JR西日本の山陰本線にある飯井(いい)駅(写真:Graphs/PIXTA)

地名にはそれぞれの歴史があり、日本全国の地名の中には珍しい響きの地名も数多く存在します。地図研究家の今尾恵介氏が「いい」「ばば」のように同じ音を重ねる地名をご紹介します。

※本稿は今尾氏の新著『地名散歩 地図に隠された歴史をたどる』から一部抜粋・再構成したものです。

同じ音を重ねる地名を探してみた

子供の頃、山陰本線をずっと普通列車でたどったことがある。鉄道少年らしくひと駅ごとに時刻表や地図を見ながら駅名を確認したが、飯井駅に掲げられた駅名標が印象的だった。「いい」の仮名文字の下にローマ字表記が「I I」と記されているのだが、その字の間隔が大きく開きすぎでとても文字に見えなかったからである。

同じ音をふたつ以上重ねた地名を探してみた。「ああ」から始まって「わわ」まで、『角川日本地名大辞典』のDVD-ROM版で検索すれば簡単だが、少し以前であればこの本の総索引をひたすら探すしかなかったので、つくづく便利な時代になったものである。

その結果のうち現役の地名は次の通りで、予想したより多かった。ただし検索で一緒に出てきたふたつ目が濁点の地名、たとえば加賀(かが)とか佐々(さざ)などは除外する。もちろん『角川』に収録された主に大字レベルの地名だけで小字などは含まれていないのでお含み置きいただきたい。

まずは「ああ」という地名である。「嗚呼」などあっても良さそうだが存在しない。ちなみに五十音順で日本中の地名を並べると、おそらく筆頭に出てくるのが長野市アークス(卸売センターの名称を町名に採用)だろう。もちろん今回の対象には入らないが。

「いい」は山陰本線の「飯井」以外にも

「いい」は冒頭の例以外にもある。福井県あわら市伊井・栃木県茂木町飯・新潟県上越市飯・岡山県瀬戸内市飯井の4カ所だ。彦根藩の井伊家のルーツは現在「浜松市北区井伊谷(いいのや)」なので外れる。


山陰本線の飯井(いい)駅は萩市と長門市のちょうど境界付近にある。かつては三見村の枝村である飯井村と三隅中村の枝村・飯井村だった。1:50,000「萩」平成元年修正

ところで、山陰本線の駅名になった飯井は載っていない。これは江戸期に三見(さんみ)村の枝村である飯井村と三隅中(みすみなか)村の枝村の飯井村が水無浴(みずなしえき。浴は主に山口県内で「小さな谷」の意)という川をはさんで向い合っていたため駅名は問題なく飯井となったのだが、大字名でないためここには含めない。

「おお」は茨城県つくば市大、静岡県焼津市大、和歌山県白浜町大、岡山県鏡野町大、奈良県田原本町多の5カ所。そもそも明治の町村制が施行されるまでいずれも大村(おおむら)と称していた。町村制が施行された際に村が大字に移行し、たとえば「滝村」などの通常の村名は村を外して「大字滝」となったが、「大字大」に違和感を担当者が抱いたところでは、おそらく村の字をあえて残して「大字大村」としたところが多いようだ。

だから「大」の現役地名は機械的に村を外した結果である。流山市の「木(き)」も奇異だが、木村ならまったく違和感がない。長野県東筑摩郡本郷村大も松本市に編入された際に松本市大村になったし、福井市や豊橋市などの大村町も同様である。

「おお」を超える「おおお」もあった

「おお」にはもっと上手があった。「おおお」という3重連で、高知県仁淀川町大尾である。「鯒魚(こちさかな)が南東に向き踊るような当地の形状から」という伝承があり、現在は愛媛県境に近い大渡(おおど)ダムの上流側の山村である。

そういえば東急目黒線と大井町線が接続する大岡山駅は聞き慣れているので違和感はないが、駅名標の「おおおかやま」を見るとどうにも不思議な感覚になる。京浜急行の上大岡駅もそうだ。実態としては「おおかやま」「かみおおか」と発音しているのだが。

「かか」は松江市島根町加賀だけで、かの百万石の「かが」と同じ字だが濁らない。日本海側に面した小さな漁港である。「きき」は徳島県美波町木岐で、徳島駅から南下するJR牟岐(むぎ)線の木岐駅もある。「ささ」は千葉県君津市笹、「しし」は島根県飯南町獅子(旧頓原町)、「せせ」は鹿児島県南九州市知覧町瀬世、「たた」は島根県川本町多田、「つつ」は長崎県対馬市厳原町(いづはらまち)豆酘。

「てて」は鹿児島県徳之島町手々で、こちらは手がふたつだから珍しい。『角川』によれば「地名は天城岳連山に続く高頂など4岳の岳岳(てて)にちなむ」とある。

わかりにくいが、山の頂(岳)を奄美方言で「て」と呼び、それに手の字を当てたらしい。近いところでは沖永良部島(おきのえらぶじま)の手々知名(てでちな)も「岳(てえ)にある火田[焼畑]」というから、共通の地名だろう。


鹿児島県・徳之島の最北端に位置する手々の集落。天城の連山が岳岳(てて)で、地名はこれに由来するという。1:50,000「山」平成3年編集*図名は「さん」と読む「難読」地名

濁点が付いているものでは滋賀県大津市の膳所(ぜぜ)。昭和8年(1933)まで大津市とは別の膳所町という自治体であったが、江戸期の城下町で、県都でもないのに滋賀県第二尋常中学校が置かれた(第一は彦根)。現在の県立膳所高校である。

北海道にある「ヌヌ」の由来

珍しいのはカタカナ2字の「ヌヌ」という地名。摩周湖を擁する北海道弟子屈(てしかが)町にあるが、これは北見・釧路地方のアイヌ語で温泉(ヌー)に由来するという。


もうひとつアイヌ語では美々(びび)が千歳市にある。アイヌ語のペッペッ(川また川)あるいはペペ(水また水)に由来するというが、新千歳空港のすぐ東側で、かつてはJR千歳線に美々駅もあったが、乗客が1日わずか1人で平成29年(2017)に廃止、信号場となった。

同じ音がふたつの地名で最も多いのが「ばば」(馬場)である。これは説明の必要もないだろう。「のの」は兵庫県相生市若狭野町野々(村時代は野々村だったので珍しくない)、「まま」は高知市万々と千葉県市川市真間で、ママといえば崖を意味する古語だ。

「みみ」は倉吉市耳である。ここへは珍しい地名を雑誌に連載していた20年ほど前に行ったが、耳の病に効験ある「弥勒(みろく)様」が「みみろくさん」に転訛し、やがて耳の地名になったという。

私がその弥勒堂を訪れたのはお彼岸の中日で、堂内は酒盛りの最中。私も弥勒様に供えられた赤飯のお相伴にあずかった。あの時に地名の由来を聞いた爺さんは元気だろうか。

(今尾 恵介 : 地図研究家)