現代人の気になるテーマを哲学者とディベートしたらどう答えるのか? そんな全く新しい哲学入門書『21世紀を生きる現代人のための哲学入門2.0』(富増章成・著/GAKKEN・刊)。今回は本書から抜粋して『仮想現実は現実に勝るのか?』をテーマに、仮想現実反対者とバークリのディベートを紹介します。

 

仮想現実という概念は2000年前からある!?

仮想現実反対者 最近は仮想現実が流行っています。ゴーグルを被れば現実とほぼ同じような体験ができたりするようですが、こんなの使いすぎたら現実が疎かになるようであまり賛成はできないです。そもそもバークリさんに仮想現実が伝わるのか不安ですが…。

 

バークリ なにをいっとるんだね。その仮想空間という発想は、私たちが唱えた哲学によって行き着いて生まれたものだぞ。

 

仮想現実反対者 え、どういうことですか…? これはコンピュータ技術と光学技術で出現したガジェットですよ。哲学とは正反対の技術な気が…。

 

バークリ 知らんやつは困るのう。そもそも仮想現実という概念は、今から2000年以上前に大哲学者プラトンが考えたのだ。

 

仮想現実反対者 そうなんですか…そうとは知らず、失礼しました。でも、哲学が起源だというなら、バークリさんはこの世界よりも仮想現実のほうが大事だと考えているんですか?

 

バークリ どちらが大切もなにも、そもそも私の考えでは、この現実世界は、最初から仮想現実なのだよ。君たちが現実だと思っているこの世界が、実はただの情報の塊なんだ。

 

仮想現実反対者 わけがわかりません。現実は実在するし、仮想現実は現代のコンピュータ技術によってつくりだされたものじゃないんですか?

 

バークリ 私の考えはこうだ。まず、君の目の前にコップがあるとしよう。君がなぜそのコップを認知できるかというと、それは、コップが目に見えたり、コップを触る感触があったり、乾杯をすれば音が聞こえたりするからだ。つまり、視覚・触覚・聴覚という感覚だけでコップの存在を知覚しているわけだ。

 

仮想現実反対者 それがどう仮想現実につながるんですか…?

 

バークリ つまり、我々は知覚を通して世界を認識するわけだ。だったら、知覚さえあれば、たとえ実際には外部世界が存在していなくても、主観的にはそれが存在していることになる。世界が最初からバーチャルだとしても、なんらおかしくないのだよ。

 

KEYWORD「存在するとは知覚されること」

バークリは、「外部に物体は存在せず、五感による知覚だけがこの世界をつくり出している」ということを説いた。これによると物質は存在していないと解釈することもできる。

 

実況 バークリさんの話もわかりますが、『この世には物体はなく、あるのは知覚の作用だけだ』というのはなかなか衝撃的な話ですね。

 

解説 そうですね。この説は哲学史上で多くの人に批判されたようです。しかし、物理学が発達してきた現代においては、この宇宙が仮想現実ではないかという考えは、必ずしもすっとんきょうな説ではなくなってきました。

 

人間に「仮想」と「現実」の区別はつかない!?

仮想現実反対者 どうもその説は、にわかには信じがたいですね。仮にこの世界が、五感によって人間に認知されているとしましょう。だからといって、外部世界が存在しないとまではいえないんじゃないですか?

 

バークリ そうだな…ちょっとこのゴーグルをつけてくれるかな? かなり高性能なVR ゴーグルなんだそうだが…。

 

仮想現実反対者 はぁ、あんまり使いたくはないんですがね…。おお、これはすごいリアルですね…。

 

バークリ 君には今、外部世界が存在していないのに、知覚情報だけで目の前に世界が広がっているわけだ。では、ゴーグルをつける前の現実世界も同じ仕組みかもしれないということを否定できるかい? もちろん触覚や嗅覚はまだそのゴーグルでは体験できないだろうが、それも技術の問題で、いずれは体験できるようになるだろう。そうなれば、『現実がバーチャルではない』ということをもはや説明できないのではないかね?

 

POINT この世界は仮想現実なのか? という論について

「現実世界は仮の姿で、それが実際に存在するかどうか、私たちが生活しているときには確かめようがない」という論については、ギリシア時代のプラトン以降から、なかなか決着がついていない(一部の現代哲学者は解決済みであると考えている)。

 

仮想現実反対者 いや…でも、現実の場合はまず、外部にコップなどの物体が実在し、そこから光が反射して目の網膜に映り、それが電気信号として脳に伝えられて認識が生じるんじゃないですか? そういう意味で、やはり現実は仮想現実とは違うと思います。

 

バークリ そうかな? 脳だって、その存在を我々の知覚で認識しているわけだろう。そうなると、脳がそのままの形で実在しているかどうか確かめようがないはずだ。

 

仮想現実反対者 そういわれればそうかもしれませんが…なんだか極論じみていませんか?

