『ツーオンアイス』逸茂エルク インタビュー後編(全2回)

 2月2日にコミックス第1巻が発売された、週刊少年ジャンプで連載中の『ツーオンアイス』。フィギュアスケートのペア競技を丁寧に描いている漫画家・逸茂エルクさんにインタビュー。後編では、フィギュアスケートとの出会いや魅力を聞いた。


『週刊少年ジャンプ』で連載中のフィギュアスケート漫画『ツーオンアイス』

【演技を繰り返し見た高橋大輔の『道』】

ーーフィギュアスケートを好きになったきっかけは何でしたか?

逸茂エルク(以下同) 2010年バンクーバー五輪での高橋大輔さんの『道』にすごく感動しました。『道』は、作中でも使わせていただいています。『ツーオンアイス』を描く前、そもそも漫画すらも描いてない時から高橋さんの演技は繰り返し見ていました。

 一緒にテレビ観戦していたフィギュアスケート好きの母は、特定の選手のファンではないんですけど、2012年世界選手権の羽生結弦さんの「旧ロミジュリ」(『ロミオとジュリエット』)を2年くらい毎日見ていました(笑)。途中のターンで転倒してしまうも、ステップの前に雄叫びを上げて最後まで滑りきるという演技です。

 母は「なんか見ちゃうんだよね」とか言って、狂ったように繰り返し見ていましたね(笑)。なので、自分のなかでの印象的な演技は『道』と「旧ロミジュリ」なんです。(2012年世界選手権ペア銅メダリストの)高橋成美さんもマーヴィン・トラン選手とペアを組んでいた現役時代の演技を何度も見ていて、元気な方だなと印象に残っていました。なので、まさか監修していただけるとは、という感じです。


『ツーオンアイス』(集英社)より

ーー今季のNHK杯は現地観戦をされたそうですね。実際に試合を見ていかがでしたか?

 まず画角が違いましたね。テレビで見るとのは当然違いましたし、選手の演技はもちろん、ファンの方の温度感や盛り上がりは現地に行かないとわからないので、得るものはすごく大きかったです。初めて現地観戦した2022年の大阪での全日本選手権では、アナウンスの感じや音楽の音量の大きさに驚きました。

【「宇野昌磨選手は選曲がすごくいいなあ」】

ーー昨年12月の全日本選手権も盛り上がりましたね。

 テレビ観戦でしたが、すごかった......! あの日は原稿が進まなくて。まず、「ゆなすみ」(ペアの長岡柚奈・森口澄士)がすごくて。NHK杯の時はこれから頑張ろうみたいな感じのふたりに対する応援の空気感だったのですが、全日本はショートプログラムもフリーも見違えるようによくなっていましたよね。

 うわー、すごい!と思っていたら、そのあとの男子シングルは漫画で描いてもやりすぎなくらいの展開。全員、世界選手権に行ってほしい、3枠しかないなんて......と思いながら見ていました。

 全日本のあとは、こんなにすごい世界の話を描かせてもらっているんだと気持ちを新たにしました。フィギュアスケートは、たくさんの人が見ている前で一回の演技にかける。そんな姿もちゃんと伝えたいなと思いました。

ーーフィギュアスケートの好きなところは?

 自分がずっと音楽をやっていたので、音楽に注目しています。音楽と選手が合った瞬間がすごく好きなんです。思い返してみても、まず曲がすごく好きじゃないと、というところがあって(笑)。漫画と関係なく見ている時も、やっぱり「これ、すごくいい曲だな」ってところから入ることが多いです。

ーー印象に残ったプログラムや演技はありますか?

 やっぱり『道』と、あと鈴木明子さんの(2012−2013シーズンのフリー)『O(オー)』がものすごく好きです。鈴木さんの演技も何回も見ています。あと、宇野昌磨選手は選曲がすごくいいなあと思うことが多いですね。


2月2日にコミックス第1巻が発売

【エンターテイナー・友野一希を尊敬】

ーー今注目している選手はいますか?

 友野一希選手からエンターテイメントを見習っています。最初に注目したのは昨年のさいたまで開催された世界選手権です。現地で見ていて、フリーのコレオステップの盛り上がりがすごくて! 点数とはまた違うところで盛り上げられる選手がいるのもフィギュアスケートのすばらしいところですし、エンターテインメントとしてのよさを体現している方だなと。

『ワンピース・オン・アイス』でも、コーザ役の友野選手のキレがめちゃくちゃすごくて、目が行きましたね。スケートに詳しくない人にもわかりやすくフィギュアスケートっておもしろいと思わせてくれる。漫画もそういうところが大事になってくると思うので、エンターテイナーとして尊敬しています。

 また、アイスダンスでは(2023年世界選手権4位の)ライラ・フィアー/ルイス・ギブソン(イギリス)も、同じエンタメ文脈でとても尊敬していますね。

ーーもしフィギュアスケートをやっていたらペアをやってみたいですか?

 ケガが怖いですね(笑)。まずフィギュアスケート自体が氷の上で何回転も回るという想像のつかない世界で、ペアの技になるともっと想像できません。ただ、ペアの選手がどんな世界を見ているかすごく興味があるので、高橋成美さんに取材をして伝えたい。自分がやりたいというよりは、漫画を描いているのでその気持ちを漫画で伝えたいという感じですね。

【ペアに興味を持ってもらいたい】

ーーちなみに、実際にスケートをしたこともあるんですか?

 やってみないで描けないよね、と思ってアシスタントさんたちと一緒に滑りに行きました(笑)。とにかく滑ることに必死でした。選手たちが、ジャンプ、そして表現や曲の解釈までやるというのは本当に長い道のりなんだなと感じましたね。

 ただ、単純に楽しいなとも思いました。まったく滑れないところから2時間くらい頑張ると少し滑れるようになって進歩を感じられるのが面白いな、と。一緒に行ったアシスタントさんたちも「悔しい! うまくなりたい!」と言っていました(笑)。

ーー最後に、ペアの選手たちに向けてのエールをお願いします。

 描けば描くほどすごい競技をしているなと思います。漫画は競技にまったく興味がない方にも読んでもらえる媒体だと思っているので、今はまだ競技人口が少ないペアですが、『ツーオンアイス』でいろんな人にペアに興味を持ってもらえたらいいなと思っています。競技をしている選手たちにも頑張ろうと思ってもらえたり、シングルの選手がペアっていいなと思ってもらえたらいいなと思って描いていきます。

前編<『週刊少年ジャンプ』のフィギュアスケート漫画・作者が挑むペア競技の本質「少年誌だけど女性の視点を理想化しない」>を読む