イラスト/青井亜衣

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 元火葬場職員である下駄華緒さんは、自身のYouTubeや書籍、漫画などでその壮絶な体験を明かしている。その仕事の過酷さはもちろんのこと、現場で繰り広げられる身内同士の“骨肉の争い”なども目撃したという。知られざる火葬場の裏側と葬儀にまつわるエピソードを語ってもらった。

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火葬炉の中に遺体を入れたら終わりではない

 人生の終わりに必ずお世話になる火葬場。最近では、火葬場不足で最長17日間待ちの自治体もあることがニュースにもなった。平成元年と比べると、昨年の死亡者数は約2倍。超高齢社会の日本では、老衰や病気で亡くなる高齢者も多く、人口が集中している東京などの都市部では火葬場が足りていないのが現状だ。

火葬待ち遺体」という言葉まで生まれる多死社会ニッポン。そんな誰もが避けて通れない火葬場のリアルな実態を発信しているのが、元火葬場職員の下駄華緒さん。祖父が他界した際に担当した火葬場職員の丁寧な対応に感銘を受けたことを機に、火葬の世界に飛び込んだ。

火葬技師の仕事は、大きく2つに分けられます。火葬とお骨上げです。ご遺体を焼く火葬の作業では、遺族の方が火葬の状態を見なくていいように、ご遺体の目視確認を行うんです」(下駄さん、以下同)

 火葬場職員となった初日、下駄さんは「焼き場」を訪れ、棺を炉の中に入れたあと、炉についている小窓から遺体の様子を確認。すると、すでに棺は燃えきっており、燃え続けている遺体が目に映った。

「そして、全身から血が吹き出したかと思うと、起き上がって座ったような姿勢になったので驚きました。それから、ご遺体は振り返って僕のほうを見たんです」

 衝撃の体験だが、横にいた先輩は「人間は焼くとスルメのようにクネクネ動くこともある」と落ち着いて説明してくれたそうだ。

火葬中に動いてしまったご遺体は、デレッキという長い金属の棒で位置を整えて、遺族の方にお見せします。焼骨が気をつけの姿勢になっているのは、そんな火葬技師の努力が裏にあります」

火葬炉の中に遺体を入れたら終わり」だと思っている人は多いが、四季に関係なく灼熱の暑さだという“炉の裏”で、正常に遺体が焼かれているかを確認するのは非常に過酷な作業だ。また、火葬場の燃料は高温で焼くため基本的に灯油やガスだという。

火葬炉が故障することもあります。復旧が困難な場合は、予備の灯油式バーナーを倉庫から台車でガラガラと持ってきてつないで火をつけて焼くんです。故障した火葬炉から出して、別の火葬炉に入れれば……と思うかもしれませんが、それは避けています」

 その理由は、葬祭業が分刻みのスケジュールで進行しなければいけないという事情もあるが、儀式的な意味もあるという。

火葬炉からご遺体を一度外に取り出す、つまり台車をホールに出して元の位置に『戻す』という作業をすることになってしまう。でも、『入れた物を戻す』のは日本の仏教的にNGです。同じ意味で、霊柩車は絶対バックしません」

 この考えは、「死者がこの世に戻ってこないように」との発想からだという。

火葬場に来るまでに霊柩車が絶対に『戻らない』ようにしているので、葬儀の最後の最後で台車を戻すのは絶対に避けなければいけないわけです」

 お骨を触ってはいけないと思っている人は多い。そんな人に、下駄さんは、「家に骨壺を連れて帰ってから、取り出して触って全然オッケーです。ご自分の家族ですよ」と伝えているという。

「突然のお別れで気持ちが高ぶってしまった人の中には、感極まってお骨上げのときに骨をパクッと口にする人もいます。僕も何回かそういう人を見ました。そういうときは見ていないふりをして何も言いません。でも、何回かは“骨じゃない”ものも。詳細はわかりませんが、灰になった何らかの副葬品とかを食べている人もいて……」

