能登半島地震で和倉温泉の旅館は大きな影響を受けた(写真:帽子山氏提供)

加賀百万石――。加賀藩の領地として栄えた石川県。日本三大庭園の兼六園などがある金沢市はもちろん、和倉温泉(七尾市)、輪島朝市(輪島市)、白米千枚田(輪島市)など多くの観光地で知られている。

北陸きっての観光地を襲ったのが1月1日に発生した能登半島地震だ。1月11日時点では死者213人、安否不明者37人となっており、現在も余震がある中で捜索活動が続いている。

今回の大規模地震が観光地に与えた影響はどれほどか、その全貌はいまだ明らかになっていない。現地で宿泊施設を経営する当事者や業界団体への取材を通じて、甚大な被害と早急な支援の必要性が明らかになってきた。

「建物の一部が野ざらしになっている」

「旧館と新館をつなぐジョイント部分が崩れて、建物の一部が野ざらしになっている。営業継続は不可能だ」。そう語るのは、宝仙閣グループの帽子山宗氏だ。

同グループは震源地に近い和倉温泉に施設を保有しており、甚大な被害を受けた。帽子山氏は業界団体・全国旅館ホテル生活衛生同業組合連合会(全旅連)青年部の幹部も務めており、北陸地方の被災状況の情報収集に当たっている。

震源地となった能登半島では輪島温泉も有名だが、やはり地震で大きな打撃を受けた。帽子山氏によれば、海岸線の道路は崩落し、ホテルや旅館の中も大きく隆起。その様子は一変してしまったという。

全旅連にもこうした悲痛の声が多く寄せられている。

「館内設備の破損により一部の客室が浸水、使用不可能になった。復旧には半年程度かかる見通し」(能登半島の宿泊施設)

「外壁がはがれ、上下水道が使用不能になり、営業は不可能」(別の能登半島の宿泊施設)

被害は施設だけではない。風評被害の影響も甚大だ。北陸地方では、地震による被害が比較的少なかった能登半島以外の宿泊施設でもキャンセルが相次いでいる。

帽子山氏が運営している山代温泉(加賀市)の宿泊施設でも、6月まで宿泊予約のキャンセルが発生しており、損失額は600万円だという。同地区は石川県の南西部に位置し、地震の被害は小さかった。

風評被害が続けば改装を決断できない

地震が起きた正月休みは宿泊施設にとって「最大の稼ぎ時」。高価な正月限定宿泊プランを販売し、通常より豪華な食事を提供する。売り上げの機会損失も大きかった。福井県の宿からは「越前ガニを仕入れていたため、キャンセルによる損失が大きい」という声が複数上がっている。

石川県内の宿泊施設では、最大1億円を超えるキャンセル損失がすでに発生している。旅館やホテルなどの宿泊施設は固定費が重く、売り上げの減少は経営悪化に直結しやすい。また風評被害が長引けば、3〜4月の繁忙期の売り上げも厳しくなる。


地震の影響で建物が壊れ、旅館の一部が野ざらしになってしまっている(写真:帽子山氏提供)

震源に近い宿泊施設では建物が大きな被害を受けた。営業再開には建て替えを視野に入れた大規模リニューアルが必要。ただ、風評被害による宿泊キャンセルなどが始まり、先が見通せない中で大規模改装に踏み切るという決断はしづらい。

「コロナ禍が終わり金融機関への返済計画を立てていた。宿泊客も戻ってきたので『これで返していけるぞ』というタイミングだった。かなり厳しい」と、帽子山氏は吐露する。

閉業を選択する宿泊施設が多数出てくることも予想される。

一方で、能登半島地震の被災者を受け入れる2次避難所として、自治体が宿泊施設を借り上げて提供する動きも広がっている。

被災者はプライベートが担保された衛生的な空間で避難生活を送ることができる。宿泊施設にとっても貴重な収入となる。避難者は無料で宿泊することができ、石川県では自治体から宿泊施設へ1泊当たり最大1万円が支払われるもようだ。

だが支援はこれだけでは不十分だ。被災した宿泊施設の復興はもちろん、風評被害の払拭のためにカギとなるのはインフラだ。

立教大学観光学部の沢柳知彦特任教授は「インフラが復旧しているかどうか、旅情を損ねない程度に景観が復旧しているかが、旅行に行くかどうかの判断材料となる」と指摘する。

一度解雇してしまうと、従業員が集まらない

帽子山氏も「安全に事業を継続していくためにも自治体には海岸整備をしていただきたい。安全と確信できない土地の上にある旅館を、さらに次世代に紡いでいくのはかなり暗い気持ちになる」と強調する。


隆起によってアスファルトが割れてしまった(写真:帽子山氏提供)

インフラの整備とともに必要なのが、雇用の維持に対する支援だ。被災し、営業が不可能となっている宿泊施設は建て替えや改装が必要だが、閉業期間は長ければ数年にわたる。

その間、「一度解雇してしまうと、従業員が集まらなくなってしまう。人材確保はリスクになりえる」と沢柳氏は指摘する。

被災した宿泊施設は、施設の破損以外にも資金繰りや風評被害などまさに前途多難な状況に追い込まれている。政府や自治体には矢継ぎ早な対応が求められている。

(星出 遼平 : 東洋経済 記者)