後任有力候補のセバスチャン・コー世界陸連会長(C)ロイター

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【徹底!実践五輪批判】#18

【写真】「控えめに言っても最悪」なパリ五輪選手村の食堂

 国際オリンピック委員会(IOC)のトーマス・バッハ会長は、パリ五輪閉会前の8月10日に開催されたIOC総会で、任期満了となる来年の会長職退任を明言した。

 コロナのパンデミックやロシアのウクライナ侵攻などの不穏な世界情勢を乗り切るには、国連や各国首脳と渡り合える胆力あるリーダーが求められ、続投を希望する声が根強かったが、そのためには五輪憲章改正が必要となる。しかし、それはバッハ自身が進めてきた五輪改革と矛盾する。苦渋の決断だったと思う。

 会長職にはIOC委員であれば誰でも立候補できるが、111人いる委員の中にオリンピックを世界最大規模の総合スポーツ大会として維持し、かつ政治的圧力にも対応できる人材が果たしているのか。スポーツで世界平和構築という理念を実現するための条件だ。

 有力な2人を挙げておこう。

 1人は世界陸連会長でIOC委員のセバスチャン・コーだ。パリ五輪優勝者への賞金授与を勝手に発表し、五輪の伝統を破ったかと思えば、パリ五輪開幕直前にウクライナに乗り込んで、IOCを差し置いてゼレンスキー大統領を五輪に招いた。コーは陸上が五輪第一の競技であるとの自負があり、陸上を軸とする五輪改革を考えている。バッハ改革路線とは全く別の視点だ。冬の五輪を掌中に収めるべく陸上のクロスカントリーを冬季五輪に含め、冬季五輪に多くのアフリカ諸国の参加をもくろむ。賞金授与もロス五輪2028からは銅メダルまでに増やす。五輪が賞金大会になる。

渡辺守成氏はバッハに「I LOVE YOU!」

 もう1人は渡辺守成国際体操連盟会長である。

 昨年10月にインドのムンバイで開かれたIOC総会でバッハ続投論が出るとIOC委員の彼は、「スポーツは社会に模範を示すべきだ。規律を守り、フェアであるべき。最近、スポーツはスキャンダルでイメージを落としている。IOCは世界のスポーツ組織にロールモデルを示すべきだ。それは良好なガバナンスでなければならない」とクギを刺した。バッハ改革を初志貫徹させる正論である。同時に自らの立候補のための布石を打っていたとしたらなかなかである。しかも彼はバッハに「I LOVE YOU!」と付け加えるのを忘れなかった。東京五輪2020でボクシングの世界統括団体がない中でその運営を任され、やり遂げた渡辺へのバッハの信頼は厚い。

 会長立候補締め切りは9月15日。会長選挙の規定は厳しく国際競技連盟も国内オリンピック委員会も特定の候補者の応援は禁止される。所信表明でIOC委員の賛同を得るしかない。

 彼らの目指す方向は両極端だ。それは、パリ五輪へのロシアとベラルーシの参加に対する2人の態度から明白だ。コーは「スポーツの誠実さやウクライナ選手の健康をこれほど無視する国を五輪に招待することはできない」と両国選手を完全排除。渡辺は「ゼレンスキー大統領が国民を家族のように守るのと同様、私にとっては世界中の体操選手が娘であり息子。全選手が大会に出る権利を守りたい」と個人参加に道を開いた。

 どちらの言葉がIOC委員の胸に響くか? 来年3月、オリンピック発祥の地ギリシャはアテネで明らかになる。

(春日良一/五輪アナリスト)