「喉仏」を巡って遺族で争いが

 お骨上げのときに身内でトラブルが起きることもある。

遺産相続っぽい揉め事が多いです。喪主グループとそうでないグループが反目し合っていて、喉仏の入った骨壺をおばあさんと中年男性の喪主が奪い合っていたのを見ました。喉仏は形がわかりやすいので重要視されているんですが、その喉仏を持っていると相続で有利という考えが根づいているようで。法的根拠はないんですが……」

 本妻と愛人の争いもあったとか。

「亡くなったのは60代ぐらいの男性。愛人側は元水商売の方かなという雰囲気でした。取っ組み合いとかにはならないですけど、気まずい雰囲気で進行して。最後に、本妻さんがほとんどの骨を骨壺に入れていかれたんですが、愛人の方が最終的に『ちょっと分けてもらえませんか』と頭を下げに行って。手の骨かなんかを1つ、ハンカチにくるんで持って帰っていました」

 下駄さん自身が事故に巻き込まれかけたケースも。

火葬炉の中を掃除するのも職員の仕事で、いたるところにこびりついてしまったテカテカとした黒い物質をヘラでこそげ取るんです。この物質は、ご遺体からにじみ出た脂や飛び散ってしまった肉片などが固まってできたものです」

 そんな火葬炉の清掃で最も気をつけることは、炉の出入り口の断熱扉を閉めないこと。

「激重で頑丈な扉なので、万が一閉まると中からの声はかなり通りづらい。何トンもある扉なので、身体が挟まれると再起不能になるから気をつけてと、火葬炉を製造しているメーカーさんに言われたこともあります。それに、扉が閉まると外から点火ボタンが押せる仕組みになっているんです。職員は清掃で中に入る必要があるときは、全員で〇号の炉は清掃中、と声出しをして注意します」

 ただ、下駄さんが作業しているとき、先輩が間違えて扉を閉めてしまったことが。

「他の職員の方も見ていてすぐに救出されたのですが。誰も気づかずに万が一点火のスイッチを押されていたらと思うと……恐ろしいです」

 近年、火葬場で働く職員の年齢層や、職場の雰囲気にも変化が起きているという。

「日本全国、火葬場は公営のところがほとんどだったのですが、最近は民営化の流れもあって広く公募するようになり、20代から30代の若者世代も働いています。機械化で肉体労働も減り、女性も活躍できるようになってきました。

 昔は火葬場職員への心づけの習慣が形骸化していましたが、今は禁止のところも多く、いい方向に変化していると思います。職員と利用者がフラットにコミュニケーションをとれるのが一番だと思うので、例えばお坊さんだって、『この人ちょっと……』と思ったらかえてもいいんです。わからないことがあったら、火葬場職員でも葬儀屋さんでも気軽に聞いてください」

●「これ、どこの骨?」など疑問は聞くべし
火葬場は厳粛な場だという意識が強く、「これってどこの骨なのかな」「これは棺に入れた副葬品?」など疑問が湧いても聞かない人が多いが、職員に気軽に聞いてOK。

●心づけ禁止の火葬場が増えている
火葬場への心づけは、現代では受け取りを禁止しているところが多いという。ただ、住んでいる地域によって違いがあるので、心配な場合は葬儀屋に相談を。

●居住地域以外だと相場の数倍かかることも
亡くなった人が住民登録している場所以外で火葬すると、市民割引されないので相場の数倍はかかる。中には火葬費用が無料の自治体も。例えば「親戚が集まりやすいので」と、故人が住んでいた地域以外に頼むと高くつくことがあるので事前に確認を。

取材・文/ガンガーラ田津美 

下駄華緒さん 元火葬場・葬儀屋職員。火葬技術管理士1級。自身のYouTubeチャンネルで火葬場のリアルを発信するほか、『最期の火を灯す者 火葬場で働く僕の日常』(竹書房)シリーズでは下駄さんの体験がコミック化されている。