有名ロケ地の名物カフェが鎌倉から消える?オーナーは「こんな統一性のない理由づけで…」と不快感

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湘南の歴史とともに歩んできた人気カフェが今月にも鎌倉市から立ち退きの裁判をかけられるーーー。

そのカフェの名前は「ヴィーナスカフェ」(鎌倉市坂ノ下)。サザンオールスターズ・桑田佳祐監督(68)の映画『稲村ジェーン』(1990年公開)や、小泉今日子(58)、中井貴一(62)が主演したドラマ『最後から二番目の恋』のロケ地としても知られ、最近では岸優太(28)主演の映画『Gメン』でも撮影に利用されている。

海沿いの幹線道路である国道134号に面し、目の前に鎌倉の海岸が広がる絶好の場所に建つ「ヴィーナスカフェ」が創業したのは昭和29年(1954年)。市が管理する鎌倉海浜公園内にあり、当時東洋一を誇った市営プール(1955年開設)のレストハウスとしてのスタートだった。その後、運営会社は変わり現在の社長、吉澤治郎氏(55)で3代目となる。

「初代が経営していた頃ですが、昭和40〜50年代(1965〜1975年)はものすごい人気店だったそうで、その伝説は僕も聞いてます。当時ここはバラックを増設したようなライブハウスになっていて、ミュージシャンがいつも演奏していたそうです。国道134号線はまだ有料道路で『湘南道路』って呼ばれてました。この店を目指してきた湘南族の車やバイクが湘南道路に列をなし、そのヘッドライトの明かりが延々と続いていたそうです。この店が湘南文化の発祥の地と言っていいくらいです」

実際、湘南文化の象徴的な映画と言っていい『稲村ジェーン』では、「ヴィーナス」というライブハウスが映画の舞台となっているが、「ヴィーナス」はまさに「ヴィーナスカフェ」をモデルにしている。

そんな湘南の歴史的カフェが鎌倉市から立ち退きを要求されたのが’22年のことだ。

「ヴィーナスカフェ」は、もともとは市営プールに来た人たちのレストハウスという位置付けで、年間230万円の賃料を支払い土地、建物を鎌倉市から借りて営業してきた。契約は毎年更新だったが、建物が耐震基準を下回っているなどとして、鎌倉市は’23年1月から契約更新を止め、建物を解体すると決めたのである。しかし、「ヴィーナスカフェ」はその後も営業を続けていたため、市は「不法占有している」として今年6月に提訴を決めたのである。

「建物は市の許可を受け、自費で平成10年(1998年)に増築してるのですが、その増築部分の耐震性が足りないということなんです。鉄骨で頑丈に組んであり、もちろん新耐震基準に適合する躯体です。令和3年(’21年)にうちで業者に頼んで耐震性を調べてもらったところ『まったく問題ない』と言われました。ところが市からはなぜか『耐震性が不足している。利用者の安全性が確保できない施設をそのまま使わせるわけにはいかない』と言われ、一方的に契約を切られてしまった。でも僕にはこの店と湘南の歴史を守る責任がある」

こう語る吉澤社長は、市の決定に対してまったく納得しておらず営業を継続しているのだ。

実際、耐震性不足という理由に疑問を呈する声もある。一級建築士で鎌倉市議のくりはらえりこ氏(55)は、「もし、耐震性が足りないのなら補強すればいいだけのこと」

とし、こう続ける。

「まちづくりというのは、市民が作り上げていくものだと思っています。だから、70年以上も市民のランドマークだった施設を壊してしまうということは、よほどのことがない限りは私はしないほうがいいと思う。人間って思い出の中に暮らしているところもあるので、子供の頃からなじんでいる街の風景は、続けられるならこのまま続け、街がもっと良くなるにはどうしたらいいのか、みんなで考えていけばいいのではないでしょうか」

この問題に関してはくりはら市議だけでなく「公正、慎重に検討すべきだ」という意見の市議会議員も多い。しかし、松尾崇・鎌倉市長(50)は5月の会見で、

「きっかけは耐震性の不足だが、一等地を優先的に利用している状況も見直したい」と発言。理由付けを「耐震不足→市有地利用の見直し」に変化させながらも、あくまでも立ち退き、解体を推し進める姿勢を誇示している。

市長のこの発言に対して吉澤社長は、

「最初は耐震検査で『不適合だから出ていけ』ということでしたが、いつのまにか話は大きく変わり、『独占的に毎年更新している。あまりいい状況じゃないから退去しろ』と。なぜ、こんな統一性のない理由づけで市は退去を迫るのですか。行政の長のすることでしょうか」と不快感を示している。

一方の鎌倉市みどり公園課は「立ち退きの動機は変わっていません」と、あくまで建物の耐震性能不足だと主張する。

「鉄骨造部については柱梁(ちゅうりょう)結合部の状態が悪く、耐震性を表すIs値が基準値0.6に対し診断結果では0.43しかなく、耐震性を有していないことが判明しました。そのため、大規模の地震に対し鉄骨造部分が倒壊する危険性があり、その場合、客席の大部分が鉄骨造部分に配置されていることから、人的被害の発生が懸念されるものでした。耐震工事等の補強や修繕等により新たな資本を投下してまでも、レストハウス(ヴィーナスカフェ)を存続させることは合理性に欠け、また環境の変化に伴い一者に独占的に使用させ続けることも公平性に欠けると考えたため、退去していただくと判断したものです」

また、「ヴィーナスカフェ」の観光的、文化的価値を市としてはどのように評価しているのか?と聞くと、

「評価していません」と断言した。

「鎌倉市がレストハウスとして営業をお願いしてきたからこそ、70年を超える歴史ができたわけです。他にも公園便益施設がありますが、ヴィーナスカフェだけに耐震診断を行ったそうで、この地域の計画があるのならまだしも、具体的なプランがない中で立ち退きを迫るというのは如何なものかと思います。ヴィーナスカフェ側と鎌倉市側の耐震診断の結果に大きな乖離があり、ヴィーナスカフェ側から今年3月に鎌倉市を訴える裁判がおこなわれています。その結果も待たずに、6月に鎌倉市側が訴訟を決定したことは、弱い者いじめと言われてもしょうがないでしょう」(くりはら市議)

“湘南遺産”にはこれからもロケなどで活躍してもらいたいものだが……。

 

取材・文:酒井晋介