被害はどこまで…

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 小林製薬のサプリメント「紅麹コレステヘルプ」をめぐり、摂取した5人が死亡、177人が入院するなど健康被害は拡大を続けている。同社は因果関係を「調査中」とするが、専門家は同社の「行く末」と「事件の本質」について、興味深い事実を指摘する。

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 問題発覚を受け、小林製薬は2025年度の新卒・中途を含めた採用活動の休止を発表。同社は理由について「紅麹への対応を優先」させるためと説明し、採用の再開時期も「未定」とした。

 これまで小林製薬といえば、「ヒット商品を連発」するだけでなく、経産省による「健康経営優良法人」に2年連続で認定されるなど、医薬品メーカーのなかでは「勝ち組」として知られた存在だったという。

被害はどこまで…

「同社はもともと医薬品の卸売りを手掛けていましたが、1960〜70年代に発売したトイレ芳香洗浄剤『ブルーレット』や『サワデー』などが大ヒット。その後も、ニッチ市場の開拓を得意とし、『熱さまシート』やデンタルフロス『糸ようじ』といったヒット商品を世に送り、テレビCMを通じて認知度も急上昇。00年代以降はアメリカや中国の製薬関連メーカーを買収するなどM&Aも積極的に仕掛け、会社は右肩上がりの成長を続けていた」(経済紙記者)

 実際、同社の売上高は前期比4%増の1734億円(23年12月期連結決算)、純利益も2%増の203億円(同)と、「26期連続の最終増益」という記録を更新したばかり。今回の不祥事が経営に及ぼす影響については不透明な部分も多いが、専門家は意外な言葉を口にした。

335億円の“損失”事例

 同社の有価証券報告書など財務データを吟味したビジネス評論家の山田修氏がこう話す。

「財務的に見ると小林製薬は“素晴らしい会社”というほかなく、特に売り上げに対する純利益率が約12%というのは大変優秀。昨年の上場企業の同利益率は平均で約6.9%。小林製薬も含むメーカーだけに絞ると同4%台となるので、同社の純利益率は平均の2〜3倍近くに達する水準です」

 すでに小林製薬は健康被害を訴えている約800人に対し「補償」の意向を表明しており、さらに紅麹原料の供給先に対しても製品回収費用を負担するとしている。

「同社のキャッシュフロー残高は昨年末時点で596億円にのぼり、今後、被害が拡大して補償額などが増えても支払い余力は十分あると考えられます。問題は今回の一件による“信用失墜”のダメージの深刻さです。たとえば、化粧品メーカーのカネボウが13年、製造した美白製品の利用者に相次いで白斑様症状が出たことから自主回収に動いた騒動がありました。最終的にカネボウは1万人を超える被害者から集団訴訟を起こされ、私の試算では和解金などで同社は335億円程度の損金を計上したと見られる。さらにその後、売り上げが回復するまでに8年の月日を要しました。メーカーにとって健康被害を発生させた代償はそれほど高くつくという教訓を今に伝えます」(山田氏)

和解金4500億円

 カネボウのケースと違って、今回は死者が出ている点を踏まえ、山田氏は「アメリカで同じことが起きれば、倒産は避けられない」と指摘する。

「1980年代から90年代にかけ、豊胸手術などに使用される米ダウコーニング社製のシリコンバッグによる、乳がんなどの健康被害が発生。被害者から数千件の訴訟を起こされ、その賠償請求額は20億ドル(約3000億円)にのぼりました。当時のダウ社の売上高は22億ドル(約3300億円)でしたが、相次ぐ訴訟を受け、同社は95年に連邦破産法を申請。2000年に被害者へ総額30億ドル(約4500億円)を払うことで和解が成立し、04年にようやく破産法の適用を除外されました。ダウ社のケースも当初はここまで深刻な事態に発展するとは考えられておらず、今回の小林製薬と同じく、危機管理上の対応を誤ったケースの一つに数えられます」(山田氏)

 実は多くの企業経営者にとって「危機管理の模範」として知られる有名なケース・スタディーがある。それが米製薬大手ジョンソン・エンド・ジョンソンが起こした「タイレノール事件」という。

「1982年9月、ジョンソン・エンド・ジョンソン社製の鎮痛剤『タイレノール』を服用した患者が“突然死”を起こす事例が次々と報告。当時の同社CEOはまだ原因が不明だったにもかかわらず、報告直後から『商品を救うよりも、カスタマーを救え』と号令をかけ、自主回収に踏み切った。さらに新聞への一面広告テレビ放送などを通じ、繰り返し『タイレノールを服用しないこと』と消費者へ注意喚起を呼びかけた。同時に医療関係者などに対し、2か月間で100万回に及ぶプレゼンテーションを行うなどの情報公開にも努めました。原因究明よりも早く、消費者保護の姿勢を徹底させたことで、同社の売り上げは2か月後には事件前の80%にまで回復しました」(山田氏)

長い道のり

 当時のジョンソン・エンド・ジョンソンと小林製薬の対応には大きな違いがあるのは否めず、山田氏も「企業の危機管理の対応としてはお粗末だ」と批判する。

「結果的に健康被害の公表までに2カ月を要したことが明らかになっており、“隠蔽”と受け取られても仕方ありません。また同社の小林章浩社長は2月9日に決算発表を行っていますが、この時には既に報告を受けていたにもかかわらず、紅麹について一切触れなかった。無責任極まりなく、もはや経営陣の総退陣は避けて通れず、さらに刑事責任を問われる可能性まで囁かれています。一方で今後、被害者が増えたとしても、同社の財務状況から補償などを滞りなく行うのに支障はないと見られ、この点は被害の当事者からすれば朗報です。ただし一度、失った信頼は取り戻すのは容易ではありません。同社の売り上げが回復するのに最低でも5年、ひょっとしたら10年近くかかるかもしれません」(山田氏)

 得意の絶頂で迎えた、突然の“重大過失”に「人災」の面はなかったのか。地に堕ちたブランドイメージを回復するには、被害者と誠実に向き合っていく以外に方法はない。

デイリー新潮編集部