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 大連水玉湾足球場を訪れると、まるでコロナ禍の最中にサッカーを観戦しているような感覚に陥ることがある。スタジアムでのアナウンスと音楽を除けば、不気味なほど静けさに包まれた会場の座席は、そのほとんどが空席となっておりアウェイ席でもその半分ほど埋まった観客たちが、リーグ優勝のトロフィーを受け取る選手たちを興奮した様子で見守っていた。その視線の先にいた選手の1人こそ、かつてチェルシーFCに在籍しブラジル代表としてもプレーしていた、オスカル・ドス・サントス・エンボアバ・ジュニオールである。すでに32歳を迎えたMFが2018年以来となる同タイトルを手にするにあたり、当時は数多くのスター選手が在籍した同リーグにおいておそらく最後のビッグネームといっていいだろうオスカルはとりわけ目立つ存在となっていた。

 2017年に当時25歳だったオスカルは4年半在籍したチェルシーを後にし、イタリアのトップ3クラブ(ユベントス、インテル、ACミラン)からの誘いにも最終的に、中国へと移籍することを決断。当時同選手は「中国は信じられないほどの財力を誇り、時に断ることが困難なオファーを提示してくる」とコメント。メディアによればその移籍金額は2400万ユーロで、2019年12月にリーグが外国人サラリーキャップ導入(300万ユーロ)直前に契約したサラリーは、税引き後年間2400万ユーロといわれる。「当初は2・3年の滞在予定だったしいくつかの出来事もあったけど、でもここを離れる魅力的なことやきっかけは何もなかった。ここを気に入っているしね」と「PLブラジル」とのインタビューで昨年に明かしたオスカル。「中国移籍がブラジル代表から外れることを意味するという覚悟はあった。でも僕にとっては家族のことが最優先だった」

 3歳のときに父親を交通事故で亡くしていたオスカルは、衣服の販売だけで2人の姉妹も含めて育てる母親と共に非常に苦しい生活を強いられた背景があり、確かにチェルシー時代では数々のタイトルを獲得しブラジル代表への選出へとつながるなど個人的な部分に関しては目を見張る時間を過ごすことができていたが、それでもその後に中国で積み重ねてきたキャリア(2018年に12ゴール・19アシスト、2023年に9ゴール・13アシストで、2度のリーグ優勝に導く)を「僕にとって素晴らしいキャリアだと思うよ。自分が夢見ていたことは、全て達成できたと思うね」と胸を張る。ただその言葉の裏にあるもの、つまりは自身の子孫に語り継がれていくであろうサクセスストーリーはおそらく、彼が長きにわたり過ごした極東の地でのパフォーマンスではなく、それ以前の欧州や南米で積み重ねたものに限られるであろうことは想像に難くない。