最後は3回戦で智辯学園(奈良)の前に3対6で敗退。それでも、小松大谷(石川)が今夏の甲子園で残したインパクトは絶大だった。

 とくに2回戦では高校野球界の大横綱・大阪桐蔭(大阪)を3対0で撃破。エース右腕の西川大智がわずか92球で5安打完封し、打線も大阪桐蔭の森陽樹(2年)、平嶋桂知(3年)という超高校級投手陣から9安打3得点。まさに「完勝」と言っていい戦いぶりは衝撃的だった。


小松大谷の2年生スラッガー・田西称 photo by Ohtomo Yoshiyuki

【貫いたフルスイング】

 大阪桐蔭戦の序盤から気になる打者がいた。2年生ながら小松大谷の3番を任される田西称(たさい・とな)である。

 田西は身長180センチ、体重84キロの左打ち三塁手。体幹からしなるフルスイングが魅力で、高校通算14本塁打を放っている。

 しかし、大阪桐蔭戦の1打席目を見る限り、田西のバットが火を噴く予兆は見えなかった。初球に146キロの高めのボール球を空振りすると、その後もストレートだけで三球三振。来年のドラフト1位候補と言っていい森の前に、手も足も出なかった。

 ただし、ひとつ目を引いたのは、森の剛速球を前にしても田西がフルスイングを貫いたことだった。

 田西はその後も凡退を繰り返す。2打席目はサードへのファウルフライ、3打席目はレフトフライ。ただし、どんなに振り遅れようとフルスイングは相変わらずで、打球は徐々に前に飛ぶようになっていた。

 そして4打席目。田西が打席に入る直前に大阪桐蔭に守備の乱れがあり、小松大谷が1点を先取していた。なおも二死三塁のチャンスで田西は森の146キロの高めのストレートをとらえる。強烈な打球をセンター前に弾き返し、貴重な追加点を奪った。

 5打席目には、2番手の平嶋からもセンター前ヒットを放っている。9回裏、併殺打で勝利を決めた瞬間、田西は誰よりも飛び跳ねて喜びを爆発させた。

 試合後、会見場にやってきた田西に声をかけると、晴れやかな表情でこんな実感を語ってくれた。

「大阪桐蔭は小さい頃からテレビで見てきたチームで大きな存在だったので、勝てて本当にうれしかったです」

 最初に森のボールを目にして、どう感じたのか。そう問うと、田西は目を丸くしてこんな印象を語った。

「あのレベルのボールは石川県には絶対にいないです。実際に速かったですし、超高校級だなと感じました」

 田西は「でも」と言って、こう続けた。

「そういうピッチャーだとわかっていたので。1打席目に見逃し三振をした時、『意外とボールが見やすいフォームだな』と感じたんです」

 小松大谷は特別に速球派投手対策をとっていなかったという。たとえば、ピッチングマシンを高速に設定するなど、高校野球でよくある練習はしていなかった。それでも、なぜ田西は森のストレートをとらえられたのか。

 どんなに空振りをしようと、振り遅れようとフルスイングする姿が印象的だったと伝えると、田西は笑いながらこう答えた。

「どんなボールでも自分のスイングの形を崩さないことを大事にしていました。打たされたスイングをすれば、相手からすればラッキー。でも、自分のスイングをしていれば空振りでも相手にプレッシャーを与えられます。今日は『自分のスイングを貫けば、相手は苦しいはず』と思って、貫くことができました」

【空気を変える一打を打ちたい】

 大阪桐蔭戦で4打席目から2安打を放ったように、田西は8対4で勝利した初戦の明豊(大分)戦も4打席目から2安打を放っている。その点を指摘すると、田西はこともなげにこう答えた。

「簡単に4打数4安打とか打てるとは思っていません。野球は打率3割を打てたらいいバッターと言われますし、大事な場面で1本出すために1打席1打席で修正してきました。チームも『後半勝負』と言ってきていたので、だんだん慣れてきた4、5打席目に打ててよかったです」

 2回戦で大阪桐蔭と対戦することが決まった時、田西はこんな思いをチームメイトに語ったという。

「空気を変える一打を打ちたい」

 甲子園球場という場所は特殊な空間だ。必ずしも実力が上のチームが勝つわけではなく、その空間を支配したチームが勝つようにできている。田西は甲子園球場を支配するために、チームとして取り組んできたことを明かした。

「自分が大事なところで1本打てたら、スタンド全員が小松大谷の味方になってくれると思っていました。そのためにチーム全員、全力で走り抜くとか、小さいところから『小松大谷を応援したい』という空気をつくっていったつもりです」

 センター前にタイムリーヒットを放った瞬間、まさに思い描いていた空間になったのではないか。そう尋ねると、田西は実感たっぷりにこう答えた。

「いやぁ〜、甲子園が仲間になった感じでした」

 甲子園が仲間になる──。そんなフレーズを口にした高校球児に初めて会った。

 田西は将来的にプロを目指しているという。今夏の経験は稀代のスラッガーの進化を加速させるに違いない。

 誰にも屈することのないフルスイングを来年も甲子園で見せてくれるのか。新たな挑戦が始まろうとしている。

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