 

バークリ 哲学は、極論まで考えて、常識的発想を覆すことが目的だったりするからね。実際、あなたの時代のパトナムという哲学者も似たような思考実験をしているそうだ。

 

KEYWORD「水槽の脳」

哲学者のパトナム(1926〜2016)による思考実験。水槽のなかに脳を浮かばせて、コンピュータと接続し、脳に情報を送って、バーチャル世界を実現させたら、その脳はそれがバーチャルなものであると気づくことができるのか? という内容である(認識論的懐疑論・形而上学的実在論を批判するもの)。

 

バークリ 考えようによっては、現実世界だってバーチャルなものなんだよ。人生だってバーチャルゲームと同じように最後はエンディングがきて、五感が消滅すれば世界も消えるだろう。

 

仮想現実反対者 しかし、この現実世界と呼ばれているものがバーチャルならば、誰が現実世界をつくったんですか。

 

バークリ 私は古い人間だから『神』と表現していたけどね。実際のところ、誰がつくったのかはわからない。でも、何者かがこの世界をつくったように、人類もまた仮想現実を創造しているというのはすごいことだと思わないかい? せっかく私の時代にはない技術を味わえるのだから、毛嫌いせずに楽しんでみては?

 

仮想現実反対者 確かに、そういう考えもできるかもしれません…。しかしこれ、悪くないですね…。スチャ(装着音)

 

実況 仮想現実反対者さん、いつの間にかVR ゴーグルにハマっているようですね。

 

解説 バークリさんの考えは、物質の存在を否定しているとも解釈できますので、哲学史上でかなりバッシングを受けていたようです。彼からすれば、現代のVR 技術はきっと体験してみたかったでしょうね。

 

実況 バークリさんの唱えたような考え方を、実際に仮想現実として人間が形にしようとしているのですから、すごい時代になったものです。

 

ちなみに

バークリは聖職者だったので、物質がありのままに存在しないことを通じて、「魂の不滅」と「神の存在」を説明しようとしていた。なお、カリフォルニア大学バークレー校の所在地、カリフォルニア州バークレー市は、彼の名前に由来する。

 

【解説】この世界はバーチャル・リアリティ!?

バークリの示した世界観とは?

ジョージ・バークリは18 世紀のアイルランドの哲学者で、「存在するとは知覚されることである」という考え方を提唱しました。哲学史の流れでは、イギリス経験論に分類されます。

 

彼はこの考え方を通じて、驚くべき世界観を提唱しました。それ以前の哲学では、外部に物体が存在するということが前提にありましたが、彼は経験論の立場から、「この世界は仮想現実と同じようなものだ」という考えを提示したのです。

 

バークリは、人間が遠近感によって空間を把握できるのは、実はそれを視覚的な色で認識しているからだと気づきました(色と濃淡で空間が把握されているということ)。そして、視覚が主観的なものである以上、目に映っている世界もまた、実は心のなかにあるのではないかと考えたのです。

 

知覚があれば、外部に物質は不要

バークリはこのことから、知覚さえあれば、外部に物体が存在しなくとも、この世界が成り立つのではないかと考えました。

 

彼によると、視覚のみならず、音・匂い・触覚・味もすべて、知覚されているものは、人間の心のなかにあるといいます。それゆえに、外側に物体は必要なく、五感の情報さえあれば、リアルな世界が出現することになります。バークリのこの考え方は、『人知原理論』で説明されています。

 

神が各個人に情報を送っている!?

バークリの考えた世界の仕組みは、ちょうどコンピュータにおけるサーバーとインターネットのような関係によって説明されます。コンピュータにおいては、サーバーから信号が送られ、それによってインターネット世界が創出されています。これと同じように、人間もまた、絶えず何者かによって感覚的観念のデータを送り込まれ、この世界を認識できているのではないかというのです。

 

バークリはキリスト教の聖職者だったので、伝統的な考えに従って、このように人間に信号を送る者の存在を「神」と呼びました。

 

もしかすると、バークリのいったことは本当かも…

一見すると突飛にも思えるバークリの世界観ですが、これはけっこう論破しづらい仕組みをもっています。

 

「物理学で物質内部を観測できるのだから、実際に物体はあるのでは?」とか「脳や体の状態はCT スキャンできるのだから、それは本当に実在するのでは?」などと反論しようにも、「それらも結局は五感で知覚されている」、「観測可能な存在は、すべてバーチャルとしても説明は成り立つ」

 

というように説明されれば、その可能性を否定することができないのです(その一方で、証明もできませんが…)。

 

現代ではVR などの技術も進歩していますが、もしかすると我々は仮想現実のなかでさらに仮想現実をつくり出しているのかもしれません。

 

【書籍紹介】

21世紀を生きる現代人のための哲学入門2.0

著者:富増章成
発行:Gakken

現代人の疑問、哲学者ならどう答える!?新感覚の哲学書。悩みながら生きる人はみな立派な“哲学者”だー現代人も、歴史上の哲学者も、対等に考え、討論する。全く新しい哲学入門、ここに誕生。

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