のすぐ近くにある上海富春小籠(池袋西口2号店)は観劇帰りによく行くお店です(笑)。小籠包が美味しくておすすめです!

ーー『三人吉三廓初買』をご覧になった方は、ぜひセットで足を運んでいただきたいですね。

新しい世界に飛び込む勇気と好奇心ある役者が揃った座組

ーーではいよいよ、作品について伺って参ります。『三人吉三廓初買』には、若手からベテランまで、新鮮なキャストが集まりました。

東京芸術劇場 Presents 木ノ下歌舞伎『三人吉三廓初買』メインビジュアル

木ノ下:私は毎回、演劇的好奇心の強い俳優さんとご一緒したいと考えているんです。その点、須賀さんと藤野さんのお二人は、役のイメージにぴったりなのはもちろん、新しい世界に飛び込む勇気と好奇心をお持ちの方。キノカブ調べでの演劇通信簿が、ものすごく高い方々なんですよ。

(一同笑)

須賀:そんなありがたい通信簿が(笑)。新しい経験を前にワクワクすると同時に、「僕にできるのかな」という怖さもあるんです。僕は早乙女太一さんが座長を務める大衆演劇の「劇団朱雀」の舞台に立たせてもらった経験もあり、小さな頃から鍛錬を積んでいる人たちのすごさを目の当たりにしていて。キノカブは現代的なアプローチではありますが、果たして伝統芸能の素養が全くない僕でもできるのかな? という不安があります。

左・藤野涼子 中央・須賀健太 右・木ノ下裕一

木ノ下:いきなり「歌舞伎作品をやりましょう」なんてオーダーするんですから、キノカブって本当に乱暴ですよね。(一同笑) でも須賀さんのおっしゃる「怖さ」はとっても重要なポイントなんです。「言葉が難しいんじゃないか」とか「歴史的な背景を押さえておかないと演技プランが立てられないんじゃないか」とか、きっとたくさんの「怖さ」がおありになると思う。そしてもう一つ、歌舞伎作品には、過去その役を演じてきた歌舞伎俳優が山ほどいることも怖いでしょう? 「お坊はやっぱり吉右衛門さんがよかったわ~」とか、歌舞伎が好きな人にとっては大概、「私の○○」というのがいますから。そういったお客さんも、納得させないといけない怖さたるや(笑)。でも座組全体でいろいろな「怖さ」をつぶしながら説得力のある上演を目指しますし、演劇の歴史に対してアプローチしていくというのは、楽しいことでもあるんです。

藤野:私はこれまであまり歌舞伎を観る機会がなかったのですが、今回の舞台に関わるにあたって、歌舞伎座へ足を運んだり、シネマ歌舞伎を観たりと、さまざまな作品を鑑賞しました。するとどんどん面白くなってきますし、最初は難しくて高尚なものだと思っていた歌舞伎が、こちらに近づいてくれるような感覚も生まれてきて。江戸時代は歌舞伎が庶民のものだったんですよね? そのことがわかる気がしてきました。

木ノ下:わあ嬉しい! それはすごいことですね。

藤野:まだ言葉が難しく感じる部分はありますが、少しずつ面白さが増しています。

藤野涼子

観客の想像力を信じて、「シェアする」ような時間を

藤野:そういえばキノカブでは毎回、歌舞伎の完コピ稽古があると聞きました。

須賀:噂の完コピ稽古! それ、僕もすごく気になっていました。

木ノ下:これがね、ほんとに完コピなんですよ。まずは歌舞伎上演の映像を見ながら台詞の抑揚や動き方を覚えていただきます。その後、稽古場で大きなモニターに映像を流しながら合わせてやっていただいて、最終的には全てを覚えていただく。映像を使いながら歌舞伎のロジックを体に落とし込む作業ですね。だいたいこの作業に2週間くらいかけます。そのあとに本格的なクリエーションに入っていきます。現代語に書き替えたり、歌舞伎の台詞回しをあえて使用したり。あ、でも歌舞伎の演出様式を本番で引用する時は、演出家と所作指導の方が、皆様が一番輝く方向性を探すのでご安心ください。歌舞伎の型というのは、役の解釈など、演じる上で必要な情報をぐっと様式に圧縮したものなんです。最大公約数が詰まったタイムカプセルみたいなイメージでしょうか。それを身体にトレースしてみると、皆さんが普段なさっている役の組み立て方とそう遠くないとわかるはずなんです。先ほど須賀さんがおっしゃったように、どんなに頑張っても、2、3歳の頃から舞台に出ていたような歌舞伎俳優さんたちと同じ表現はできない。でもその「できない」を稽古で実感すると、「じゃあ自分たちの得意な手法で超えていこう」という認識が、座組全体で共有されるんです。

左・藤野涼子 中央・須賀健太 右・木ノ下裕一

藤野:現代劇では感情からのアプローチが多いので、型から中身を考えていくという作業はすごく面白そう。未知の体験になる気がします。

須賀:歌舞伎の演技プランを理解して、そこから何を演じるか? を考えることが大事なんですね。今回どういう演出になるかまだわかりませんが、歌舞伎の画力(えぢから)に負けない表現を模索することが、自分としては大きなポイントになる気がしています。そこを意識しながら、あらためて歌舞伎を観に行きたいです。

ーー昨年の『勧進帳』に続き、演出は杉原邦生さんです。

須賀:邦生さんとは『血の婚礼』(2022年)という舞台でご一緒したのですが、柔らかい物腰で座組を包み込んでくださるような演出家さんでした。とてもステキな方なので、僕自身、またこうしてご一緒させて頂けることが、すごく楽しみです。

ーー『三人吉三』は2014年と2015年にも上演されました。2024年バージョンについて、何かお話されていますか?

木ノ下:邦生さんは「もっと日常の淡々としたものが、ふわっと浮かんでくるような時間があってもいいね」とおっしゃっていました。なんせ5時間の上演ですから、前回はあの手この手で退屈させないようにつくったんですね。もちろん今回はプレイハウスという大空間ですし、全体のショーアップは大事です。そうした華やかさは必要だけれど、力んで「ここを見てください!」と強調しなくても、お客さんの想像力を信じながら、作品をシェアしていく方が豊かなものになると考えていらっしゃるようです。初演は東京五輪開催が決定した翌年でしたから、当時と時代の空気も様変わりしていますしね。

【後編】(https://spice.eplus.jp/articles/331677)につづく

左・須賀健太 中央・藤野涼子 右・木ノ下裕一

取材・執筆:川添史子  写真:増永彩子  編集:船寄洋之   取材時期:2024年7月